第百二十三節 残された時間の中で

 ヤクとスグリが意識を取り戻したと分かったその後。落ち着いた一行はまず、ルヴェルのエインとなって敵対行動をしていたエダたちの処遇についてを、シグ国王から聞いていた。

 彼女たちは確かに世界の敵として、女神信仰を推進していた村や町を襲撃し、多くの命を奪った。とはいえそれが本人の意思からではなく、ルヴェルに本来の意識を封じ込まれたうえで行っていたこと。なにより、夢の牢獄に囚われたヤクとスグリの意識を解放するために、力を貸してくれたこと。これらの事情から情状酌量の余地があると、シグ国王は判断したそうだ。

 無理に捕らえて刑罰を与えるよりも、目の届く場所において監視した方がいい。そこで彼はレイたちに、その役目を依頼してきたのだ。


『ケルス陛下。これでいかがでしょうか?』


 スイートルームの一室で通信機を介して話し合いをしていたシグ国王が、ケルスに問い尋ねる。彼の言葉に、ケルスは少々驚きながらも尋ね返した。


「僕は、その。異存はありませんが……よいのですか、シグ陛下?」


 ケルスは心配していたのだ。ミズガルーズも、エインやルヴェルからの被害を受けている。事態は終息しているが、この対応については反発する民も出てくるのではないかと。そう危惧していた自分たちに、シグ国王は問題ないと告げた。


『エインにされていた皆様については、こちらで情報操作をしています。少なくとも、反発運動を起こすようなことにはさせません』

「陛下……」

『私は貴方方に、私の大切な兵士をどうか救ってくださいとお願いしました。それ以外に、私の望みはありませんよ』


 シグ国王の言葉に、レイたちは笑顔で互いを見合わせる。


「ありがとうございます」

「監視の役目、是非引き受けさせていただきます」

『ありがとうございます、みなさまがた』

「こちらこそ、感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございました」


 そのあと一言二言交わして、通信を切る。

 室内の後ろに控えていたエダ、アマツ、ルーヴァも今の会話を聞いていた。三人共がシグ国王の提案に驚いていた。取り返しのつかないことをしたのに、と言わんばかりの表情だ。三人にレイが言葉をかける。


「みんな、自分の身を顧みないで師匠やスグリを助けようとしてくれた。シグ国王は、そんなみんなの心を信じてくれたんです。確かに、取り返しのつかないことをしたかもしれないけど……みんなだって被害者だったんだ」

「レイ……」

「それに……師匠たちを助けるために魂を削った反動で、みんなはもうあと少ししかここに居られない。シグ国王もそれがわかっているからこそ、残り少ない時間は師匠たちの傍にいてほしい。そう思ったんじゃないかな」


 ヤクとスグリの魂を夢の牢獄から解放する際、エダたちは大量のマナを消費する行為を行った。しかし蘇生躯体に魂が入れられた状態でマナを大量に使用するということは、魂を削る行為に他ならない。それでも彼女たちは躊躇わずにマナを使用し、結果としてヤクとスグリの魂を救うことはできた。

