第八節 少年王は決意する
結論から言うと、エイリークたちは教団騎士本部の中に入れず、門前払いを食らうこととなった。やはりここ最近、敵対勢力であるヴァナルへの警戒を強めているため、外部からの訪問者は誰一人として通していない、とのことだった。それが門番たちの言葉であり、ひいては教団騎士本部の総意でもあると伝えられた。教団本部も封鎖していて、礼拝堂へ赴くことも出来ない状況である。
エイリークたちはひとまず港から近い場所にある広場で、これからどうするかを考えることにした。現状としては、正直八方塞がりだ。ヒミンに到着すれば何かわかるかと思ったが、それが門前払いでは、話にならない。
「どうしよう……。何も情報がないんじゃレイに会えないし、無事かどうかもわからないよ」
「思った以上に警戒が強かったですね……」
「それに何をどう言っても、中には入れないっていう意思を感じたね」
はぁ、と重いため息を吐く。何かいい案が思い浮かべばいいのだろうが、全く考えが思い浮かばない。沈黙してしまうエイリークたち。そのまま数分間経っただろうか、やがて声をかけたのは、ケルスであった。
「あの、お二人とも少しいいですか?」
顔を上げたケルスの表情は、何か強い意志を秘めている。いつになく真剣な彼の眼差しに、エイリークもグリムも耳を傾けた。どうしたのと尋ねれば、彼は一呼吸置いてから話し始めた。
「一度、アウスガールズに戻ってもいいですか?」
「アウスガールズに?」
「はい。僕の治めるべき国に戻って、そこでまず戴冠式を執り行います」
ケルスの突然の発言に、その真意がわからずエイリークは首を傾げる。グリムは彼がその先に言わんとしていることが理解できたのか、小さくなるほどと呟く。
「えっと、なんで?」
「僕がアウスガールズの国王を正式に継いだと、国内外に知らせるためにです。そしてそのあと僕は、ユグドラシル教団へ書状をしたためます」
「んん……?」
「わからんのなら少し黙れバルドルの」
腕を組み考えるもわからず、グリムに窘められてしまった。正論だけに反論が出来ない。エイリークは大人しく口を閉ざす。
ケルスはまず、自国に帰って正式なアウスガールズ国王となると告げてきた。それを国内外へ知らせるために、戴冠式を行う。それは理解できた。しかし何故今そんな提案をするのか、その理由がわからない。
戴冠式後、正式に国王となったケルスがしたためる書状には、ユグドラシル教団に対してアウスガールズは全面協力するとの旨を記すという。今現在アウスガールズ国には国王は不在だが、ユグドラシル教団騎士やミズガルーズ国家防衛軍のように、騎士団が存在する。
ヴァナルの脅威からユグドラシル教団を守るために協力は惜しまないと、協定を持ちかけるのだ。少し回り道かもしれない。ただこの方法ならば、ユグドラシル教団騎士本部には入れなくても、教団本部に入ることはできるかもしれない、と。
「リョースの。その協定が結ばれるだけの、見込みはあるのか?」
「……確かに数年間もの間国王が不在だった国からの協定要請なんて、切り捨てられる可能性もあります。それでも、何もしないまま手をこまねいているだけなんて、そんなの時間が勿体ないですから」
「ケルス……でも、キミはヴァダースを倒すまで国には帰らないって……」
ケルスの意図は理解できたが、ただ一つだけ懸念点があった。エイリークはそこを尋ねる。ケルスの旅の目的は、自身の親の仇であるヴァダース・ダクターの打倒だ。それを達成──あるいは、真意に辿り着くまで、ケルスは国に帰れないと告げていた。
今回どうして、その目的を優先しないのか。
「……エイリークさんの言う通り、確かに僕はヴァダースを追っています。今だって、それを忘れたことなんてありません」
「それなら──」
「でも、ケルスはそう思っていても、アウスガールズ次期国王としては、それは些細な問題になってしまいます。どうあがいても、僕はその立場から逃げることは……いいえ、逃げてはいけないんだって、思いました」
彼は言うには、ヒミンに建つ前に聞こえてきた人たちの会話が、何処か胸に突き刺さっていたのだという。
カーサの脅威が去っても、世界では未だ戦いが繰り広げられている。各国の国民はそのほとんどは、国王や国家によって守られ、心の安寧を保てている。安定した精神を保てられているのは、彼らに縋るものがあるからだ。
ところがアウスガールズの国民たちは、今もなお不在の国王に、国に、不安を募らせてしまっている。このままでは駄目だと。新たなる脅威となりえるヴァナルから国を守るためにも、自分のできることは何かと考えた結果が、正式に国王になること。国民たちの不安を受け止める器を、作る事だと、ケルスは話を続けた。
「もちろん、今更と思う民もいると思います。それでも……今からでも、僕はせめて、自分の国の国民たちを守りたいのです」
決意を秘めた彼の言葉は、確かな覚悟を秘めている。そんな彼に、グリムは珍しく素直に微笑む。エイリークも彼の言葉を聞いて、その決意の固さに納得できた。
「ケルスは、強いね。うん、いいと思う!」
「貴様自身はもう決めているのだろう?それに対しての覚悟もあるのなら、私も特段反論はない」
