第二十三節 切って落とされた火蓋
目覚まし時計の代わりと言わんばかりの警鐘の音が、エイリークの鼓膜にまで響く。微睡みの中にいた自分には良い気付けというもので、ベッドからずり落ちてしまう。打ち所が悪かったのか腰をさすりながら、同じ部屋にいたグリムの様子を気にかけた。
彼女はとっくに目覚めていたらしく、窓の外の様子を窺っていた。外では相変わらず警鐘が響いている。大きな火の手が上がっているというわけでもないが、何か異変があったということは明白だ。
「奴らか」
「奴らって……まさかヴァナルが!?」
エイリークが声を上げた直後、客室のドアが開かれる。そこには別室にいたケルスとラントが、焦燥を顔に張り付けていた。ひとまず彼らの無事が確認できて何よりだ。しかし彼らは緊急事態だといわんばかりに告げる。
「レイが、部屋にいねぇんだ!」
「え!?」
衝撃が走る。家のどこにもいないらしい。嫌な予感が、閃光のようにエイリークの胸をかすめる。レイがいないことと連動するかのような、この警鐘。関係がないと考えるほうが難しい。
「行こう!」
「行くって、でもレイがどこにいるかも分からないんだぞ!?」
「だからって、ここにいるだけじゃ何も変わらないよ!」
「闇雲に探したって同じことだって言いたいんだ!」
エイリークとラントで言い争いが起きそうになる。ラントの言い分もわかる。それでも今の状態の──二年前の記憶をなくしているレイを一人にさせることに、エイリークは漠然とした不安を感じているのだ。
ふいに消えてしまいそうで、ひどく不安定に思えて仕方ない。あの日、ユグドラシル教団本部を発つ前に見た、レイの笑顔を見た日から。
そんな言い争いに発展しそうな空気に仲裁を入れたのは、グリムだ。彼女は冷静に状況判断をしていたらしく、こう告げる。
「火の手が上がっていないということは、街にはまだ被害がないということだ。この警鐘は、住民に警戒態勢をとるよう命じるようなものではないか?」
「つまり、国外から今まさに何者かが侵入しようとしている。この音はそれを伝えるためのものだ、ということになりますね」
「そうだ。つまり奴らは今、ギリギリ国外にいることになる。そこから考えるに、恐らくまだ城門付近にいるであろうな」
「そこにレイがいるかもしれないんだね、なら行くしかないよ!」
言うが早いか、エイリークは大剣を手に取ると窓の外から家を出る。そのまま仲間の制止も聞かず、一目散に城門の方へと駆け出した。
「レイ……!」
無事であってほしい、そう願いながら。
******
やがて辿り着いた城門では、レイがどうにか踏みとどまりながらバーコンたちの侵入を防いでいた。状況は三対一という圧倒的な不利な状態にも拘らず、だ。よく目を凝らせば、羽衣のような薄い光の膜が石橋を丸ごと包んでいる。まるで、敵の脱出を阻む結界のようにも見える、光の膜。
バーコンが手に装着している凶刃を、レイに向かって振り下ろそうとする。そうはさせない。エイリークは地面を蹴り上げ跳躍し、大剣を振りかぶる。
「
風のマナを大剣に纏わせ、バーコンに向かって勢い良く振り下ろす。凪いだ風がマナの変化で、刃の如く荒れ狂う渦となりバーコンの鉤爪を阻む。エイリークの突然の乱入に動揺したらしいレイと、歓喜の表情をあらわにするバーコン。
「フランメさん……!?」
「遅くなってごめん、もう大丈夫だよ!」
対峙して、バーコンたちを見据える。ちらり、とレイを一瞥する。衣服はボロボロで、出血もしていた。駆け付けるのが少し遅かった。そんなエイリークを視界に入れたらしいバーコンは、高らかに笑う。
「ハハハハ!やっぱり潜んでやがったかバルドル族ゥ!いい日だ、今日は最高にいい日だぜ!なぁ!?」
バーコンが突進する。狙いはレイからエイリークに切り替わったようだ。一直線に駆けてくる彼の一太刀を、大剣で受け止める。以前相まみえた時よりも、若干力強くなっているような気がした。
ギリギリ、鍔ぜりあう。
「オマエに礼がしてぇんだよ、バルドル族!あの時オマエから与えられた
「そんなの知らないよ!けど、俺の大事な仲間に手を出すなら……!」
柄を掴んでいる右手を放し、マナを集束させていく。パチパチ、と右手の中で集束したマナが放電し始めた頃合いを、見図る。狙うはバーコンの胴体。
「容赦しない!」
「ハハッ!」
「
掌底を繰り出すように、狙いを定めて右手を突き出す。限界まで蓄えられた雷のマナが、バーコンの胴体から全身へと駆け巡る。
衝撃の強い電撃は筋肉を委縮させ、相手に隙を与えることになる。その一瞬を見逃すエイリークではない。振りかぶり、大剣の面で物体を打ち飛ばすように追撃を加えた。
「吹っ飛べ!
