第四十五節 戦闘狂の最後
エイリークは巨人に振り下ろしていた大剣を担ぎ、改めてバーコンと対峙する。彼はグリムとラントの攻撃を身に受けたまま反撃しようと、身を屈めた。
それに対応したのはラントだ。彼は詠唱を唱え、弓を引く。バーコンの頭上に、魔法陣が浮かび上がる。そこの中心点を狙うように、矢を射った。
「
魔法陣の中心に矢が刺さると、光の矢が一斉にバーコンへと放たれた。まるで豪雨に見舞われているかのように、矢は止めどなく降り注ぐ。これは攻撃のためというより、バーコンの攻撃を防ぐための技か。
しかしバーコンは止まらなかった。ラントの矢を受けてなお、彼は突進をやめない。体を回転させ、纏っていた炎を振り回し突撃してくる。狙いはやはりエイリークにのみ絞られていて、他の二人は全く眼中にないといった様子だ。
大剣を盾のように構え、衝撃に備える。回転しながらこちらへ向かってくる様は、まるで火炎車のよう。激突してきたバーコンを抑えようと、力を入れる。
「く……!」
表情が歪む。今まで何度となくバーコンの一撃を受け止めてきたが、今の彼の力は桁違いだった。こちらが、徐々に押されているのが分かる。最初こそ何故と疑問に思ったが、威力の増した炎が原因だろうと推測した。
ある程度までは拮抗していたが、結論を言うと攻撃を受け止めきれなかった。
灼熱の闘技場の壁まであと数センチ、といった場所まで吹き飛ばされる。彼の炎に焼かれた肌が、痛みを訴えてくる。
強い。今回のバーコンは、異常なまでに。今の彼の力には、バルドル族の力も含まれている。まさかあの戦いの後も生きていて、力を融合させることによって自身への負荷を減らし、扱えるようになるなんて。
「はハ破!!いィゾ……モっと、昂ろウぜ!バるどル族ゥ!!」
自身の炎を装備していた鉤爪に纏わせ、ボールを下から放るように腕を振り上げるバーコン。放り投げられた炎が風圧によって変化し、獣の頭部のような形へと姿を変えた。エイリークはそれに向かい、大剣を振り下ろす。
「
勢い良く繰り出す剣風。それはマナの変化で刃の如く荒れ狂う渦となり、向かってきた炎を次々に切り裂いていく。呆気なく散る獣の炎。
バーコンが再び突撃をしようとして、地面から出現した黒い槍の檻に閉じ込められる。横を見れば、グリムがその黒い槍を操っているようだ。
「閉じよ、
彼女が唱えると黒い槍はバーコンの頭上を中心に、袋の口を閉じるように動く。
それを砕こうとバーコンはその中で暴れ回るが、攻撃を受けている黒い槍はビクともしない。
「グリム、ありがとう!」
「長くは持たんぞ」
「どうする。あの野郎、こっちが攻撃してもお構いなしだぜ」
ラントも隣に来て、バーコンの様子を窺う。
彼の力の大本である、あの炎。あれは自身の心臓に打ち込まれた、バルドル族の力が原因だ。炎の噴出に脈があるのは、それが安定していないからなのだろう。
体への負担も大きいはずだが、それはレーヌング枢機卿の融合の力とやらで、今は馴染んでしまっているように見える。微妙なバランスで構築された、厄介な相手。
対策を講じていると、脳内にある声が響く。
『苦戦してるみてぇじゃねぇか』
人を見下すような口調。聞き覚えのあるその声に意識を傾けてみれば、一段とその声がはっきりと聞き取れる。
『たかが人間ごときに、なに手間取ってやがんだよエイリーク。それでもバルドル族かってんだ』
明らかに馬鹿にした態度に、一言文句でも言ってやろうと考える。己の意識を心の内へと念じれば、身体がふわりと浮いたような感覚を覚えた。
******
目を開けた先には、目の前にはもう一人の自分がいた。
そこはエイリークの深層意識の中。自分ともう一人の自分の境界が、曖昧な場所。そこでしか、エイリークはもう一人の己と対面することはできない。声は何度か聞いたが、直接会うのはこれで二度目だ。
「文句ばかり煩いよ」
『事実を述べてるだけじゃねぇか。それもこれも、テメェが弱いからだろ。……どうだ。この際、俺様にこの身体譲らねぇか?俺様なら一瞬で奴を消し炭にできんぜ』
ニタニタと笑うもう一人の自分に、エイリークは表情を顰める。一つため息を吐くと、彼に対して反論した。
「そんなの、ごめんだね。そもそもアイツがあんな力を手にしたのは、お前のせいじゃないか。お前がアイツに術をかけたまま、放置なんてするから」
