第五十三節 進撃する死者たち
目の前のカーサたちが、自分たちに牙を向いてくる。問答無用なその様子に、こちらもならばと応戦した。
目の前にいるカーサの動く死者たちはみな、一度は倒したことのある相手だ。蛇使いのペレトゥ、傀儡製作のルビィ、
それに今は、あの時とは違う。エイリークは安心して仲間たちに背中を預け、カーサに向かった。そんな自分に対応しようと、まずペレトゥが地面に腕を突き刺す。その技には、見覚えがある。
足の裏から地面の振動を感知したエイリークは、大剣を地面に突き刺して跳躍する。それが予想外の行動だったのか、自分の動きに少し動揺した表情を見せるペレトゥだ。ニヤリとほくそ笑んで、エイリークは足の先にマナを集束させる。
一度身を大きく回転させてから、突き刺したままの己の大剣をさらに深く突き刺すように。マナを集束した足で、大剣の柄の先に蹴りを落とす。
「
地中深く刺さった大剣が、マナを付与されたことと衝撃を受けたことで振動を起こす。大剣を中心地とした地面の揺れが起き、衝撃波となって拡散するマナの刃。それが閃光のように地中を駆ける。
この技は、地面に潜んでいる敵や相手に攻撃を与えるのには、最も有効な手段だ。狙い通り、地中を進んでいたペレトゥの蛇の腕を切り刻む。両腕を切り刻まれたペレトゥは事実上、戦闘不能の状態。
エイリークは突き刺さった大剣を引き抜くと、次にルビィを狙う。
ルビィの技は、自身が対象とした人物にマナを植えることで己の傀儡とする、肉体捜査のそれだ。一度その身に受けたことのある術だが、二度も操り人形にされる趣味はない。
ルビィが腕を伸ばす。彼の放つ技の射程は広範囲に及ぶ。術をかけられる前に始末をつけたいが、間に合うか。一瞬だけ迷いが出るが、突如として彼の腕が吹っ飛ばされて、奥の木に何かと共に突き刺さる。
背後を一瞥する。矢を射った後の姿であろう、ラントが視界の端に映った。人の悪い笑みを浮かべたラントを見て、エイリークも応えようと大剣を振りかぶり、ルビィに対して真横に薙ぎ払う。ルビィは腰のあたりから、呆気なく上下に分断された。
最後の相手へ振り向こうとして、土くれで出来た
構えようとして、目の前に光の帯が浮かぶ。それはエイリークを守る膜のようなものだった。その膜が
「ありがとうレイ!ケルス、お願い!」
「はい!
ケルスが強化の術をエイリークに施す。内側から力が沸き上がってくるような感覚のあと、その力を込めて大剣を下から上に、切り上げるようにして振るう。その一撃で
彼女に加勢しようと駆けだし、一度大きく大剣を振るうも、躱される。
体勢を整えようと、グリムの隣まで後退した。そんなエイリークに一言、グリムが声をかけてきた。
「ゆくぞバルドルの」
「うん、いつでもいいよ!」
掛け声とともにフットへと向かう。彼に
後ろ後ろに後退するが、それはフットの背後に出現した、光の氷の壁によって阻まれる。更に逃げていた足に矢が刺さり、足を潰されたフット。もう目の前の彼は袋の鼠だ。エイリークとグリムの武器が振り下ろされる。
「
「
炎の大剣がフットの体を焼き、闇のマナを付与させた大鎌が首を切り落とす。頭部のなくなったフットの体は、その場に崩れるように倒れこんだ。
突然の襲撃を無事に撃退するも、どこか薄気味悪さを感じる。大剣を鞘に収め、カーサの彼らを様子見た。
大剣で切りつけたときに感じた手応えは本物だ。しかし彼らは二年前に、既に死んでいるのだ。なのにこんなにも、確かな手応えがあるなんて。まさか、死体が丁寧に保存されていた、とでも言うのか。いや、そんなの無理があるだろう。
レイたちもエイリークたちの隣に窺いに来た。不安や疑心を顔に張り付けているのは、レイだった。確かに自分たちが倒したはずの相手がどうして、と。
ずっと微動だにしない彼らを不審に思っていたが、突如として再び、倒したはずのカーサの彼らが声を出す。
「世界に堕落と混沌を」
「
「え……!?」
