第四節 市長奪還作戦-前編-
エイリークたちは市長のルド救出のため、まずはルドの屋敷の見取り図を手に入れる必要があった。敵戦力がどの程度かも知る必要がある。見取り図入手のために一日欲しいと、まずヴォーダンが告げてきた。
今日一日あれば正確な見取り図や、敵の配置なども図に記せるらしい。エイリークたちはそのことを了承する。見取り図が完成するまで、街の中にある宿屋で準備することにした。
「でも屋敷の見取り図なんて、どうやって……」
「以前ルド様のお手伝いをしていた時に、わたくしの方から屋敷に赴くときもありました。屋敷の中は正確に把握しておりますが、なにぶん広いので……間違えでもしたら、皆様にご迷惑がかかります」
「なるほど、正確な見取り図を作るための記憶の見直しが必要なのですね」
「その通りにございます」
「その言葉に嘘偽りはないな?」
ヴォーダンの言葉を確認するように、グリムが質問を投げる。
厳しい口調の彼女の鋭い言葉に動揺することなく、胸に手を当ててヴォーダンは告げる。
「女神と世界樹に誓って」
嘘などない。その言葉に納得はしたのか、グリムは続けろ、とだけ話す。
ヴォーダンが言うには、恐らく執務室に缶詰め状態になっているであろうとのこと。敵の配置については、外を巡回している戦力は目視でもわかるが、屋敷内については不明な点が多い。
その点をどうやって把握するか。屋敷内に入るのは容易なことではない。頭を捻っていたエイリークに、ケルスが案を出す。
「それなら、"彼"に頼んでみましょう?」
「"彼"?」
ケルスは一つ頷くと、腕に嵌めているブレスレットを握る。目を閉じ、集中しながら詠唱を紡ぐ。
「"召喚するは知恵の勇者──"」
これはケルスの持つ特有の力、リョースアールヴ族が使える召喚術だ。詠唱を紡ぐケルスを、ふわりと優しく風が包む。やがてテーブルの上に、小さな召喚の陣が浮かぶ。
「"根を駆ける者、小さき叡智。来よ、ラタトスク"」
召喚陣が光り輝いくと、その中心に何かが現れる。光が収束するとそこには、手のひらサイズほどのリスが立っていた。
召喚術を初めて見たのか、ヴォーダンは目を白黒させている。そんな彼はいざ知らず、リスはケルスを視界に入れると、片手をあげて挨拶をした。
『よぅ我が主!』
脳内に響くこの軽快な声は、目の前にいるリスから発せられたのだろうか。ケルスはにこりと笑うと、リスに向かって喋りかけた。
「お久し振りです、ラタトスク。貴方の力を借りたいのです」
『ほお、俺の力を?なんだい、何が知りてぇんだ?』
「今日はその……ある場所への偵察をお願いしたいのです」
ケルスの頼みに、ラタトスクはあからさまに顔を顰め、苦言を呈す。
ラタトスクはケルスの詠唱の通り、その小さな体躯に豊富な叡智を秘めているらしい。物事を語ることは得意であり、彼自身の能力でもあるとのこと。しかしそれ以外を求められることを、ラタトスクは嫌っていると告げられてしまう。
『なぁ我が主、それは俺じゃなくてもいいんじゃないのか?』
声色から、明らかに不機嫌になっているということが見て取れる。しまいにはケルスに背を向けて毛づくろいを始めた。そんな彼に怒るでも悲しむでもなく、ケルスはラタトスクに話を続ける。
「いいえ、貴方でないとダメなんです。貴方にしか頼めないことなのですよ」
丁寧に語るケルスに、むむ、とゆっくりこちらに顔を向けるラタトスク。にこりと笑うケルスに他意などない。彼は裏表のない性格の持ち主である。仲間であるエイリークやグリムがそれを分かっていて、彼の召喚獣が理解できないわけがないはず。
「貴方は頭がいいです。だから、僕の予想以上の働きをしてくれると思っています。貴方の知識を貸していただけませんか?」
ケルスの説得に、ラタトスクはまんざらでもない、といった表情で向き直った。
チョロいと思った、なんて口が裂けても言えない。
『あーもう全く、我が主は獣をおだてるのが上手いな』
「お世辞じゃなくて、本当のことを言っているだけですよ」
『わかってらぁよ。そんな我が主だから、俺も仕える気があるってもんだ』
「ありがとうございます」