 ただその反動で、魂そのものを蘇生躯体に定着させにくくなっていたのだ。恐らく今の状態では、三日と保たないだろう。


 だからこそ、シグ国王は刑罰を与えるよりも監視を選択したのだと、レイは考えた。残り少ない限られた時間を、今度こそ悔いの残さないように生きてほしいと。

 レイの言葉でようやく納得したのだろう、エダが一歩前に出て、こちらに告げた。


「わかりました。では……私たちの監視を、お願いします」

「うん、任せて!」


 依頼を引き受けたところで、そういえばとレイはラントに向き直る。今なら聞けそうだと、ここにいない、もう一人のエインだった人物──ツェルトについて尋ねた。

 何故ここにいないのか。レイの問いに一瞬言葉に詰まったラントだが、レイ以外にも全員が部屋に揃っているからと、全てを語ってくれた。

 ツェルトの蘇生躯体が試作機だったこと、ルヴェルにとって使い捨ての駒だったこと、それでも彼は解放された後は満足して逝ったこと。


「あと、レイに伝言な。城から脱出するとき、酷いこと言ってごめんなさいって」

「そんな……気にしなくても、よかったのに。ツェルトの弟さんだって、ルヴェルの被害者だったんだから」

「まぁ……アイツなりのけじめってヤツだったんだろうよ」

「ラント……」


 遠い目をしたラントの横顔。その顔に心配が煽られて見上げれば、彼はくしゃりと笑って頭を撫でてきた。思った以上に強い力でくしゃくしゃと撫でられる。

 ラントは先程とは打って変わって、からりと笑いながら言葉をかけてくる。


「そんな顔すんなよ。長い兄弟喧嘩も終わって、アイツは満足して最期を迎えたんだ。なら、俺がもう心配することなんて何もないさ」

「そう……?」

「そうだよ。俺はもう、大丈夫だから」


 気にするな、と頭をポンポンと叩かれる。ラントがそう言うのならば、もう自分が言えることは何もないだろう。それに、見上げた顔には憂いの色は一切ない。


「……わかった。ラントがそう言うなら、信じるよ」

「サンキュー。エイリークたちも、そういうわけだからさ。……俺のことは、何にも心配いらないからな」

「俺はラントのこと、心配してないよ」


 エイリークはラントの前に立つと、にっこりと笑った。


「俺はあの日の夜の……レイを取り戻すって一緒に誓ったときから、ラントのこと信じてるから。もう大丈夫だってね」

「はは、ありがとなエイリーク」

「……?何言ってたんだ、二人とも?」

「ん?んー、ナイショな」

「うん、ヒミツってことで」

「ずっりぃのー」

「悪いなって。そう怒るなよ」


 ラントからまたしても頭を撫でられ、くしゃりと髪を乱された。そんな光景にくすくすと笑うエイリークたち。少し気恥しいが、こうしていると、ようやく平和を取り戻せたと実感できた。


「それより、このあとはどうする?」


 いい加減頭を撫でられるのが恥ずかしく、ラントの手を振り払って話題を変えようと仲間たちに尋ねた。

 そうだなと逡巡してから、まずルーヴァが総合病院に向かいたいと告げられる。入院しているヤクとスグリの様子を見たい、とのことだ。彼の言葉にアマツ同意し、それならばと監視の役目をアヤメが買って出た。

 特段禁止することではない。それにこちらとしても、ヤクとスグリの状態も知りたかったので、ルーヴァたちの行動を許可した。アヤメの申し出にも、依頼する形でお願いした。そのことにアヤメは笑顔で返事をするも、だけど、と言葉を切り出す。


「ウチ一人だと二人を見れないから、グリムにも手伝ってもらいたいっす!」

「は?」

「ルーヴァたち、もう行くっすよね?」

「そうだね、うん」

「じゃあ行こうっす!善は急げ余は情け~」

「オイ!」


 アヤメは言うが早いか、グリムの手を掴んだままルーヴァたちと部屋を出た。残されたレイにラント、エイリークとケルスにエダ。最初に口を開いたのはラントだ。彼はエダの方を見ながら話し始める。


「それなら、俺は貴女の話が聞きたいかな。レイの子供の頃とか知りたいし」


 突然のラントの提案に、思わずレイは顔を真っ赤にして反応する。エダは面白そうに手を口に当てて、小さく笑う。


「な!?」

「ふふ、私の話でよければ」

「それ、僕も聞いてみたいです」

「ちょ、ケルスまで何言ってるんだよ!?」

「いいじゃねぇか、聞いたところで何も減るもんじゃないんだし」

「な、な、な……え、エイリークも!?お前もそう思ってる!?」


 縋るようにエイリークを見る。彼は苦笑してから話す。


「とても興味が惹かれる話だけど、俺は少し出かけようかなって思ってるんだ」

「え……?何処に?」

「ちょっと腹減っちゃって。スイートルームのルームサービスの食事ってその……。緊張するっていうか、なんか食べ慣れないっていうかさ」


 だから街の食べ物を食べたくなった、と。それなら一緒にどうかと尋ねるが、すぐ戻るからと返された。


「そう?」

「うん。ちょっとしたらすぐ帰るから。なんなら、何かお土産も買ってくるし」

「そんな気を遣わなくてもいいぜ。ゆっくりしてこいよ」

「へへ、ありがとう」


 エイリークはいそいそと準備をして、それじゃあと部屋の出口に向かう。レイは見送りのために一緒に部屋の外まで出た。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「うん、いってらっしゃい」

「ありがと。いってきまーす」


 エイリークを送り出して部屋の中に入る。中ではキッチンでお茶の準備をしているケルスと、すでにリビングのソファに座り楽しそうに話すエダとラントがいた。


「レイがそんなことを……」

「はい。もうそれは驚いて驚いて──」


 なんて話が聞こえてきたものだから、慌てて二人の中に入る。


「ちょ、なんのことだよ!?」

「へへ、お前って意外と可愛いところあんだなぁって思ってなー」

「はぁ!?エダ、何話してるのさ!?」

「ふふ、貴方の小さい頃の話ですよ」

「そんな、ちょ、やめろよ!?恥ずかしいだろー!」


 話の内容が分からないだけに慌てれば、お茶を用意してたケルスがお盆を持って、中に入ってきた。


「何が恥ずかしいのですか?」

「わぁああ聞くなーー!!」


 羞恥でどうにかなりそうだと、レイは思わず声を荒げてしまうのであった。

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