第七節    いざ目的の島へ

 港町ノーアトゥンの市長であるルドが無事であることを知った住人たちは、諸手を挙げて喜んだ。その様子から、ルドが住民たちに愛されているということが理解できる。

 ルドと共に港まで辿り着いたエイリークたちはその光景を見て、これならばもうこの街は安心だと胸をなで下ろす。その間にルドは港の組合事務所で、定期便の回復について話し合っていたらしい。彼らの元に戻ってきたルドから、三十分後に出航できるとの知らせを受けた。船の整備で少し待つことになるが、それくらいなら待っていられる。


「ありがとうございます、ルド市長」

「いえこちらこそ、助けていただき本当にありがとうございます。皆様もどうかお気を付けて」

「はい。市長も、お元気で」


 そう一言二言だけ言葉を交わすと、ルドは街の復興のためにと再び教会へ踵を返すのであった。

 エイリークたちは船の整備が終わるまで、港の組合事務所の待合室で休むことにする。事務所内に併設されてあった売店で必要なものを購入し、出航の時間を待つ。待合室に設置されていたベンチに座り、しばし寛ぐ一行。


「エイリークさん、酔い止めは飲まれましたか?」

「うん、バッチリだよ。強めのやつ飲んだから、今回は船酔いしないぞ!」

「……リョースの。一応袋は用意しておけ」

「ふふ、はい」


 ちなみに二年経っても、エイリークの船酔いは相変わらずであった。たとえ波が穏やかな時の航海に出ても、必ず船酔いをする。最早体質だから諦めろとグリムには諭されることも、少なくない。しかしそれを克服するために毎回酔い止めを飲んでは、やはり船酔いを繰り返すのであった。

 そんな談笑をしていた彼らの背後で、自分たちと同じように出航を待っていた人たちの会話が耳に入る。盗み聞きするつもりはなかったが、思いの外待ち人たちの声は大きく、つい意識してしまうのであった。


「……おい、聞いたか?今度は別の街でヴァナルが破壊活動をしたってよ」

「ああ、聞いた聞いた。なんでも修道士の死体を磔にして、教会の前で晒し者にしたって話だ。恐ろしいことこの上ないぜ」


 ざわざわ、と背後の待ち人たちが語る。内容が内容だけに、意識がそちらへと向いてしまう。


「はぁ、嫌だねぇ。カーサの襲撃もなくなって、ようやく平和になったかと思ったんだけどよぉ」

「全くだ。肝心要のユグドラシル教団の教団騎士も奴らに殺されてたりするんだろ?そんなの形無しだろ……」

「せめて自分の国に帰ったら、安心した暮らしがしたいもんだよ」


 旅人たちのぼやきを聞いたらしいケルスが、神妙な面持ちで足元を見つめていた。その横顔があまりにも思いつめた表情をしていたものだから、エイリークは心配して声をかける。


「……ケルス?大丈夫?」

「あ……はい。ごめんなさい、僕は大丈夫ですよ」

「そう?あんまり無理はするなよ?」

「ふふ、それはエイリークさんにも言えることですからね」

「う……お、俺だって大丈夫だからね!?」


 エイリークは、笑顔を引攣ひきつらせながらケルスに答えた。そんな虚勢をはる自分に、ケルスからはくすくす、と笑い声が漏れる。楽しそうに笑うケルスの表情を見て、自分の心配は杞憂だったかと、内心胸を撫で下ろした。


 三十分後、船の整備が無事に終わったと船の整備員が知らせを出す。よって、ヒミン行きの定期便へ搭乗可能となった。エイリークたちも各々荷物を持ち、船へと乗り込む。なるべく船が揺れない場所を選び、空いている席に腰を下ろした。

 港町ノーアトゥンからヒミンまでは、約一時間かかるという。その間に船酔いしないようにと、エイリークは小さく祈りを捧げるのであった。


 ******


 ユグドラシ教団本部がある島ヒミンは、海を埋め立てて造られた人工島だ。大きさだけで言えば、世界大国ミズガルーズよりも一回り程大きい広い島である。

 島全体を高い壁が取り囲むようにそびえ立ち、島の中心部にユグドラシ教団本部が建っている。そのユグドラシル教団本部に寄り添うように、教団騎士本部が隣接しているとのこと。教団本部の周辺には教団騎士の寮などの居住区や宿屋、商店街通りなどもあるので一種の観光地にもなってるのだ。

