第五十二節  忍び寄る暗雲

 エイリークたちは無事に、港街キュステーに到着した。この街に来ることに、実は一抹の不安があった。何故ならこの街は以前、ヴァナルの襲撃を受けている。逃げるようにこの街を離れた後の、初めての訪問。

 いくらあの時の、ヴァナルのアディゲンが作った偽物だといっても、ここはエイリークの手配書がばら撒かれた土地だ。まだ誤解が解けていなかったらどうしよう。そのことが懸念なのだ。

 一応フードを目深にかぶり、バルドル族であるということを隠すが果たして。港に降り立ち、街中を歩く。奇妙な集団ということで、チラチラと窺うような視線は刺さるが、特段非難するような視線は感じられない。このまま、ひとまず無事に街を抜けられるかもしれない。

 そう一安心した時、一人の男性が道を塞ぐように立ちはだかった。その男性はエイリークではなく、ユグドラシル教団騎士の制服を纏っているレイに対して、憎悪の目を向けていた。


「……お前、ユグドラシル教団騎士か?」

「そうですが、何か御用でしょうか?」

「俺は、ある漁師の息子だ。数カ月前、この街にヴァナルって奴らが突然襲ってきて、港はもちろん船も襲撃に遭った。俺の親父は船を守ろうとして、ソイツ等に襲撃された。結果として、漁の出来る体じゃなくなっちまった」


 それは紛れもない恨み言だった。男いわく、数カ月前、この街はヴァナルによって壊滅の危機にまで陥ったそうだ。街は大ダメージを負い、盛んであった漁業も今や、その半分の漁獲量しか獲れないとのこと。

 その影響もあって、まだ以前のような活気ある街にまでは復興しきれていないと。


「なのに聞けば、ユグドラシル教団本部があるヒミンは復興が完了したとか。冗談じゃねぇぞ、教会がない街には復興の手を伸ばさないってか!?」

「そんなことはありません。必ず上に掛け合って、この街にも騎士を派遣します!」

「そんなの信じられるかってんだよ、この女神バカ集団が!」


 男は拳を振り上げ、その手に持っていた石をレイに投げつけた。それをレイは避けることなく、身に受ける。それでも目の前の男の恨み言は止まらず、レイの胸ぐらを掴んで恫喝する。


「なにが女神を信仰していれば救われるだ、見守るだ!こんな運命を背負わされるために、俺たちは生きていたってのかよ!?」

「差し伸べるべき手が遅くなったことは、謝罪します。けど、運命はその人が乗り越えられるものしか、与えないんです……!」

「この野郎、寝言は寝て言いやがれ!」


 男が再び拳を振り上げる。二度もレイを殴られてたまるか。振り下ろされる前に、男の腕を掴む。邪魔をされた男は、エイリークにも怒りの矛先を向けた。


「邪魔すんなテメェ!」

「いいえ、邪魔しますよ。俺の大事な仲間にこれ以上、言いがかりをつけるのはやめてもらっていいですか?」


 エイリークはそう言うと、被っていたフードを外す。人間ではないその風貌に、途端に男は縮こまった。エイリークがバルドル族だと、その男は瞬時に理解したのだろう。

 情けない小さな悲鳴を上げて、懇願するように、こちらを見てくる。エイリークに便乗するかのように、ラントも口を挟んできた。


「そいつの言うとおりだぜ、アンタ。ユグドラシル教団騎士だって、尽力している。各地の被害状況を調べて、順番に支援物資も運んでんだ。そいつを知らねぇとは言わせねぇぞ」

「けどな……!!」

「いい加減にしないかこの馬鹿息子が!!」


 それでも引かない男に、制裁の声が響く。声の主はどこにいるかと視線を逸らしてみれば、杖をついて歩いてきた中年の男が目に入る。男性を見た男が、弱弱しい声で呟く。


「親父……!」

「まったくこの馬鹿息子が。そちらの旅人さんの言うとおりだぞ。ユグドラシル教団からは、支援物資についての書状が届いてんだ。それに、そのための準備も進めてくれていると、街の市長が言っていた。なのにお前は勝手に突っ走ってからに!!」

「け、けどヴァナルのせいで親父は!」

「たわけ!ヴァナルの残党も、ユグドラシル教団騎士がとっちめてくれたんだぞ!それに感謝こそすれ、恨む奴があるかこの大馬鹿野郎が!」


 男の父親という人物が、レイから手を放すように一喝する。男は己の父親には逆らえないらしく、ゆっくりとレイの胸ぐらから手を放した。それを見て、エイリークも男から手を離す。父親はレイのそばまで近寄ると、彼に対して謝罪の言葉を述べた。


