第二十四節 デジャヴ
「ん……」
目を覚ます。視界には見慣れない天井と、見慣れた人物たちが広がっていた。彼らの表情には、心配がべったりと張り付いている。ゆっくりとだが、意識が覚醒していく感覚を覚えたレイである。
「ここ、は……」
「よかった、目が覚めたんだね」
ゆっくり起き上がる。傷の手当てが施されている、ということは何処かの医療施設だろうか。考えられるのはミズガルーズ国家防衛軍の医療施設だ。隣にいたエイリークたちに尋ねれば、自分はヴァナルとの戦闘後に気を失っていたという。
そこにヤクから、ここに運べば手当てをすると、手を差し伸べてくれたのだと。手を煩わせてしまったのか。罪悪感が湧く。
「レイ、目が覚めた?」
エイリークたちの背後から、懐かしい声が聞こえる。そちらに視線を投げればそこには、成長した姿のソワン・ハートがカルテを手に自分を見ていた。彼とも二年ぶりの再会となる。思わず声が漏れた。
「ソワン……!」
「久し振り、レイ。二年経っても相変わらず無茶するんだから、まったくもう」
そんな小言を漏らしながら苦笑しつつ、それでもしっかりとレイの容態を確認するソワンの姿。二年経ち少し地位も高くなっているのに、その堅実さは変わっていない。そんな彼に、どこか安心した。一つ息を吐くと、エイリークが尋ねる。
「レイ、さっきはどうして何も言わずに出て行ったの?」
「それ、は……」
言ってもいいのだろうか。不吉な夢を見て怖くなったから、なんて。普通に考えたら、そんなこと信じられるはずがないのに。
「確かに、レイから見たら俺たちは出会ってまだ数日で、信じるなんて難しいかもしれない。でも俺はレイのことを知っているし、仲間で友達だから信じるよ」
「フランメさん……」
「それに……一人で抱え込みすぎないでほしい。今は一人じゃないんだから、言いたいこと、言わなきゃいけないことは言葉にしていいんだ。これはスグリさんの請け負いだけど……でも、本当のことだよ」
彼の言葉に、ケルスやラントも賛同する。その気持ちが、申し訳なかった。自分は彼らのことを、全く覚えていないのに。知らないのに。思わず俯いて謝罪する。満足そうに頷いたエイリークたちには、レイの本心は伝わっていないようだ。
しばし談笑をしていたが、そこに一人の訪問者が訪れる。
「師匠……」
「ヤク様」
ヤクは小さく微笑んでから、エイリークたちに告げた。
「……すまない、少し二人だけにしてもらってもいいだろうか?」
それは、レイと師弟二人にしてほしいということだ。説教だろう、と薄々予想はしていた。エイリークたちは了承して、その場を後にする。レイの家で待っているねと、伝言を告げて。
沈黙が下りる空間。なんだか、気まずい。ヤクはベッドのそばに置いてあった椅子に腰かけ、静かに話し始めた。
「……まったく、お前はもう少し自覚を持って行動しろ」
「自覚……?」
「お前はもう、一般人ではない。下っ端とはいえ、ユグドラシル教団騎士の一人なんだ。ミズガルーズで武力行使をすることが、どれだけ周りに影響を与えるか考えろと言っている」
ミズガルーズとユグドラシル教団本部は、協定を組んでいるわけではない。勝手な行動によって、双方に誤った認識を与えかねない。軽率な行動で戦争すら起きかねないのだと。
ヤクの指摘は正しかった。
「……ごめんなさい」
「……とはいえ、お前の行動によって街に被害が出なかったことも事実。シグ国王陛下も、そこはお前に感謝していると仰せだ」
「陛下が……」
シグ国王陛下には、こちらこそ多くの感謝を伝えなければならない。お忙しい立場なのに、こうして自分にも気遣いをしてくれるなんて。
「……私はまた、守れなかったな」
「師匠?」
ヤクが何を呟いたのか、レイは聞き取ることはできなかった。いや、と軽く頭を振るったヤクは、小さく笑ってレイの頭に手を乗せる。久し振りの感覚。彼の、少し冷たい手が、気持ちよくて。
「お前なりに、強くなったのだな」
「……!うん!」
ヤクに褒められたのが嬉しくなり、笑顔で返事を返す。ユグドラシル教団騎士本部で自分なりに訓練していたのは、間違いではなかったんだ。
周りに誰も味方がいなくて苦しかったが、こうしてわかってくれる人がいる。それだけで、あの苦痛の時間が報われたような気がした。
そういえば、ヤクなら何かわかるだろうか。そう思いレイは自分が行動するきっかけとなった、あの夢のことを話す。
「師匠。俺……不思議な夢を見たんだ」
「……、なに……?」
ヤクが怪訝そうに己を見る。
動揺したような表情に、思わずどうしたのかと尋ねた。
「……どのような、夢を見たんだ」
「あ、うん。その……炎の夢。辺り一面が炎に包まれてたんだ」