 さらにユグドラシル教団本部の中には巨大な礼拝堂もあるので、世界中から信仰者の人々が訪れたりもするらしい。


 そも何故そこに、ユグドラシル教団は人工島を造り出したのか。それは世界樹ユグドラシルの根が、どういう理屈か海底から海上に顔を出していたからである。

 この惑星カウニスの地上より遥か天上にそびえ立つ世界樹。平和と安らぎをもたらす世界樹は、根を九つ下界に下ろしている。海上に出ているその根は、九つの根のうちの一つであると謂われているのだ。

 その世界樹ユグドラシルと切っても切れないのが、運命を司る運命の女神。所説では、運命の女神たちは世界樹ユグドラシルを守るために樹の世話をしている、と。

 そんな運命の女神を崇め、讃える風習の総本山を造ろうとした結果で生まれたのが、ユグドラシル教団本部。海底から顔を出していた根を守るように教団本部を建設し、それを御神木と定めた。教団本部にいる聖職者たちは、毎日その根に祈りを捧げているのだ、と。


「これが、僕たちがこれから向かうヒミンの詳細です。それで……あの、本当に大丈夫ですかエイリークさん?」

「うん、ダイジョブだよぉ……」

「どう見ても船酔いしているであろうが、この阿呆め」

「うぅ……」


 エイリークは結局、完全に船酔いしてしまっていた。出航前に強力な酔い止めを先に服用していたからか、吐くことはないが、身体が倦怠感に包まれている。今は風通りも良い船の甲板に設置されていたベンチで、ケルスに膝枕をされながら天を仰いでいた。


「あと十五分ほどで到着しますよ」

「そんなに、かかるの……!?」

「我慢することだな」


 泣き言を漏らすエイリークに、大丈夫ですか、と心配してくれるケルス。一方で様子を鼻で笑うグリム。少しは優しくしてくれてもいいじゃないか。エイリークは内心グリムに、そんな感想を抱くのであった。


 十五分後、船はヒミンの港に到着する。ようやく陸地に降り立ったエイリークは、地に足が付く感覚にようやく安堵の息を漏らした。はぁ、と身体の中で渦巻いていた不快感を吐き出すように、大きく息を吐く。


「ああ……良かった、地面だ……!」


 うっすらと涙を浮かべる彼の表情に、にこりと笑って良かったとケルスが話しかけてきた。そのまま談笑しつつ、港からヒミンの街中へと進んでいく。


 これからエイリークたちは、ユグドラシル教団本部ではなく、教団騎士本部へと向かう。そこにレイがいるかどうかを確かめるために。すんなりと事が進めばいいと話すが、グリムの考えは違うようだ。


「なんでだよグリム?」

「……街の様子を見てみろ」


 彼女の言葉につられるように、エイリークは街を一瞥する。

 言われてみれば、街の空気はピリピリとしている。チクチクと肌を刺すような、何かに警戒している空気だ。道を歩いている信仰者や修道士の姿が、考えていた数よりも圧倒的に少ない。

 さらに街の通り道には、武装を固めたユグドラシル教団の教団騎士が巡回していた。武器も携えて、殺気も隠すことなく放っている。

 エイリークは島に降り立つ前に、バルドル族であることを隠すため外套を羽織りフードを目深く被っている。チラチラと視線が向けられてはいるが、特段目をつけられている訳ではなさそうだ。


「なんか、戦争でも始めそうな雰囲気だね……」

「港町ノーアトゥンでの出来事を思い出せ。ここに奴らが潜んでいるとも限らん」


 グリムの言う奴らとは、先日話に聞いたヴァナルの人員のことだ。反ユグドラシル教団である彼らが、ユグドラシル教団の総本山であるこのヒミンに攻撃を仕掛けないわけがない。万が一のことがあってはならないと、それで警戒を強めているのだろうとのこと。


「今、ユグドラシル教団は外部との接触には慎重になっていることだろう。仮に教団騎士本部に向かえたとしても、目的が達成できると思わないことだ」

「もし、レイのことについて何も情報が貰えなかったらどうしよう?」

「そんなのは私が与り知るところではない。貴様自身でどうにかすることだ」

「やっぱり……。でもグリムならそう言うと思ったよ」


 グリムの言葉に、エイリークは一抹の不安を抱きながらも、ユグドラシル教団騎士本部へと向かった。

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