第六節 意外な出会い
無事にユグドラシル教会へと戻ったエイリークとグリムを、ケルスが迎えた。
彼らが到着する前に教会に戻ってきていたケルスは、市長のルドをヴォーダンにお願いしたそうだ。彼の無事がわかると、ヴォーダンも一抹の不安が消え去ったようだとケルスから伝えられる。顔色が少しずつではあるが、回復しているとのこと。
今は執務室にてヴォーダンがルドに、事のいきさつを伝えている頃合いだという。ひとまず市長の無事が確保できて何よりだ。
礼拝堂を進みヴォーダンの執務室へ。ノックをしてから入れば、そこには五体満足の市長──ルドが、笑顔で自分たちに礼を告げる。
「ああ、皆々様。この度はわたくしを助けて下さり、なんとお礼を申し上げればよいか」
「いえ、いいんですよ。俺たちがしたかったことなんですし」
「おや、貴方は二年前の……。また随分、変わられた姿になられて」
そのやりとりをすると、先日のヴォーダンとのやりとりが思い返される。思わずエイリークは苦笑した。まずは落ち着いて話をと思ったが、何やら執務室の外が騒がしい。誰の足跡が扉の外側から聞こえてくる。しかも複数。
まさか、取り逃がした反ユグドラシル教団の集団がいたのだろうか。体勢を整え、武器に手をかける。
やがて勢いよく扉は開かれる。敵かと思っていたが、相対する人物たちの服装に見覚えがあった。彼らが身に纏っているのは白い制服に、黒いインナー。その制服の襟元には、特徴的なブルーやグリーンのラインが差してある。
それは、世界の大国ミズガルーズ国家防衛軍の制服だ。見覚えも何も、エイリークは二年前の旅の中で彼らの世話になっている。忘れられるわけがなかった。
「二年前の、バルドル族……?」
自分たちを見据えているミズガルーズ国家防衛軍の兵士の数名が、エイリークを見てぽつりと呟く。それを聞き逃さなかった。
「あの、俺のこと覚えていますか!?二年前の世界巡礼で保護されたバルドル族の、エイリーク・フランメって言います!俺たちは敵じゃありません!」
エイリークが言うも、まだ兵士たちは武器を下ろさない。半信半疑の様子であることが、見て取れる。さてどうするかと対応を悩む自分の前に、ルドが立つ。
「ミズガルーズ国家防衛軍の皆様、彼の言う通りです。彼らは、私の救世主です。どうか武器を収めてまもらえませんか?」
市長であるルドの言葉ですら、若干の疑いがあるのだろうか。しかし、と言い淀む兵士たちに、鶴の一声が響いた。
「みんな、武器を収めなさいな」
扉の奥から、コツコツとヒールの鳴る音が聞こえてくる。聞こえてきた声は語尾が少し上ずった、高めのテノールの特徴的な声。その声に誘われるように、視線を声の主の方に向けた。
奥から歩いてきた人物。体格がそこそこに良く、淡いオレンジ色の髪の一部を三つ編みに結い上げ、唇には紅を差している。ミズガルーズ国家防衛軍の制服を身に纏うその人物と一致する人物が、一人だけ存在した。
ミズガルーズ国家防衛軍、救護部隊のトップである人物。
「ツバキ、さん……?」
「はぁ~い、お久しぶりねエイちゃん。覚えていてくれて、アタシ嬉しいわぁ」
ツバキ・クレナイ。彼とは二年前、とある洞窟にて出会った。初対面の時があまりにも衝撃過ぎたため、エイリークの中ではとりわけ印象的に残っていたのだ。
ツバキはルドを確認すると、再び自分たちの兵士に向き直り改めて命令を下す。彼の言葉で、ようやくミズガルーズ国家防衛軍の兵士たちは武器をおろし警戒を解くのであった。誤解がとけて良かったと、エイリークは人知れずため息を漏らす。
「ごめんなさいねぇ。でも許してくれる?この街の市長に通行手続きのための証明書を貰おうと思ったら、屋敷は半壊状態だし、屋敷内は血で塗れていたんだもの」
市長の身に何かあったのではないか。そう考え教会に来てみれば、滅多に見ることないバルドル族がいたものだからと。警戒せざるを得なかったと、ツバキは話す。
彼の説明でエイリークは、はたと気付かされる。市長を救うために屋敷に潜入し、戦闘を行った。そこまではいいが、その後始末のことをすっかり忘れていたと。今の今まで、頭の中からすっかり抜け落ちていた。申し訳なさがせり上がり、思わず腰を直角に曲げて謝罪する。
「ごめんなさいそれ俺たちのせいです!」
「あらそう?なら……アタシたちにも、ちゃんと説明しなきゃダ・メ・よ?」
