第15話

 連休明けの放課後。授業は何を作ろうか、と頭の片隅で考えつつ話を聞いていたらすぐに終わった。このイベントラッシュに、生徒のやる気が授業に向くことは少ないのは教師も承知の上なのか、内容も軽めだし、成績維持に問題はない。


「壮太、どこのスーパー行くの?」


 さて、帰って2人を迎える準備をするかと思ったところ、芽衣がキーホルダーてんこ盛りのリュックを背負って話しかけてくる。


「一緒に買い出しするの?」

「え、違うの?」

「いや、てっきり一旦帰って、唯織ちゃんと一緒に来るもんだと思ってたから」

「唯織は学校終わったら、1回帰ってから直接行くって言ってたし、私は壮太と一緒に動くつもりだけど」

「はいよ、じゃあ一緒に買い出しするか。唯織ちゃんを家の前で長々待たせるわけにはいかないし、少し急ぎ目で」

「連絡したら家出るって言ってたし、そんなに急がないで大丈夫だよ」

「そうか」


 俺もかばんを持って、芽衣とともに教室を出る。教室内で注がれる視線がいつもよりも暖かいものだったのは、気のせいだと信じて。



「何か食べたいものあるか? もしくは、唯織ちゃんの食べたいもの聞いてたりとかする?」


 駅前のスーパーに着いても、夕飯を何にするかは決まらず、カートを押しながら、野菜を見つつ、芽衣に聞いてみる。


「私は何でもいいし、唯織からリクエストも聞いてないよ」

「そうか。じゃあ、好きなものでもいいんだけど。あ、その前に唯織ちゃんは駄目なものある?」

「駄目なものは無いはず。唯織の好きなものはロールキャベツかな」

「いや、好きなものは芽衣のを聞いたつもりだったんだけど」

「壮太の作るものなら、何でも美味しいし、私の好きなものだから」


 嬉しくも少し恥ずかしいことを、と思い、そうか、とだけ返す。

 足りないものをかごに入れつつ、カートを押しているのだが、視線が気になる。スーパーで制服という格好はなかなかに異端であり、先ほどから視線を多く感じるのはまあ、納得がいくのだが。別に悪意やらがこもっているのではなく、この時間はお買い物中の主婦が多いこともあり、先ほどから向けられているのは、スーパーで制服デートって素敵ね、なんて声付きの優しい視線だ。まあ、その方がよっぽど居づらいのだが。

 視線から逃げるように買い物を済ませ、スーパーを後にする。



 スーパーから10分とかからない我が家までの道は、昨日の話を芽衣に聞かれるがままに答えているだけで、過ぎてしまった。


「ただいまー」


 いつもの癖でそう言ったが、祐奈は修学旅行中。もちろん返事が返ってくることなんてない。


「お邪魔します」


 教科書やら課題が詰まったかばんを一旦玄関の端に置き、レジ袋持って芽衣をリビングに通す。


「まだ作り始めるには少し早いし、くつろいでていいよ。さっき買ってきたジュース飲む?」

「えっ、あっ、うん」


 買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら芽衣にそう聞くと、随分と慌てた感じに返ってきた。リビングには大したものもないし、俺以外いないってのに慌てるようなことないだろうに。


「どうかしたか?」

「いや、別になんでも」


 食材を片付け、ジュースをグラスに入れて持っていくと、ローテーブルの上には俺の進路調査票が広がっていた。


「それ、そこにあったのか。忘れたからなくしたと思ってた。見たか?」


 俺の質問にコクリ、と頷く芽衣。


「まあ、別にいいんだけどさ」


 そう言って、俺も芽衣の隣に腰かけて、ジュースを飲む。進路調査票といっても3年の文理選択に、そのなかでの選択科目が書かれているだけなので、何となくどっちに進もうか、何が必要かくらいで書いただけのものだ。


「私もどっちにするか決めなきゃなぁ」

「やりたいことに合わせて考えるのがいいと思うぞ」

「だよねー。でも、もしかしたら、みんなバラバラになるかもしれないんだね」

「大袈裟だろ。別に同じ学校の同じ学年なんだし」


 進級早々留年を怪しまれていた篠崎も、いつの間にか成績が伸びて、赤点常連から平均点ちょっと下くらいで安定してきたから、俺らと同じタイミングで進級はできるだろう。


「でも、クラス違ったらやっぱりさ」

「休み時間とか他のクラスに行ったり、逆に他のクラスから来てたりするし、それに倣えばいいんじゃないの?」

「まあ、それもそうだね」


 ピンポーン、とインターホンの音がしたので、立ち上がって玄関へと向かう。扉を開けて目に入るのはもう1人の客人、唯織ちゃんだ。


「こんにちは、お邪魔します」

「はいよ、上がってね」


 唯織ちゃんをリビングに通すと、芽衣がタイミングよくジュースを持ってきた。


「なんていうか、新婚夫婦の家に来たみたい」


 ジュースを受け取った唯織ちゃんが、ジュースを飲みながらボソッとこぼした言葉に、芽衣がおもいっきりむせ、俺の顔は若干赤くなっていくのが分かる。


「大丈夫か?」

「うん。ちょっと、唯織、変なこと言わないでよ」

「いや、だって、そうじゃん」

「そうじゃんってなによ」

「まあ、まあ、落ち着いて。そろそろいい時間だし夕飯作ろうぜ」


 軽く芽衣の頭をなでながら、そう言うと、そういうところですよ、と唯織ちゃん。

 そういうとこって、これくらい普段からなんだけど、教室でもそう思われてるってことなの?

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