第二十五節  戦いづらい相手たち

「理解したか?お前たちは俺たちの掌の上だということを」


 こちらを見下すヘルツィの表情は変わらない。エイリークたちは警戒を強める。彼の目的がわからないからだ。自分たちを待っていたというが、何故わざわざ待つ必要があるのか。確かにヴァナルとは敵対関係となっている。ミズガルーズでアインザームとバーコンと戦闘も行った。結果として彼らを退けることができたが、それに対する報復、とは思えないのだ。


「お前の目的はなんだ!?この街にユグドラシル教会はないのだから、襲ったところでお前たちにはなんの利益もないじゃないか!」

「目的、ねぇ。確かに何も聞かされないで殺されるとなれば、同情を禁じ得ないな。いいだろう、教えてやる」


 そう告げたヘルツィが徐に、ある一点に指を指す。エイリークたちは、その指の先をたどる。指の先にいたのは、レイだ。レイは動揺して、思わず聞き返す。


「俺……!?」

「そうだ、女神の巫女ヴォルヴァ。お前に生きていられると、こちとら迷惑でな。俺たちヴァナルにとって、ユグドラシル教団はもとより、その象徴である運命の女神や女神の巫女ヴォルヴァは邪魔者以外の何者でもない」


 だから、と淡々とヘルツィは言葉を続ける。さも当たり前かのように告げられる言葉に、レイの動揺は大きくなるばかり。


「俺たちの目的は、その象徴の消去。平たく言えば、お前の抹殺だ。アインザームの話ではお前は記憶を失っているようだが、そんなこと関係ない。お前という存在が俺たちにとっての脅威なら、それを排除しようという考えは至極真っ当だろう」


 彼の言葉に、レイは何も言い返せないでいた。自分が女神の巫女ヴォルヴァであることを、彼自身まだ混乱して信じられないと言っていた。それなのに急に存在を消すだの抹殺だの。それなら、とエイリークは柄を握る力を強める。


 護衛の役割だからだなんて関係ない。大事な仲間レイのことを殺させるようなことは、絶対にやらせないと。


「そんな理由で、レイを殺させたりなんてさせるものか!」

「当然だな。レイは俺たちが守る。お前らのようなテロリストごときに、俺の大事なモンやれるかってんだ!」

「僕も、僕の大切な友達に危害を加えるというのから、容赦しません!」

「フランメさん、ステルさんにケルス国王陛下まで……」


 ヘルツィはエイリークたちの行動を一笑に付す。肩をすくめ、やれやれと呆れたかのように呟いた。


「よく言うな、大した力もない愚者たちが。いや……弱い奴らほど群れたがるとでも言えばいいか」

「フン、貴様はこの戦力を覆せるほど力を持っているとでも言いたいのか。人間はこれだから愚かで困る」

「そのセリフをそっくりそのまま返そう、デックアールヴ。あまり人間を舐めていると、そのうちに痛い目を見ることになる」


 こんな風にな、とヘルツィは指を鳴らす。すると砕けた城壁の奥から、何かがぞろぞろとこちらに向かってくる。やがてエイリークたちと対峙するように現れたそれらは、アールヴァーグの住居の住人であるドヴェルグ族たちだった。彼らは各々手に様々な武器を持っている。その目は狂気を孕んでいる。

 その目には覚えがある。イーアルンウィーズの森で遭遇した魔物たちの目と、まったく同じなのだ。彼らの腕や手首にはあの、グレイプニルが装着されている。さらに対峙しているドヴェルグ族の中には──。


「ドゥーリンじいさんまで……!」


 最初にアールヴァーグの住居で、彼らに気さくに話しかけてきてくれたドヴェルグ族の長、ドゥーリンまでいた。思わずラントが噛みつく。


「てめぇ、やってくれやがったな……!!」

「俺より弱い奴らを俺がどう扱おうが勝手だろう?これでもお前たちは、俺の攻撃から女神の巫女ヴォルヴァを守り切れるというのか?」

「ふざけやがれ!」


 ヘルツィがドヴェルグ族に指示を出す。すると彼らは一斉に、エイリークたちへと襲い掛かった。彼らが手に持っている武器は、彼らが作り出したものであり、つまりドヴェルグ族の武器。名もない武器といっても、それらは一つ一つが強力なものに他ならない。さらに、エイリークたちにはドヴェルグ族と戦う理由がない。彼らを殺してしまえば、ただの侵略者と大差がなくなる。

 彼らを殺さずに、レイを守りながらヘルツィの攻撃を防がねばならない。状況は明らかに不利であり、何より戦いづらかった。強力な技を振るうことも叶わず、防戦一方となる。


「くそ、やりづらい!」

「あの野郎、静かに暮らしていたドヴェルグ族たちを何だと思ってやがる!」


 エイリークもラントも、牽制するだけで精一杯だ。レイやケルスが後方支援をしてくれているが、それでも彼らを巻き込むわけにはいかないのだ。放つ技も、威力が弱いものしか使えない。それに対してドヴェルグ族たちは容赦なく、こちらに攻撃を仕掛けてくる。しかもそれだけではない。


