第五節    市長奪還作戦-後編-

 その日、港町ノーアトゥンは慌ただしい気配に包まれていた。街の市長が監禁されている屋敷で、ひと騒動が今まさに起きている。


 最初に屋敷の裏口の方で、突如艶のある黒い毛並みを持つ、人の体躯よりも大きな狼犬が出現したのだ。咆哮を一つ上げ、裏口にいた反ユグドラシル教団の集団の人員に凄みを効かせる。裏口の門番以外にも、屋敷の中から数人の武装勢力が飛び出した。

 彼らは敵意剥き出しな狼犬に、怯みながらも各々武器を構え、向かっていく。しかし狼犬には銃の弾丸も、ナイフなどの飛び道具も全く効かなかった。逆に次々とその獰猛な牙で身体を切り裂かれ、全身を赤く染めて生き絶えていく。


 裏口で起きている一つ目の騒動に重なるように、屋敷の二階部分で新たな騒動が起こる。空を飛んでいた大鷲が、屋敷の二階部分へ突撃してきたのだ。大鷲は想像以上に大きな身体をしており、突撃の衝撃で縦長の窓ガラスは周辺の壁もろとも破壊されてしまうほど。

 屋敷の二階にいた残りの集団の人員は、状況を飲み込めていないようだ。大鷲の背から黒い陰が廊下に侵入したことなど、誰一人気付いていない。突撃してきた大鷲もピンピンしており、その大きな翼を一度、大きくはためかせた。それによる風圧で生まれた風は、衝撃波となり二階の廊下を疾走する。圧倒的な威力を前に、なす術なく飲み込まれる武装勢力。

 追い討ちをかけるように、黒い陰が美しく煌めく大鎌を振るっていく。武装勢力の脇を黒い陰が通り過ぎると同時に、頭が胴体からこぼれ落ちた。疾風のように駆ける黒い陰。陰が廊下を駆けると大理石の床の上に、真っ赤な絨毯が敷かれていった。


 騒ぎはこれで終わらない。屋敷の表玄関、入口に立っていた門番の前に、人影が一つ。当然警戒態勢をとる武装勢力だが、その人影は人間のそれとは大きくかけ離れている。毛先が赤く染まった金髪を靡かせ、炎のような赤い瞳を持つその人影。

 そんな容姿を持つ種族は、この世界に一つしかない。人間から狂戦士族と呼ばれる、バルドル族。何故こんな街中にバルドル族がと更に警戒を強めた武装勢力だが、武器を持つ手が微かに震えている。彼らは本物のバルドル族を見るのは、初めてなのだろう。異種族の人影が放つ異質なオーラに、気圧されているようだ。バルドル族はニヤリと笑う。


「ようやく見つけたぜ、薄汚い人間ども……。散々バルドル族を貶しておいて、いざとなったらビビるなんてタマが小せぇなぁ!」


 吠えるように叫ぶと、バルドル族は手に持っていた大剣を容赦なく門番たちに向かって振るった。

 大剣を纏っていた炎が剣圧と共に、武装勢力へと向かう。彼らは逃げ出すことはおろか反撃すら出来なかった。迫りくるバルドル族に対して足がすくんでいたからか、それとも別の理由か。文字通り火達磨となって黒焦げになった武装勢力を一瞥し、バルドル族は屋敷のドアを乱暴に開け放った。


 屋敷はすでに混乱状態であった。二階部分からは、悲鳴やら銃声やらが響いてくる。一階にいた残存勢力を視界に入れたバルドル族の彼は、大剣を構えると彼らに向かう。当然反撃とばかりに迎え撃ってくる武装勢力だが、圧倒的な速さを持つバルドル族の前では全て空振りに終わる。


「ハハハッ!お前たちの攻撃なんか、この俺に当たるものか!!」


 次々に武装勢力を屠るバルドル族。彼が手に持つ大剣に纏う炎が、彼の戦闘意欲を表しているようである。一階にいる武装勢力を全員倒すと同時に、二階から黒い陰が舞い降りた。バルドル族は黒い陰を目視すると、やがて大きく息を吐いた。


「だはぁあ……さ、さすがに疲れた……」

「フン、軟弱者めが」

「仕方ないだろー!あんな演技なんて慣れないんだから!」

「相変わらず情けのない」


 バルドル族──エイリークはなんだよ、と頬を膨らます。そんな彼を鼻で笑った黒い陰──グリムは、たいして気にも留めずに屋敷の奥へと歩いていく。

 エイリークの先程までの凶暴な顔は全部、必死の演技であったのだ。それを指示したのは、グリムである。それはつい数時間前、ユグドラシル教会で最終的な作戦を立てていた時のこと。