「エイリークさん、グリムさん……。ありがとうございます」
自分たちの言葉に、ケルスも満面の笑みをこちらに向ける。
そうと決まったならばと、エイリークたちは早速行動を移す。ヒミンの港から出ている、アウスガールズ最北端の港街エルツティーンへの定期便に乗ることに。ちなみに再び、エイリークは船酔いに苦しめられるのであった。
******
アウスガールズ本国に辿り着いたエイリークたち。しかしすぐには入らず、近くの木々から城門を見ている。ケルスは緊張しているのだろう。大きく深呼吸する。
「大丈夫?」
「はい……すみません、ちょっと緊張してしまって」
「自分の国だろう。何を気負う必要がある」
グリムの叱責に、ケルスはありがとうと礼を告げた。一度目を閉じてから、意を決したように顔を上げる。覚悟を決めたのか、木々の間から出て城門へ向かった。エイリークとグリムも彼の後ろを歩く。
城門の前には、アウスガールズ本国の騎士団であろう、騎士甲冑を纏った人物が二名立っている。彼らもケルスと同じリョースアールヴ族なのか、白い耳が甲冑から出ていた。彼らはケルスを目視すると、それでも一応警戒しながら訊ねる。
「待たれよ、これより先はアウスガールズの本国。其方らは如何様で訪ねるか?」
その言葉にケルスは静かに、堂々としたいで立ちのままで正確な声で答える。
「僕は、ケルス・クォーツ・イザヴェル・フォン・アウスガールズ。アウスガールズ本国の王位第一継承者、前国王パシフィの息子です。この度、正式に王位を受け継ぐために帰還いたしました。僕がケルス本人だという証拠は、この銀のブレスレットです」
そう言うとケルスは銀のブレスレットを外し、門番に手渡す。そのブレスレットの内側には、ある文字が彫られているのだ。それは彼の父、パシフィの名前。ケルスの持つ銀のブレスレットは、前国王であり父親だったパシフィから直接受け取った物だという。二つとない、たった一つの召喚術の触媒。
「もし信じられないと言うなら、それを王宮内にいる信頼できる人物に見せて伺っていただいても構いません。答えが出るまで、僕はここで待っていますから」
物怖じしないケルスに、門番の方が少し狼狽えた。少々お待ちを、とだけ告げると、城門をくぐり本国の王宮へと走り去る。
しばらく経っただろうか。城門の奥側からドタバタと、何やら騒がしい足音が聞こえてくることに気付いた。何事かとそちらに目をやると、誰かがこちらに向かって走ってきている。その先頭は、初老のリョースアールヴ族の男性だ。彼を見て表情が綻んだのは、ケルスだった。
「陛下ーー!」
「ニルキース!」
突進しそうな勢いでこちらに走ってきた男性が、声を上げてケルスを呼んだ。近くに来たことで、エイリークにもようやくその人物が理解できた。それは一度、初めてケルスと出会った時に彼の傍にいた男性だ。確かケルスの側近だったか。
ニルキースは数名の騎士を連れケルスの前に立つと、彼に向かって一礼する。
「ああ、陛下。よくぞご無事で……!」
「じいやも、お元気そうで何よりです」
「陛下がカーサに攫われたと聞いた時は、爺は気が気でなりませんでしたぞ。しかしこうして本国にお戻りくださって、感動の極みにございます」
ささ、と差し出された銀のブレスレットを受け取るケルス。ありがとうございますと笑うケルスに、ニルキースは立ち話は何だからと王宮に案内しようとした。顔を上げエイリークやグリムの姿にも気付くと、彼は笑顔を向ける。
「おお、其方たちも息災だったか!よくぞ陛下を守ってくれた。其方たちも来るがよい」
「……相変わらず偉そうな側近だ」
「そう言っちゃだめだよグリム。感謝されてるんだからさ」
グリムを宥めながら、エイリークはケルスたちの後ろを追うのであった。
アウスガールズの王宮は、外見も内部もほぼ無事だった。
カーサは本国を支配してはいたが、住民や王宮内の騎士団員を殺すことはなかったのだと聞いて驚く。ただし自由はなく、軟禁状態を余儀なくされたらしい。
二年前カーサが本国から撤退して、世界巡礼中のミズガルーズ国家防衛軍が警備兵を置いて保護したことで、国内の状況は変わった。住民や騎士団は解放され、ケルスが脱出した以前より、景気も回復しつつあったのだと聞く。それでも国王のいないことへの不安は、消せなかったと。
「とはいえ、こうして陛下がお戻りくださった。これは奇跡にございます」
「それは、僕を助けてくれる人たちがいたらです。それでも、皆さんにはご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げるケルスに、とんでもないと慌てるニルキース。そんな彼の姿に苦笑したケルスは、しかし表情を切り替えて伝えた。
「少しでも国民の皆さんの不安を取り除きます。じいや、戴冠式の用意をお願いできますか?僕が正式に王位に就くことを、国民は勿論国内外に伝えたいのです」
彼の言葉に、一礼したニルキース。彼の横顔を見たエイリークは、やはり彼は強いなと感心するのであった。
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