「そら、くれてやる」


 ヘルツィの魔術が、エイリークたちの動きに鈍さに拍車をかけていた。思うように動けず、苦戦を強いられる。彼の一撃が、レイとケルスに向かった。すかさずレイが反応する。


「っ!"スリートイルミネーション・シューツェン"!」


 彼が叫ぶと輝く氷の塊が積み重なり、盾となる。光を纏う氷の壁は、受けた攻撃を相手に跳ね返す力があると、エイリークは知っている。上手な戦い方だと思っていたが、対するヘルツィは冷静に対処したみたいだ。


"捻じ曲がれ、反転する未来へと"ビーゲンウーアザッヘ


 彼が術を発動すると、レイの光の氷の壁はくるりと反転する。ヘルツィが先に放っていた一撃はその盾に直撃すると、そのままレイへ威力を高めて跳ね返った。予想外の動きに一瞬遅れ、レイは攻撃の直撃を受ける。威力が高まっていた攻撃を受けたレイは、衝撃のあまりに地面の上を滑るように倒れた。


「レイさん!」


 ケルスが駆け寄り、治癒術を施している。


「この!」


 エイリークはヘルツィに攻撃を仕掛けようと駆け出すが、彼の前に操られているドヴェルグ族たちが立ち塞がった。彼らの攻撃を大剣で受け止めるが、遠慮がない分、彼らは力を申し分なく振るっている。じりじりと体力を削られるような、持久戦となってきていた。そんな中、ケルスがヘルツィに向かって問いただす。


「どうしてですか!どうしてそこまで、ユグドラシル教団や女神の巫女ヴォルヴァを敵視するのですか!?」

「……理由を聞けば納得するのか?」


 ヘルツィの纏う雰囲気が変わる。研ぎ澄まされた殺気を、肌でも感じることができた。


「まぁいい。……ヴァナルは失望しているんだよ、この世界に。女神に縋るしか能のなくなった生物たちが蔓延る、惰弱な世界にな。女神の導きが全てならば、救われない生命はなくて然るべきだろう?」

「この、世界に……」

「貧困、差別、戦争。それらの犠牲になった生命に対してまで、それは女神のお告げだ納得しろとほざくことに、どうして全人類が受け入れられると考えられた?お告げに縋ることそれすなわち思考の忘却だということを暗に押し付ける、そんな教団に正義なぞあると思うか?」


 ヘルツィの言葉も、意味が理解できないわけではなかった。だからといって、自分たちの仲間を差し出すことなんてできない。


「でも、だからってこんな、争いの種を撒くことなんて!」

「話はしまいだ。もう大人しく殺されろや」


 勢いに乗ったドヴェルグ族たちが、再度襲い掛かってくる。エイリークはそのうちの一つを、再び大剣で防ぐ。ぎりぎりと鍔ぜりあっていると、不意に声が届く。


「ば、るどるの……子や……!」


 喉から絞り出すように、苦しみに喘ぐような声は自分の下から聞こえてきた。聞き覚えのある声に下を向けば、そこには身の丈ほどある武器でエイリークと鍔迫り合いをしていたドゥーリンがそこにいたのだ。思わず目を見開く。彼の瞳から、狂気が消えつつある。よほどの魔力がなければ抵抗することも難しいグレイプニルを装着されているのに、だ。


「ドゥーリンさん……!?」

「そう、じゃ……事情は知らん、が、そなた達を殺すわ……けにはいかぬ」

「俺たちも、あなた達を殺したくなんてない!けど、レイを殺させるわけにはいかないんです!どうすれば……!!」

「うまくいくか、賭けじゃが……儂が活路を開こう……あとは、そなた達次第に、なろう……!ッ……!」


 再び狂気が瞳に浮上したドゥーリンが、持っていた武器でエイリークを薙ぎ払おうとする。先に察知したエイリークが、逆に彼を振り払い数歩後退する。そのお陰で数秒の時間が出来たわけだが。

 ドゥーリンはまたしても狂気を抑え込み、この瞬間に術を展開した。


「ドゥーリンさん!」

「なに、老体にはちょうどい、い……気付けじゃ!」


 ヘルツィが、ドゥーリンの異常に気付く。


「あのジジイ、何を──」

「開け影の門!"迷宮よりの解放"ラビラントエヴァジオン!!」


 彼が展開したのは転送の術。振り向けば、エイリークたちだけ体が透けていく。ドゥーリンは自身に残った魔力を総動員して、彼らの離脱を試みたのだ。ドゥーリンの企みを理解したヘルツィが、彼に狙いを定めて術を発動しようとしていた。彼からドゥーリンを守ろうとするが、ほぼ身体が透けている状態ではもはやどうすることもできない。それでもエイリークは、手を伸ばさずにはいられなかった。


「ドゥーリンさん!待って!」

「それじゃあの、若人ら」


 その言葉を最後にエイリークが最後に見た彼の姿。それは太陽のような光で貫通され、石となって砕け散ったドゥーリンの、満足そうな笑顔だった。



 第一話 END

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