首も斬り落としているというのに、まだこの状態でも生きているのか。思わず総毛立つ感覚はいざ知らず、彼らは呪いの言葉のように同じ言葉を羅列する。
「世界に堕落と混沌を」
「
「世界に堕落と混沌を」
「
「世界に堕落と混沌を」
「
何度かその言葉を繰り返したかと思えば、彼らは一斉にレイを見る。視線を一身に浴びたレイは、思わず体を強張らせた。見上げるだけで何も言わないかと思われたが、彼らは最後に一言。
「女神の
それだけ言うと、彼らの体は炭のように真っ黒に変色し、最後にはボロボロと崩れ去ってしまう。まるで燃えカスのようになってしまった、彼らの灰。それは風に乗り、エイリークたちの前から完全に消える。
後に残ったのは、言いようのない気味の悪さだ。それに、またしても女神の
果たしてこれは、またしてもカーサの仕業なのだろうか。考えても埒が明かないが、ひとまずはレイを休ませた方がいい。
「まだ判断材料が少ない。今日はひとまずミュルクで一泊しよう」
「そう、ですね」
「だな。色々情報も整理したいしな」
「うん。レイもそれでいい?」
尋ねるが、レイは答えない。心ここにあらずといった状態だ。もう一度声をかければ彼は我に返ったらしく、慌てて返事をする。明らかに、無理をしているように思えた。
「……大丈夫?」
「ああ、うん!ごめんな、もう大丈夫」
「本当に?」
「……、ちょっと衝撃的、だったかな」
「無理すんなレイ。俺たちに誤魔化す必要ないんだぞ?」
「……ありがとう、ラント」
力なく笑うレイ。今日はこれ以上、無理をさせられない。早く森に近しいミュルクで休ませたいと感じたエイリークに、偶然にも馬車が通りかかった。
エイリークは外套を羽織り、御者に乗せてもらえないか尋ねる。馬車の行き先はミズガルーズということで、その途中のミュルクで降ろしてほしいと依頼すれば、心優しい御者は引き受けてくれた。後ろの荷台に乗せてもらい、ミュルクへと向かう。
「今日はミュルクでひとまず落ち着こうか」
「だな。……あんな状態のレイをこのまま、ミズガルーズに向かわせるわけにはいかないだろ」
ラントが耳打ちする。ちらりと奥に座るレイを見る。彼はケルスと話はしているが、その横顔には憂いを感じる。彼にとって衝撃的な状況が何度も続いているのだ。憔悴していないわけがない。エイリークはそんなレイに憂心を抱く。
馬車は順調に進み、思ったよりも早い時間帯に森に近しい街ミュルクに到着できた。乗せてくれた御者に色を付けて、街の中に入ると宿屋を探す。
宿屋はすぐに見つかった。状況を尋ねれば空きに余裕があったので、二人部屋と三人部屋を取る。エイリークとケルス、グリムで一部屋、レイとラントで一部屋という部屋決めにして各々休息を取ることに。
エイリークは大剣の手入れをしながら、ぽつりと呟く。
「レイ、大丈夫かな……?」
「かなり元気がない様子でした。無理も、ありません……」
「それで折れるなら、そこまでの人間だということよ」
「そんな言い方はないだろ……」
大剣を手入れしていく。刃の輝きとは反して、心の中が曇っていく気がした。まるで意味が分からないことが、一気に起きすぎているのだ。ヤクとスグリが消息不明であることしかり、死者の蘇りしかり、墓が掘り返されるということしかり。
そのうえ、それを行っている相手も、その目的も不透明すぎる。
「カーサがまた動き始めた、って言ってもなんか腑に落ちないんだよね」
「はい、それは僕も思います。こんな回りくどい手段を、あのヴァダースがするとは思えません」
「その意見には同感だ。それに、世界保護施設の連中でもあるまい。奴らは今はそのほとんどが検挙されている、という話だろう?」
「うん。二年前から、世界保護施設に対しての検挙が増えてるっていうのは、俺も知ってるよ。各国が力を上げているみたいだね」
ならばいったい誰が、このような事態を引き起こしているのか。エイリークの疑問は、深まるばかりであった。
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