ラタトスクの機嫌が直ったところで、作戦会議に戻る。
まずラタトスクにはこれから、市長の屋敷に潜入してもらうことにした。天井裏から屋敷内を偵察、敵の配置や交代時間などを調査してもらう。その後再びこの教会の執務室に全員で集まり、ヴォーダンが書く見取り図に敵の配置を追加する。そのうえで最終的な作戦を練り、市長を救出する段取りとした。
「その、反ユグドラシル教団の集団の人たちは……」
「殺すしかあるまい。生き残りを出そうものなら、次はこの街の住人達から死人が出よう」
グリムの意見は正しい。もし一人でもその集団の人員を逃がせば、今度はこの街全体が戦禍で包まれてしまうかもしれない。この教会だって無事では済まないだろう。一つ頷き、同意する。
「そうだよね、それだけは駄目だ。それに次は、市長が殺されるともわからない」
「そんなことにならないよう、全力でお手伝いいたします。どうか皆様、ルド様をお助け下さい」
「はい、必ず」
『どーんと構えておけ。我が主たちは、そこそこやるぜ?』
意見がまとまったところで、エイリーク達は一度解散する。教会から出る折、ラタトスクは早速、市長のいる屋敷へと駆けて行った。
エイリークたちは、なるべく教会から近い宿屋で部屋を借りることに。街が閑散として旅人なども少ないからか、部屋をおさえることは出来た。街が賑わっていたならば、こんな簡単に部屋を取ることは出来なかっただろう。なんとなく、やるせない。
部屋に入り、エイリークは早速大剣の整備を始めた。鞘から引き抜き、刃の面をじっくりと見る。傷もなければ、刃こぼれもない。これなら問題ないだろう。ケルスも己のブレスレットを見て、翳ることがない淡い輝きを眺めている。ケルスの召喚獣に何かあれば、触媒であるブレスレットの光は消えてしまうらしい。それが変化のない輝きを放っているということは、ラタトスクの潜入調査は順調、ということだ。
「それにしても、反ユグドラシル教団の集団か……。レイ、無事だといいけど」
「そうですね……。でもきっと、大丈夫ですよ」
「……ごめんね、ケルス。ありがとう」
慰めてくれたケルスに礼を告げ、ちらりを窓の外を眺めた。二年前とは違う薄暗さに胸が締め付けられるが、軽く頭を振るって気分を切り替える。まずはこの街の市長を必ず助け出し、レイのいるであろうヒミンへの道のりを取り戻す。
翌日、ラタトスクがケルスの元に戻る。結果は上々らしい。彼が戻ったということで、エイリークたちは早速ユグドラシル教会へと向かった。ヴォーダンも無事だ。彼はエイリークたちの姿が目に入ると、すぐさま執務室に案内してくれた。
執務室にあるヴォーダンの机の上に広げられた、屋敷の見取り図。ラタトスクが回ったという通路とも相違なく、屋敷の正確な見取り図ということが証明された。
屋敷は二階建て。屋敷の入口と裏口には、常に見張りが二名ずつ配置されていると、ラタトスクが告げる。目的である市長がいる執務室は、一階部分の最奥に位置していた。執務室の裏側は広い庭となっており、そこから侵入できると考えるも、それにグリムが待ったをかけた。
「阿呆め、蜂の巣になりたい願望でもあるのか貴様」
「え、でも庭って言っても広いでしょ?隠れながらでも出入りできるんじゃ?」
エイリークの質問に一つため息を吐いて、グリムは見取り図を指でなぞりながら説明を続けた。
「そこから侵入したとして、屋敷から脱出する時に囲まれれば全てが無と化す。門番も含め、出来るだけ奴らを散開させなければ全方向から包囲されるのだ」
「もし相手が銃とかを持っていれば、上から狙撃されることもありますもんね」
「そうだ。いざとなれば、市長とやらも殺すことも厭わんだろう」
「そっか、そういうこともあるのか……」
「もっと頭を使え馬鹿者め。……リョースの、貴様は裏口から奴らを一箇所に引き付けろ。その召喚術の力があれば、造作もなかろう?」
「陽動ですね、任せてください!」
「んじゃあ、俺は何をすればいいの?」
エイリークの質問に、グリムは一つ意味ありげに笑うのであった。
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