「騎士さんよ、不肖の息子が迷惑をかけてすまねぇな」

「いえ……。こちらの手が遅くなっていることは、事実ですから」

「すまん。けどコイツも、俺を思ってくれてのことなんだ。それにまだこの街には、アンタら騎士たちを快く思ってない人もいてな。もっと早くに助けてほしかった、ってよ」

「……はい」

「でもな、俺は船を新しく手配してくれたり、怪我の治療を補助してくれたり色々してもらって、感謝もしてるんだ。もちろん、俺以外にもそういう奴もいる」


 だからどうか多目に見てやってくれ、と。素直に謝罪してきた男の父親に、大丈夫だとレイは言葉を返す。次に男の父親は、ある情報をエイリークたちに伝えてきた。


「そういや騎士さん、最近変な噂を耳にしたんだ。なんでも墓が掘り返されたり、死んだ人間が蘇ったって話なんだが」

「死者が蘇る……?そんなの、初耳です」

「掘り返された墓からは、遺骨とかがなくなってるって話だ。新たな墓荒らしじゃないかってことで、気味が悪くてな」


 奇妙な話に思わず、その場にいた仲間たちと顔を見合わせる。掘り返した人物を見た目撃者もいない、ということらしい。念のため用心しておいてほしい、とだけ告げられた。情報に感謝したエイリークたちは、そのまま港町キュステーを後にする。


 今日はこのまま次の街の、森に近しい街ミュルクで一晩泊まろうと、話が落ち着く。港町キュステーから、森に近しい街ミュルクにまで続く街道を歩きながら、レイは頭に受けた傷に治癒術を施していた。それを見たラントが憤懣の声を漏らす。


「アイツ、自分勝手にもほどがあるぜ。不満があるからって、それをレイにぶつけていいなんて法律なんざ、何処にもねぇんだぞ」

「まぁ……不安だったところにちょうど、ユグドラシル教団騎士の俺が見えたんだから。仕方ないさ」

「仕方ねぇで済ませていい問題じゃねぇぞ。あんな人間もいるってのに、お前は女神の巫女ヴォルヴァとして勤めを果たすって言うのかよ?」

「そうだよ。それが俺の使命だからね」

「……納得いかねぇ」


 不貞腐れたように言葉を荒げるラント。彼のそんな反応に、それでもレイは、それが自分の使命だと話しているのが聞こえた。なんだろう、一人で問題を抱えようとしていないだろうか。無理はしないでほしいのだが。

 話を変えよう。先程の男性が語ってくれた話題について、口を開く。


「それにしても、死者が蘇る、か……」

「真偽は分かりませんが、もし人為的ならば許されない行為です」

「墓が掘り返されたってあの人は言ってたし、死者の蘇りと無関係って訳でもなさそうだよね。でもいったい誰が──」


 話をしていたが、ふと、足を止める。そして、大剣の柄に手をかけながら周囲を警戒する。自分の突然の行動を、レイは不審に思ったのだろう。どうしたのかと尋ねててきた。

 何か嫌な予感がする。そう一言だけ告げた。風が気持ち悪く感じる。

 自分が感じ取って違和感を彼らも察知したようで、何事かと各々武器を構えた。一見すれば、普通の街道なのだ。だが何かそこに、異物が放り込まれたかのような錯覚に陥る。本能的に、の気配を感じた。


 やがて街の道脇に生えている木々の間から、何かが出現する。それらは、黒い制服を身に纏っている人間たちだ。見間違えるはずもない、あの黒い制服は二年前、自分たちと戦ったカーサが、その身に纏っているものである。

 しかし、いやだからこそ。エイリークは目の前の状況を理解できないでいた。何故なら彼らカーサの人物たちに見覚えがあるから。何故なら自分は彼らと戦い、そして勝利したのだから。


 何故ならエイリークとレイは、目の前のカーサを二年前に倒し、


 目の前にいたカーサの人物たちは皆、二年前の戦いで命を散らした人物たちばかりだ。そんな人物たちが、今も勝手に行動するなんて。死体だったはずの肉体が腐っていなくて、倒された状態のまま自立しているなんて。


「どうして!?アイツらは、確かに倒したはずなのに!」

「死者が蘇るってそういうことかよ……!」


 自分たちの混乱をよそに、目の前のカーサたちは問答無用で襲ってきた。

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