 ******


「んじゃあ、俺は何をすればいいの?」


 市長を救出するため、ケルスには陽動を担当してもらうと決まった。それでは自分は何をしたらよいのかと、グリムに尋ねた。すると彼女は意味ありげに笑い、彼に告げた。


「貴様には正面から堂々入ってもらう」

「待ってまさかの正面突破!?」


 思いもしていなかった内容に、思わず聞き返す。慌てる自分を尻目に、グリムはそのまま続けた。


「貴様のその容姿は使える。人間共が滅多に見ないバルドル族が強襲しに来たと知れば、奴らにも幾分か隙ができよう」

「そ、うかな……?」

「それに貴様はちまちまと行動するよりも、盛大に暴れられた方が良い。いい囮役にもなろう」

「ねぇそれ遠回しに俺が頭悪いって言ってない?ねぇ?」

「まぁまぁ、エイリークさん」


 ケルスに宥められながらも、でもこんなに目立つ外見ならばと一応は納得する。グリム自身はケルスの召還する召喚獣と共に、二階から突入。二階にいる敵をせん滅してから、一階でエイリークと合流する、と伝えた。

 敵勢力に対してこちら側は三人と、数からいえば不利ではある。とはいえ、それぞれ人間とは違う種族だからこその、力と強みがある。それを最大限活かした作戦となった。敵がある程度の力を持つ武装勢力だとしても負けないと、ヴォーダンも保証してくれたのだった。


 ******


 そしてこの作戦の最終目標、市長がいる執務室前まで辿り着く。エイリークが扉を壊す手筈になっている。グリムは彼の後ろで既に、ある術の詠唱を唱えていた。詠唱がほぼ完了すると、彼女は目で合図を送ってきた。受け取ったエイリークは、大剣を掲げ、マナを収束させてから思い切りよく振り下ろす。

 耳をつんざくような音と共に、呆気なく破壊される執務室の扉。破壊された扉の奥では、市長が武装勢力から頭に銃を突きつけられていた。中にいる敵は六名。市長の両隣に二人、扉付近に四人。

 市長を盾にするつもりだろうが、グリムはそれを予想して、対抗策を用意していた。唱え終わっていた詠唱を開放する。


「"強奪する汝の時間ツァイトバンディード"!」


 彼女が発動させた術は、強制力の強い術だ。対象の時間を剥ぎ取り、身動きを封じる時間操作の一種の術である。

 自分たちの身体に違和感を覚え動こうとする武装勢力だが、グリムの術は強力だ。並みの人間はもちろん、魔術師ですら解除には難しいのである。ただしこの術の効力は短い。急ぐ必要があった。


 止められた時間の中をエイリークとグリムは進み、銃を突きつけられていた市長を保護する。いったい何が起きているのか、そんな言葉が顔に張り付いている市長に事情は後程話すと説明して、庭へと誘導した。

 そこへタイミングよく大鷲──ケルスが召喚したフレスベルグである──が舞い降りる。背にはケルス自身も乗っていた。そのまま市長をケルスに託す。彼は市長をフレスベルグの背に乗せると、市長と共にユグドラシル教会へと飛び立つ。


「グリム、オーケーだよ!」


 エイリークが叫ぶ。グリムの術も同じくしてその効力が切れた。彼女は執務室内にいる武装勢力の中心で、武器を構える。彼女の持つ大鎌の、柄の部分が三分割されその端からジャラ、と鎖が顔を見せた。

 それは彼女の持つ武器の特徴でもあり、彼女の種族──デックアールヴ族だけが持つことのできる、強力な業物。

 グリムは三分割された柄の一つを持つ。そしてマナを大鎌の刃に付与させた。


「散れ……"死の神よ、舞い踊れラモールダンセ"!!」


 まるで漁師が魚を捕獲するために海に網を放るように、彼女は自分を中心として勢いよく大鎌を振り回した。闇のマナに包まれた大鎌の刃が、武装勢力たちの胴体を上下に真っ二つに割く。回転する巨大なカッターのような攻撃に、彼らは手も足も出ない。数分ののちに、執務室には大量の血の華が咲き乱れていたのであった。

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