これでもかと近付いて、ツバキは指先でエイリークの鼻の先をとん、と叩く。彼の予測できない行動に慌てる。そんな空気の中で、ケルスが声をかける。
「あの……」
呼びかけられたツバキは彼に向き直ると、一礼してから自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります、ケルス国王陛下。わたくしはミズガルーズ国家防衛軍救護部隊師長、ツバキ・クレナイと申します。以後お見知り置きを」
「えっと……はじめまして。ケルス・クォーツと申します。その、エイリークさんとはお知り合いなのですか?」
ケルスの質問に含み笑いを浮かべながらツバキは楽しそうに、肯定する。
「二年前にちょっとした縁で。その時はこの子を味見できなくて、ちょっと残念だったんです」
「あじ……?」
ツバキの言葉の意味を理解できず、首をかしげるケルス。変な誤解をされては困ると、エイリークは必死に訂正しようと試みた。
「あぁああのっ!誤解を招くような言い方はそのっ!」
「え〜?エイちゃんったらツレないのぉ」
「そんなツバキさん……!」
このままでは収拾がつかない。そう感じていたエイリークに助け舟を出したのは、先程から不機嫌そうに腕を組んで様子を見ていたグリムであった。
「貴様ら、いつまでくだらん漫才をしているのだ」
剣のある彼女の言葉に、その場の空気が落ち着いたような気がした。ツバキはくすりと笑うと、それもそうねとグリムの言葉に同意する。
ツバキは執務室で待機していた兵士たちに、街の巡回をするよう指示を出す。ようやく落ち着いて話が出来るということで、教会の執務室で話をすることになった。
******
まず始めに、何故港町ノーアトゥンにツバキがいるのか。それは彼が、今年のミズガルーズ国家防衛軍による世界巡礼のリーダーだからだと聞いた。ツバキの話を聞いて、確かに二年前も今と同じような季節に、この街に来たんだったと思い出す。
次にエイリークたちから説明する。自分たちは、アウスガールズから少し離れた場所にある、海を埋め立てて作られたヒミンという島に向かうため、ここ港町ノーアトゥンに訪れた。
街の様子がおかしい事から、二年前に出会ったヴォーダンを訪ね、現状を知る。港の定期便を復活させるためにも、市長であるルドの救出を試み、そして成功。そのことについては、ヴォーダンが証人となってくれている。
そして最後、ヴォーダンとルドの話に移る。内容はヴォーダンから聞いた事情と大差はないが、ルドの話で衝撃を受けた。
今回港町ノーアトゥンで起きた出来事は、ユグドラシル教会がある街や村の全域で起きているとのこと。反ユグドラシル教団の集団──彼らは自分たちのことをヴァナルと名乗っていたと聞かされた──は世界各地に散らばり、目に付いたユグドラシル教会や信仰者、修道士たちを惨殺しているというのだ。
もはや当初の、ユグドラシル教団は現実逃避をしているなんて批判をするために行動しているとは、言えなかった。目的も手段も見失った、暴徒化となった人物たちの集団じゃないか。
「普段ならユグドラシル教団騎士たちで鎮められる集団だったはずが、どうして急激に力を付けたのか……原因は分かりません」
「ミズガルーズ国家防衛軍にも、最近そんな集団が暴動を起こしているって報告は届いているわ……。軍でも、調べてみます」
ツバキは追加で、ユグドラシル教団の本部に連絡が着くまで、ミズガルーズ国家防衛軍の兵を駐在させることを持ちかけた。ルド市長からミズガルーズ国家防衛軍に応援要請をする分には、問題は起こらないとのことだ。この提案は彼らにとっては、喉から手が出るほど望んでいたものらしい。すぐさま契約を交わしたツバキは、兵を手配する段取りを行うために執務室から退室した。
その場に残されたエイリークたちに、ルドが話しかける。
「先程の話では、貴方方はヒミンへ向かいたいのですね?」
「はい。定期便を、再開させてはもらえないでしょうか?」
「構いませんよ。港に停泊してある船を出すよう、私から進言しましょう。一緒に港まで来てもらえませんか?」
これでようやく、ヒミンへ向かえる。嬉しそうに顔を見合わせたエイリークたちは、よろしくお願いしますとルドに頭を下げるのであった。
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