炎を纏った大剣で、殴られるようにして吹き飛ばされるバーコン。受け身を取ろうとするが、委縮した筋肉が元に戻るまでは多少の時間がかかるようだ。そのまま石橋の上にべしゃり、と落ちる。
ここが好機と睨み、さらに大剣に雷のマナを纏わせた。頭上で掲げた大剣を、勢いよく振り下ろす。
「
剣圧として放たれた雷のマナ。それは衝撃波となっていく過程で、竜の首のように変化する。あんぐりと口を開けた雷のマナの竜が、バーコンたちを飲み込まんと威力を上げた。これで倒れてくれるか。
「いい狙い目だけど……忘れないで、ね?」
アインザームが告げると、一体の人形が雷の竜と彼らの前に立ちはだかる。片手を竜に突き出すと、その掌から旋風を巻き起こす。
「なっ」
よく凝視すれば、その旋風はただ単に、雷の竜を吹き飛ばすためのものではないと知る。一度旋風を巻き起こしておきながら、それを吸収している様子が見て取れた。しかも竜の源である雷のマナを、糸を解くように分解してから旋風に巻き込みつつ。
「パパは、大食らいだから……。こうやって、攻撃を食べることができるんだよ」
「そんな……!」
「本当です……。あれのせいで、俺の術もほとんど効かなくて」
雷の竜が分解される。アインザームは相変わらず冷たい瞳でエイリークたちを見つめた。
「残念、だったね……」
──「けど、食ってる間はお前も何もできないみたいだな」
背後から声がした直後、一本の矢が放たれる。それが迷いなく人形に命中すると、一瞬の間をおいてから爆発した。受け身をとれずに、人形は仰向けに倒れる。
「パパ!」
アインザームが人形に駆け寄る。
エイリークたちの背後から、弓を手にしていたラントやグリム、ケルスといった仲間たちが到着する。あの矢は、ラントが放ったものだったのか。レイは駆けつけてきた仲間たちを見て、目を見開いた。
「みなさん……!」
「待たせたな、レイ」
改めてバーコンたちと対峙する。人形を揺さぶっていたアインザームだったが、エイリークたちを鋭くねめつけて立ち上がる。
「ゆる、さない……パパはボクだけのものなのに!」
アインザームの足元から、大量のマナが噴出する。解放された、と表現したほうが正しいのか。敵意を持ったそれらがこちらに放たれる、直前だった。
──「
地面からどうやって生えたのか、突如石橋に何本もの巨大な氷柱が出現する。それらは膨張し、アインザームたちの動きを完全に封じた。彼の放っていたマナも、その氷柱に吸収されているようだ。
この術は見覚えがある。後ろを振り向けば石橋の奥、街の入口で杖を翳していたヤクの姿が目に入る。ミズガルーズ国家防衛軍の応援が、到着したのだ。
「諦めろ、ユグドラシル教会は破壊させない……!」
レイが一歩前に出て、アインザームたちに告げる。どうやら落ち着いたのか、アインザームが仕方ないねと呟く。
「……わかった。今日はもう、帰るね……。バーコン」
「ふざけんなクソガキ!オレはまだ……!」
「でも、これでヴァナルは貴方たちを完全に、敵とみなす……。容赦しないのは、こっちも同じ。……パパ」
壊れかけていた人形がアインザームとバーコンを掴むと、そのまま石橋の下を流れる川に向かって飛び込んだ。
「待て……!」
飛び出そうとしたレイが、ふらつく。咄嗟に彼を抱えれば、彼は気を失っていた。呼びかけても反応がない。
「レイ?しっかり!レイ!!」
「……一人で、奴らと戦ってたんだ。とにかく何処かで休ませたいな」
一度レイの家に戻るか、と話していたがそこに近付いてきた人物が一人。ヤクだ。
「怪我をしているのならば、軍の医療機関がある。そこに連れて行くといいだろう」
「ヤクさん……!ありがとうございます!」
ヤクが一人の兵士を呼ぶ。
状況が二転三転とする中、エイリークたちはヤクの呼んだ兵士によって、防衛軍の医療機関へと連れられるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます