第百三節 決戦の火蓋が切って落とされる
エイリークたちは、無事に城内に突入した。自分たちの後ろから同盟軍の兵士たちも突入して、エントランスに控えていた死者の戦士たちに攻撃を仕掛けていく。
「一人たりとも上に通すな!」
「ケルス陛下、行ってください!」
兵士たちは、次々に死者の戦士を倒していく。彼らから贈られる激励の声を背に受け、エイリークたちは目の前のダンスフロアと長廊下を駆けた。だが先はまだ長い。この先に待っているのは、ルヴェルがいるであろう謁見の間まで続く螺旋階段だ。
ここまで来るともはや、死者の戦士たちはいない。この先にいるのは、ルヴェルに操り人形にされた四人のエインたちだ。
エイリークたちは、エインたちをルヴェルから解放しなければならない。
エインたちと対峙するメンバーにはそれぞれ、レイが古代魔術を刻んだ核を手にしている。贋作グレイプニルに元から嵌められている核を破壊し、手に持っている核を新たに嵌める。
そうすれば、エインとして使役されている魂たちを救い出すことができるのだ。
「行こう!」
エイリークの言葉を合図に、仲間たちは螺旋階段をかけ上げっていく。ルヴェルがいるであろう謁見の間までには、四つの階層がある。しばらく階段を駆け上がると、第一の階層の扉が目に入った。
叩きつけるようにその扉を開けば、その空間に一人のエインが立っていた。ラントの弟の、ツェルトだ。
ツェルトはエイリークたちを黙視すると、にんまりと笑いながら声をかけた。
「あーあ。折角心をバッキバキに折ってあげたのになー。エダさんの言った通り、しっかりきっかり戻ってるなんてガッカリー」
「それはどうも。でも今はお前と話してる時間はないんだ、通させてもらうよ」
「どーぞどーぞ、通っちゃってよ」
半身引いて道を譲るツェルトの行動に用心しつつ、階層の中を走る。そのまま出口に辿り着こうとしたところで、動きがあった。
「──なんて、僕が許すわけないよねぇ!」
発砲音が耳に届く。音の直後に反応したのは、ラントだ。
「
彼は地面に向かって放つ。矢が地面に当たると、そこを中心に地面から盾が沸き上がり、ツェルトの放った銃弾を全て防ぐ。
エイリークたちに背を向け、ラントがツェルトに相対する。
「行け、ここは任せてくれ」
「うん、頼んだよラント!」
「おうよ、すぐに追いつくからな」
ラントの言葉を信じて、エイリークたちは第一の階層を後にする。その後は振り返ることなく、再び螺旋階段を駆け上がった。
ラントのことは、何にも心配していない。信じている。
******
第二の階層はすぐに見えてきた。今度は中に誰がいるのだろうか。
第二の扉を開いた先には、すでに術を展開していたルーヴァの姿。防御──いや、間に合わない。狼狽したエイリークの前に、一つの影が飛び出す。
「"水遁
構えたアヤメが、マナで編み出した水の球を放つ。水の球はルーヴァが仕掛けた攻撃を、悉く弾き落とした。
「……驚いた。噂には聞いていたけど、本当に姉さんなんだね」
「驚いたのはこっちだって同じっすよ、ルーヴァ。まさか、こうして再会するなんて思ってもみなかった」
「僕もさ。……ところで、姉さんは何をしにここに来たのかな?」
「決まってるじゃないっすか。馬鹿やってる弟を叱りに来たんすよ!」
啖呵を切って、今度はアヤメがルーヴァに一手仕掛ける。火のマナで編み出された球体をルーヴァに向かって放ると、それは一気に爆発して彼の視界を遮る。
「ほーら、今のうちに行っちゃってくださいっす!」
「アヤメさん……」
「この中では一番のお姉ちゃんで、それなりに場数も踏んでるんすよ?お姉ちゃんパワーを舐めないでほしいっす!」
「……わかった。お願いします!」
「モチのロン!」
ほらほら、とせかされる形でエイリークたちは階層の奥へと進む。奥にあった扉を開けて、次の階層へ向かうべく再び走り出す。
******
第三の階層へ向かう途中、螺旋階段の中腹あたりでふいにグリムから呼び止められた。何かあるのだろうかと足を止め、一番後ろを走っていたグリムへ視線を落とす。
「どうしたのグリム?」
「ここからは、貴様らだけで先に行け。私は……あの忍のところへ戻る」
「え?もしかして、アヤメさんに何か……?」
「そうではない。あ奴に借りがあるのが気に食わんだけだ。それを返すまでよ」
グリムは淡々と告げて、腕を組む。それが彼女のやりたいことで、何か考えあっての行動なら、自分から言えることは何もない。エイリークは一つ頷き言葉を返す。