そして、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえてきた。女の人ではなく、それは男の声だったこと。よく聞いたことがあるのに、それが誰の声なのかは全く思い出せないこと。
その夢を見た後、急に不安がよぎり城門へ向かったら、ヴァナルがいたということ。何か関連性があるのだろうか。
「……記憶が戻ったわけではない、のか」
「え?」
「……なんでもない。精神的なストレスが溜まっていたのだろう。特段気にする必要はあるまい」
「でも──」
「もう休め。もし、ここにいて気が休まらないのなら家に戻れ。その方が、エイリークたちもいていいだろう」
もはや語ることはない、と言わんばかりに。ヤクは椅子から立ち上がり、レイに休むように進言した。彼自身も時間がない中、様子が気になりここに立ち寄ったのだという。それならば、邪魔をしてはいけない。わかったと頷き、家に戻ることにした。
レイも、彼の邪魔をしたいわけではないのだ。二人で部屋を後にする前に最後、言わなければならないことだけ伝えて。
「師匠。俺、師匠のレシピのアップルパイ作ってみたんだ。明日俺たちは出発するけど、よかったら食べてくれると嬉しい」
「ほう、作ってみたのか」
「師匠の味にできてるか、自信はないけど」
「わかった。仕事の後に、いただこう」
「うん。……じゃあまたね、師匠」
「ああ。エイリークたちにもよろしく伝えてくれ」
任されたと返事をしたレイは、医療施設を後にした。
その後家に戻ったレイを迎えたのは、エイリークたち仲間だった。笑顔で迎えた彼らに、心配をかけたと謝罪して笑顔を向ける。大丈夫だよと笑い返してくれた彼らに、もう一休みしたら出発しようと告げて。その意見に全員が賛同して、その日のしばしの睡眠をとるのであった。
******
翌日。すっきりとした目覚め、とまではいかなくても休息をとったレイたちはミズガルーズを後にする。ここまで来た道を戻ろうということになり、ひとまずはアールヴァーグの住居を目指すことにした。
「それじゃあ、行こうか!」
元気よく声をかけたエイリークに、はいと返事をするレイ。頭の中からは、炎の夢についても声についても、綺麗さっぱり消え去ってしまっていた。
ミズガルーズから出る際。城門や石橋付近では、ミズガルーズ国家防衛軍の兵士が現場検証を行っていた。彼らに一礼してから、城門を後にする。
アールヴァーグの住居までの道のりは覚えている。一度通った道でもあるので、スムーズに足が進む。ヴァナルからの妨害があるかとも思ったが、それもなく。見覚えのある洞窟の入り口まで辿り着き、入ろうとしたところでグリムが全員に待ったをかけた。
「グリム?どうしたの?」
「……微かにだが、火薬の匂いがする」
「火薬、ですか……!?」
常識的に考えて、洞窟の奥から火薬の匂いなど、するはずがない。アールヴァーグの住居で、何かあったか。
「でも、ここまで来たんだから行かないワケにはいかない」
「……せいぜい、用心することだ」
彼女の言葉を念頭に置きながら、洞窟の中へと進んでいく。奥へ進めば進むほど、火薬の匂いが濃くなっている。レイたちにもハッキリと、認識できるほどに。
開けた場所、アールヴァーグの住居へ辿り着いた一行は、驚愕に目を見開いた。物静かだったはずの街からは黒煙が立ち上り、高い壁が目立つ城壁は無残に砕けてしまっている。
「なんで……!?」
どうしてこんなことに、と呟くよりも前に声が降ってくる。
「待ちくたびれたぞ、女神の
声の方へ視線を送る。砕けた城壁の上に、1人の男性がこちらを見下ろしていた。
その人物とはヴァナルの一人、ヘルツィ。
レイたちはすかさず、警戒態勢をとる。
「これはお前の仕業か!?」
「そんなこと、少し考えれば分かるだろう?バルドル族といっても、知能はそこまで高くはないんだな」
「どうしてだ……!この街にはユグドラシル教会も、女神信仰もない!街を襲う必要なんてないはずだ!!」
ラントが矢を構えながら吠える。彼はこの街を知っていて、思い入れがある。その横顔には、怒りが張り付いていた。
「俺はお前たちを待っていた。全く思考が単純で助かる。森に近しい街ミュルクを通らずにミズガルーズから海岸に出るには、この街を通らなきゃならんからな」
「そうか……!だから、あの二人にミズガルーズを襲わせたんだな!」
罠は二重に仕掛けられていたのだ。ミズガルーズにあるユグドラシル教会を破壊するというのは、ヴァナルにとってはただの建前。思い返せば、二人だけで大国に乗り込んで目的地を襲撃だなんて、考えてみればおかしいことだ。確実に失敗することは、火を見るより明らかだというのに。
ヴァナルの本当の目的は、自分たちをあぶり出すことだったのだ。
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