第28話
「もうダメだ。絶対食後にやることじゃないって」
「だねー。今どの辺かな」
バテ始めた俺らとは対照的に、元気よく前を行く篠崎と若宮さん。
篠崎が元気なのは予想通りだが、若宮さんもそれについていけるだけの体力があるとは。俺もちゃんと体力つけないとかなぁ。
「お二人さん大丈夫か」
少し先を行く篠崎の問いに、大丈夫に見えるか? 休めるなら休みたい、とみっともない言葉を返せば、笑いが返ってくる。
「とりあえずここまで登り切れば休憩できるぞ」
その言葉を信じて、芽衣と共に立ち止まった二人に追いつくと、少し開けた場所に出た。そこからは京都市内が一望できる。同じ京都市内でも昨日清水の舞台から見たものとはまた違って見える。紅葉の中から市内を見るのはなかなか新鮮だ。
俺たちがいるのは、千本鳥居でおなじみの神社がある稲荷山。午前中に金閣、北野天満宮を見て回り、京都の中心部に戻って昼食を済ませた俺たちは、もう混んだバスに乗りたくないと全員一致の意見によって、電車でも行ける伏見稲荷大社に行くことになった。
千本鳥居はそれぞれが紅葉に染まった赤い山々に負けじと朱く、視界を埋め尽くさんばかりに連なっているのは、他では味わえないような言葉を奪われる壮大さがあった。そのあとは、人の流れに流されるがままに奥へと続く道へと入っていった。それが神社の裏の稲荷山を登っていく道だとは知らずに。
「ここまで登ってくるのに疲れたけど、疲れが飛ぶくらい良い景色だね」
「そうだな」
「じゃあ、続き登るか」
「おい、待て。いや、待ってください」
物騒なことを言い、上へと続く道に足を進めようとする篠崎を何とか止める。
「冗談だって。俺も少し疲れたから休みたいし」
「そうか」
篠崎のその言葉に良かった、と安堵しつつ買っておいたお茶でのどを潤す。この辺の自販機は高いし、品ぞろえも微妙だから登る前に買っておいたのはいい選択だったんだろう。
「壮太、それちょっともらっていい? 私ものど渇いちゃって」
「まあ構わんけど」
「ありがと」
「お前らほんとに躊躇わなくなったよな」
俺が渡したペットボトル入りのお茶を芽衣が飲み始めると、篠崎がそんなことを言い出し、芽衣が思いっきりむせる。
「大丈夫か?」
「うん」
芽衣の背中をさすりながら文句の意を込めた視線を向けると、すまんすまんと篠崎が。
「まあ、でも、和也君の言うとおりだよね」
「ななちゃんまで」
「お前らだって似たようなもんだろ」
さっきだってしれっと似たようなことしてたし。
「いや、こうなる前を知ってるからな」
「なるほどな。そろそろ行くか」
すれ違っていく山を下りはじめた人たちからの視線が気になり始めたので、休憩もいいところに、山登りを再開する。
先ほどの休憩から30分ほど歩いただろうか。明日は筋肉痛かなぁと思いつつ、似たような景色を眺めながら舗装された道を進んでいると、ようやく山頂が見えてきた。
「とうちゃーく!」
「やっと着いたな」
山頂の神社が視界に入り、すっかり終わったつもりになって喜ぶ芽衣と俺。
「芽衣ちゃんに雨音君、終わったつもりになって喜ぶのはいいけど、あとで来た道戻るんだよ」
「やめてくれ。テンションが下がる」
「そんな調子で明日大丈夫なの?」
「筋肉痛くらいにはなってるかもね」
芽衣の言葉に、多分俺もだ、と賛同すると余裕ある二人はえー、と言いたげな視線を向けてくる。
分かってるから。体力無いの自負してるから。修学旅行おわったらちょっとは運動する習慣でもつけようかなって思ってるから。
「俺らの話はいいんだよ。それより、頂上の割に景色微妙だって思わないか? さっき休憩した場所の方が景色がよかった気が」
視界を埋めるのは市内と紅葉に染まった山々、なんてことはなく、木々に囲まれ山頂というよりかは、さっきまでの道中とそんなに変りない。
「確かに苦労した割には合わないね」
「神社の敷地なんだからしょうがないんじゃない? 降りてる途中で、またいい景色の場所探せばいいと思うよ」
「菜々香の言うとおりだな。ただ、二人の体力が限界を超えるかもしれないけど」
よくご存じで。なんとか山から下りきるだけの体力が残ってるだけだ。芽衣も多分似たようなもんだろ。いつもの篠崎じゃないけど、さっさと山を下りておいしいものでも食べてゆっくり休みたい。
「まあ、適当に下りながら考えるのがいいだろ」
「それもそうだな」
「じゃあ、行くか」
登ってくる労力とは割に合わない景色だった頂上を後に、来た道を引き返すのだった。
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