第六十八節  偽りの再会

 スグリがアマツと話している同時刻。スグリとは違う空間で、彼と同じように植物に拘束されているヤクの元には、アマツと同じようにルーヴァが来ていた。ヤクもルーヴァから自らの状況などを聞かされているところである。


「ごめんね、ヤク。少し窮屈かもしれないけど……それも今だけの辛抱だよ」

「ルーヴァ、さん……お願いです、こんなこと……やめて……」


 ヤクにとって目の前のルーヴァという男は、命の恩人にも等しい人物である。


 14年前。スグリとともにガッセ村から脱出したのち、ヤクは彼とともに船の積み荷に身を潜め、密航することでアウスガールズから脱出。しかし簡単に物事はうまくいかず、彼らは港町ノーアトゥンの港で見つかり、ミズガルーズ国家防衛軍に拘束された。その時その場に居合わせたのが、当時ミズガルーズ国家防衛軍魔導部隊に所属して次期副部隊長と噂されていたルーヴァだった。そこでヤクたちは彼に引き取られ、ミズガルーズへと連れられることになる。


 ミズガルーズに到着後、てっきり牢屋に入れられると考えていたがルーヴァはヤクたちを、孤児院を経営していたリゲルに預けたのだ。さらにルーヴァは彼らの後見人となり、色々世話もしてくれた。さらにヤクはルーヴァから様々なことを教えられたり、時には相談にも乗ってもらっていた。幼少期から助けてくれた彼に、ヤクは恩を感じている。


 そんな彼との別れは唐突だった。成長し、ミズガルーズ国家防衛軍に研修として仮入隊していた時。ヤクは当時の部隊長だったハイトを筆頭に、彼の息かかった人物たちから輪姦などの性的被害を被っていた。そこをスグリと、彼と共に軍内部で起きていたその凌辱事件を追っていたルーヴァに救出され、それがきっかけで軍上層部であるハイトたちの犯行が明らかにはなった。

 そして後に開かれたハイトたちの国家裁判中、抵抗したハイトが傍聴席に着席していたヤクに襲い掛かった。ハイトが突き出したナイフの攻撃を、寸でのところでルーヴァが庇ったのだ。この時の怪我が原因でルーヴァは落命。ヤクはルーヴァに何も伝えられないまま、彼に最後まで守られたまま、別れてしまったのだ。


「……キミを守り切れなかったこと、僕はずっと苦しかったんだ。キミは誰よりも女神の巫女ヴォルヴァの力と運命に翻弄され、苦痛を味わってきた。そんなキミのことを、僕はずっと救ってあげたかったんだよ」

「ルーヴァ、さ……私は、運命と向き合うって……決めたんです……」

「そんなの苦しいだけだろう?僕はもう、キミを苦しませたくないんだ」

「それは、ちが……っ!ん、ぁあッ……!」


 体の奥底から力を吸い取られる感覚に襲われるヤク。苦悶を浮かべるその表情を眺めながら、するり、ルーヴァがヤクの頬を撫でる。ヤクはそんなルーヴァを、悲痛な面持ちで見ることしかできない。ヤクにルーヴァを攻撃するという選択肢は、たとえ体を動かせたとしても選ぶことは不可能なのだ。言葉でどうにか説得するしかないが、今のこの状況ではそれすら難しい。四肢や身体が拘束され、女神の巫女ヴォルヴァの力を奪い取られる感覚に襲われている、この状況では。


「女神の巫女ヴォルヴァの力なんてものがキミに宿っているから、キミは苦しんだんだ。ならばいっそ、その力を奪い取って解放してあげればいい。そう提案してくれたルヴェル様には、感謝してもし足りないんだ」

「……その、ためだけに……こんな大がかり、なことを……?」

「勿論だよ。女神の巫女ヴォルヴァの救済ってね、女神の巫女ヴォルヴァの力を宿主から完全に乖離させることで成功するんだ」

「……なら、一つ疑問が残ります……。吸収した力の行く先、は何処ですか……」


 その質問に、楽しそうに微笑むルーヴァ。こんな状況でも頭が冴えているね、とヤクを褒めると、説明し始めた。

 女神の巫女ヴォルヴァの力は、その力を使うごとに世界樹ユグドラシルへ還元される。今のヤクとスグリは、力の還元のルートを阻害されている状況。女神の巫女ヴォルヴァの力を奪い取り、それを母体となる巨木へと強制的に送っている。

