第三話
第五十一節 真相を確かめに
ユグドラシル教団騎士本部前にて。レイはそこでエイリークたちを待っていた。先日教皇ウーフォから任務を言い渡され、その協力者としてエイリークたちも同行することとなったのだ。準備を済ませたら、教団騎士本部前で待ち合わせする手筈となっている。
先に準備を済ませ、彼らを待っていたレイに訪問者が来た。彼らはいつぞや自分を辱めようとした、貴族出身や政治家の息子の教団騎士たちだ。彼らは見え透いた愛想笑いを浮かべながら、レイに近付いてくる。思わず身構えたが、彼らは前の時のように急襲することはなく、こちらの様子を窺うように下手に出る。
「これはこれは。女神の
「そんな荷物をお持ちで、何処かに巡礼に向かわれますのかな?」
「女神の
明らかに媚びへつらった態度に、内心またかと溜息を吐く。己が女神の
そんな自己中心的な教団の人間に対して、レイは鬱屈感を感じていた。特段己への態度に対して謝罪を要求するつもりはないが、こうもあからさまな手のひら返しをされてしまうと、気味が悪く思ってしまう。それでも、彼らは純粋に女神崇拝を重んじていて、それに殉じようとしているだけなのだ。それを理解はしてしまえているから、人のいい笑いの仮面を付けて返事をする。
「運命の女神は、いつも我らの味方でありますよ。その御心のままに行動すれば、必ず運命は答えてくれます」
「そのように予言を賜れたのですね!」
「ありがとうございます、女神の
「……申し訳ないんですが、待ち人がいますので」
「レイ、お待たせー!」
誘いを断ろうとしたタイミングで、エイリークに声を掛けられる。助かった、と心の中で呟いて彼らに振り返る。それに異議を唱える教団騎士たち。
「おい貴様、女神の
「え?」
「そもそも、なぜ異種族である貴様たちが軽々しく女神の
「身をわきまえよ異種族ども。高潔な存在の女神の
立て続けにエイリークたちを侮辱するような言葉に流石に黙ってはいられず、レイは少し表情を硬くして彼らに告げた。
「……彼らは自分の心許せる仲間たちです。彼らを悪く言うのは、許しませんよ」
「あ、いえその、我々は……」
「それに、異種族だからとそのように差別なさる貴方たちの姿もまた、運命の女神は見通しています。女神はその者の善行ばかりを見ているわけでは、ないのですよ?それでも貴方方は──」
──種族差別を、続けるおつもりですか?
まるで警告するように見据えれば、彼らはたちまちに震え上がる。どうなのかと再び尋ねれば、彼らは深く一礼して謝罪する。そしてそのまま踵を返し、教団騎士本部の中へ戻るのであった。その様子を見届けてから、レイは盛大に溜息を吐く。
「お疲れだな、レイ」
「まぁ……もう、慣れたけどな」
「さっきの人たち、前にレイを襲おうとした人たちだよね。あの時とはまるで態度が違うじゃないか!」
憤慨するエイリークに、仕方ないと苦笑する。ユグドラシル教団が閉鎖的で女神崇拝を第一に考えているということは、今に始まったことではない。それに彼らは規律から逸脱しているわけでもない。ユグドラシル教団騎士としてなら、彼らの行動に間違っている部分などないのだ。それが第三者が倫理的に見てどう思うかは、いざ知らず。
「それよりも、早いところミズガルーズへ行こうぜ」
そう言って自身の荷物を持つと、レイは港へと歩き出したのであった。
******
それは先日教皇ウーフォから、ミズガルーズのシグ国王から送られてきたという書状を見せてもらった日のことだ。エイリークたちもそこに記されてある分を見て、目を疑ったのか思わず声を上げた。
「どういうこと、これ……!?」
「俺もわからない。でもシグ国王の直筆で、至急救援を求むだなんて。酔狂でもあの方はそんなこと書かない。だから、本当のことなんだと思う」
ぐ、と拳を握る。自分も、エイリークたちより先にその書状を見せてもらったときは、何かの間違いなのではと疑いもした。あの二人が消息不明になるなんて、天変地異でも起こらない限りあり得ないと。しかし頭のどこかで、万が一そんなことが起きてしまっていたら、なんて考えてしまう自分もいた。信じたくない、信じられるわけがない。でも心に落ちた心配の種は、考えれば考えるほど芽吹いていく。
「俺は、その書状の内容を信じたくない。だから、教皇様からユグドラシル教団からの使いとしてミズガルーズに赴く任務を、拝命したよ」
「そこで、其方たちにも彼に同行してほしいのだ。聞けば、其方たちはグレイプニルについての情報を得るため、ミズガルーズに協力を持ち掛けたのだろう?」
「はい。ぜひ、同行させてください!」
「僕も、アウスガールズ国王として状況把握のために同行します」
エイリークたちの言葉に、救われるような思いが胸に灯る。己一人では確実に、ミズガルーズに向かう途中で心が折れかねない。教皇ウーフォはエイリークたちの言葉に頷くと、彼らの旅券を用意すると告げる。
今日は混乱もあるだろうから休んで、明日の朝一でミズガルーズに向かおうという話に落ち着いた。エイリークたちもそれに賛同し、その場は一度解散となる。自分も準備に入ろうとしたが、教皇ウーフォに呼び止められた。応接室から出るエイリークたちを見送ってから、レイは教皇ウーフォに尋ねる。
「何か、自分に御用でしょうか?」
「うむ……。貴公が女神の
「……はい」
「しかしな、貴公にはまだ世界を見てきてほしい。この教団から動けぬ私の代わりに」
「教皇様……」
振り向いてから一度笑うと、彼はレイの頭に手を乗せる。見上げれば、まるで我が子を見守る親のような表情で、教皇ウーフォはレイに話す。
記憶を封印してからも、何かと教皇ウーフォは自分に良くしてくれた。それは自身が教団が追い求めていた女神の
「貴公はまだ若い。世界の多くを、その眼に映してきてほしいのだ」
「……はい!」
頼んだぞ、と背中を押されたのであった。
******
ユグドラシル教団騎士本部を出て、港に辿り着くレイたち。まずは北ミズガルーズ地区、漁港の街キュステーを目指す。まだ船は来ないとのことで、定期便を待つことに。港内にある待合所で、レイは本音を漏らす。
「不謹慎だけど……俺はまたこうやってエイリークたちと旅ができるってこと、嬉しく感じてるんだ」
「実は……俺もだったり。本当不謹慎にもほどがあるけど、あのまままたお別れじゃなくて、一安心してる自分がいる」
「なんだ、よかった」
くす、と笑う。内心不安で心配で堪らないが、今の自分は一人ではない。周りにはこんなにも頼れる仲間がいて、とても恵まれている。だからこの先何が起きようとも彼らと一緒にいる限り大丈夫だと、レイは心の中で安堵の息を漏らす。
「……あれ、ラントは?」
「先程、お手洗いに行ってくると仰っていましたが……」
「悪い悪い、今帰った」
「遅かったな?」
「いやぁ、なんか混んでてよ。それよりも、もう漁港の街キュステー行きの定期便が来るみたいだぞ」
行こうぜと促され、レイたちは港に到着した定期便に乗船するのであった。
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