「……わかった。それがグリムのしたいことなら」
「……バルドルの」
「それにさ、グリムは信じてくれてるんでしょ?ここから先は自分がいなくても、俺たちなら突破できるって。なら俺たちは、その期待に応えなきゃ」
言葉を紡ぎながらレイとケルスを見れば、彼らも笑って頷く。その様子に、グリムはそっけなく言葉を零す。
「……礼は言わんぞ」
「いいよ、グリムだからね」
「フン……」
それだけ会話を交わして、グリムとは反対方向へ階段を駆け上がる。
第三の階層の扉を開くと、静寂がその場を包んでいた。階層の中央あたりで、アマツが微動だにしないまま床に座っている。その目は閉じられてはいるが、一切の隙を感じさせない雰囲気を纏っていた。
彼に対して前に出たのは、ケルスだった。
「エイリークさん、レイさん。ここは僕に任せてください」
「ケルス……いいの?」
「はい。彼は元々、ガッセ村にいたのですよね。ガッセ村があるのはアウスガールズで、ひいては彼は僕の大切な国民でもあったのです。だから、国王である僕自らが相手をします」
にこ、と笑うケルス。彼の笑顔からは確かな覚悟を感じた。わかったと告げればケルスは駆け出す前に、エイリークに声をかける。
「エイリークさん。さっき、僕のことを強いって言ってくれたの……。とても、嬉しかったです」
「だって、本当のことだもん。ケルスは、強いよ。俺が証人だからね」
「……!はい!」
ケルスの笑顔を見守ってから、レイと共に駆ける。その間もアマツは微動だにしないまま、そこに鎮座していた。
******
次が最後の、第四の階層。これまでいたエインのことを考えると、この先にいる最後のエインはエダだ。彼女に立ち向かうのは自分だ。レイの目的はエダの先にいる、ルヴェルなのだから。
最後の階層の扉の前まで辿り着き、開こうとする前にレイに声を掛けられる。
「エイリーク!あの……」
「わかってるよ。この中にいる人は、レイの育ての親だよね」
「……その、ごめん。エダのこと、エイリークに押し付ける形になって……」
「気にしないでよ。レイの目的のためなら、俺はなんだって協力する。そう言ったじゃんか」
「けど……」
珍しくしおらしい態度のレイに、エイリークは少しおどけてみた。
「あーあ。そんなにしょぼくれるなんて、レイらしくないぞー」
「べ、別にしょぼくれてなんか……!」
「うっそだー。今だってアホ毛までしゅんとさせてるじゃんか」
「そんなことない!っていうかアホ毛関係ないだろ!?」
突っ込み返すレイに、あははと笑ってから返事をする。
「元気になったね?それでこそ、いつものレイだよ」
「あ……」
「大丈夫だよレイ。俺たちは負けないし、奪われたものは取り戻すって約束もしたんだから。きっと全部、うまくいくさ」
「……うん」
「レイのお母さんは、俺が取り戻す。だからレイは、ヤクさんとスグリさんをお願い。俺にとっても、二人は大事な仲間だから」
エイリークの言葉で、レイも気合を取り戻したようだ。上げた顔にはもう憂いはなく、決意の宿った瞳で自分を見ている。
「わかった。……行こう!」
勢いよく扉を開く。
目の前には、ただ闇が詰め込まれていた。漆黒に近い闇。一歩進んだだけで飲み込まれそうなほどのその空間へ、勇気をもってエイリークたちは進んだ。
ねっとりとした闇に、これではエダがいたとしてもその姿が捉えられないと危機感を覚える。はぐれないようにと進んで、何事もなく出口であろう扉まで辿り着いてしまった。
一体どういうことだろうか。とはいえ、ここで問答をしている時間はない。ここは自分が引き受ける番なのだ。レイに背を向け大剣を構えると、彼に告げた。
「レイ、行って。ここは引き受けるから」
「……わかった。任せるよ、エイリーク」
背後のレイが扉を開けて、先に進む。エイリークはそれに対して笑顔で──。
「うん、任された!」
送り出す。背後の扉が閉まると、闇の中から声が響いてくる。
この声、間違いない。エダだ。
「あらまぁ……。貴方が残るだなんて、意外でした」
「親子の再会に水差してごめんなさい。でも、レイにはやることがあるんだ。だから俺が相手になります!」
「ふふ。私、バルドル族と戦うのなんて初めてですから。手加減できなかったら、ごめんなさいね!」
彼女の声に応えるかのように、闇が咆哮してエイリークへと向かっていった。
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