 しかしその先が、説明がつかない。巨木に力を輸送した後の、吸収した女神の巫女ヴォルヴァの力は、何処へ行きつくのか。


「そういえば、昔から知的好奇心が高かったね、ヤクは」

「そんなこと……関係ない、です……!!」

「それを知って、どうしようっていうのかな?女神の巫女ヴォルヴァの力から解放されるキミには、関係ないことだよ?」

「お願い、です……ルーヴァさん……答えてくだ、さい……!」


 ヤクの懇願をしばし眺めていたルーヴァだったが、仕方ないねと呟く。


「知らないまま拘束され続けるのも、可哀想か。わかった、教えてあげる。……その植物の大元、この城の謁見の間に鎮座している巨木は、文字通り母体なのさ」

「ぼ、たい……!?」

「そう。あの巨木は、キミたちから吸い上げている女神の巫女ヴォルヴァの力を栄養素として、ある物を育てている。伝説の果実、不老不死の黄金のリンゴをね」


 伝説の果実とは文献にも記されている、古代から伝わる果実である。

 かつて運命の女神たちが守っていたというその黄金のリンゴには、不老不死の力が宿っていた。その力を求め、多くの人物がそれを手にしようと、争いに発展したこともあったそうだ。運命の女神たちはその争いを終息させるため、果実を一種のマナに変換し、自らの力と共に封印。力を三分割された黄金のリンゴは、運命の女神の力を受け継いだ三人の女神の巫女ヴォルヴァが出会わない限り、その芽すら出さないという制約までかけられた。


 その黄金のリンゴを手に入れることが、ルヴェルの目的なのだと。

 しかしヤクは解せなかった。女神の巫女ヴォルヴァは自分とスグリだけではない。今の説明を仮説にするならば、最後の一人であるレイからも力を奪わなければ、黄金のリンゴは実らない。レイが彼らに後れを取る可能性は、低いはずだ。何故なら彼の周りには、エイリークたち仲間がいるのだから。


「本当にそうかな?」


 まるで心を読んだかのように、ヤクの考えに対して的確に質問するルーヴァ。ヤクに動揺が走る。


「ついでに教えてあげるね。ついさっき、ルヴェル様が最後の女神の巫女ヴォルヴァをお迎えしたそうだよ。今は部屋で休ませているって」

「な……!」

「聞いたけど、その子はキミの弟子なんだってね。大丈夫、悪くしないようにルヴェル様に進言しておいてあげるから」

「やめ、て……!ルーヴァさん、あの子には手を出さないでくだ、さい……!」

「それはできない。あの子のことも、救済しなければならないからね」

「っ、や、め……!」


 ヤクはどうにか植物から逃れようと、普段扱っているマナを集束しようとした。しかし植物が彼の行動に、自らの生命の危機を感じ取ったのか、急速に蠢く。蔦のようなそれはヤクの口を塞ぎ、詠唱させないように彼の身体全体をも締め上げた。


「んン……!ん、ぅう!」

「ああほら、駄目じゃないかヤク。急に攻撃なんてしようとするから、その植物も慌てているよ?」

「んぐ、ンんー!」

「落ち着いてヤク。その植物には本来、敵意はないんだ。集束したマナを解放すれば、その拘束も弱まるから」


 ね、と微笑みかけられる。彼に従ったのかはたまた集中が切れたのか、集束していたマナは四散し、ヤクの身体からは力が抜けた。植物はそれで危機は去ったと感じたのか、拘束を緩め口を塞いでいた蔦を放す。

 解放され苦しげに呼吸を繰り返すヤクに、親が子供に諭すかのようにルーヴァが語りかけた。


「注意したほうがいい。いくらキミを救うためでも、今のように攻撃の意思を感じると、植物が思わずキミのことを殺しかねない。加減がわからないからね。無暗に動かない方が、キミの身のためだ」

「……るぅ、ヴァ……さん……」

「すべてはキミの……女神の巫女ヴォルヴァたちのためなんだよ?わかってくれるね、ヤク?」

「……どう、し……て……やめ、てくだ……さ……」


 ヤクの声は届かず、ルーヴァはただ満足そうに笑うだけ。そんな彼の表情を見たのを最後に、ヤクの意識はそこでぶっつりと途絶えるのであった。

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