『ハッ!それこそ責任転嫁ってやつだぜ。俺様はあの時、あの人間を殺そうとした。それを直前でやめろって止めたのは、何処の誰だったか?』
「あの時はお前が勝手に表に出たんだろ。この身体の所有権は、まだ俺にある。それを無視して勝手に動き回ったのは、お前の責任だ。それにあんな戦い、それこそ弱い者いじめをする人間と同じ戦い方じゃないのか?」
『……俺様がクソ人間共と同じだと?』
エイリークの挑発に、明らかに不機嫌な表情になる、もう一人の自分。
「あの時のお前の戦い方は、少なくてもそうだよ。力だけで弱者を蹂躙するだけの、あんなやり方。やっていることがカーサと同じだ。あんな戦い方がバルドル族の戦い方だなんて、到底思えない」
反論はさせないと、立て続けに言葉を付け加える。
自分はもう一人の己の尻拭いをするために、この身体を使ってるんじゃない。自分自身を強くさせるために、表に出ているんだ。
「だから、アイツを止めるために俺に協力しろ。これはお願いじゃなくて、命令だ!聞けないってのなら、俺は別にここで死んだっていいんだよ。お前に体を明け渡すことなく、俺のままね」
啖呵を切る。エイリークの挑発にしばらく黙ったままのもう一人の自分だったが、やがて、くつくつと笑う。そのあと大げさに舌打ちをしてから、眉間のしわを深くして言葉を返してきた。
『テメェに死なれちゃ困るのは俺様だ。仕方ねぇ、俺様の力をちょっと貸してやらぁ。だが、しくじんなよ。それこそ俺様の力に呑まれねぇよう、用心するこったな』
「当たり前だ。お前には負けない」
『言ってろ、弱虫エイリーク』
エイリークは笑って、再び目を閉じた。
******
「──ルの。……おい、聞いて──バルドルの!」
グリムの、己を叱責する声が聞こえる。
目を開けると、目の前に広がるのは現実世界。バーコンがグリムの檻を砕こうとしている真っ最中だ。息を一つ吐くと、一言謝罪してグリムとラントを見る。ラントが不安そうに、こちらを見ていた。
「大丈夫か?」
「ごめん、何でもないよ。……それよりも、二人にお願いがあるんだ。少しの間だけでいいから、アイツを抑えててほしい」
「策でも浮かんだか」
「うん。俺が、アイツの力となってるバルドル族の力を引きずり出す。今のアイツはバルドル族の力と、己と、その他大勢、黒幕の融合の力、その四つが絶妙なバランスが組み合わさって、成立してる」
そのバランスを崩壊させる、と宣言する。その提案に、まずグリムが尋ねてきた。
「できるんだろうな?」
彼女の問いに、エイリークは──。
「やれるから、お願いしてるんだよ」
得意げに笑って、答えを返す。自分の返答に満足したのか、グリムは小さく笑ってから大鎌を構え、エイリークの一歩前に出た。その隣に、ラントも出て。ラントも背中越しに、エイリークに言葉をかけてくる。
「信じてるぜ」
たった一言。それでも、エイリークは嬉しくなり返事をする。
「任せて!!」
自分の言葉を皮切りに、現状が動き出す。
バーコンは槍の檻を破壊し、グリムとラントが彼に対応する。エイリークは深呼吸をしてから左手を突き出し、その掌にマナを集束させていく。脳裏で、もう一人の自分が詠唱を唱えていた。
解放されたバーコンが鉤爪を繰り出そうとするも、まずはグリムが割り込む。大鎌を振るい、エイリークからバーコンを突き放す。追い討ちをかけるように、ラントが何本もの矢を放ち、バーコンの意識をエイリークから逸らそうと動く。
邪魔だと言わんばかりに、バーコンが鼓動する炎を四方に放つ。とはいえ目標が定まっていないそれは、容易く躱される。
その間にエイリークの準備が、ばっちりと整う。
『主の元へ還れ、
脳裏のもう一人の自分が、術を発動させる。身体の中の細胞が活性化して、掌に集まっていたマナが魔法陣となって展開した。
バーコンに向けられたその魔法陣が、まるで吸引機のように辺りの空気を吸い込んでいく。掌に受ける衝撃は強いが、魔法陣はバーコンからバルドル族の力である炎を、確実に吸収していく。
「ァアあぁ、ヌケる!抜ケてイく!!おレの力ガぁあ!!」
身体を搔き抱いて、炎の吸収を止めようとするバーコン。だが、やがて力の大元である心臓部分からも、炎が消えていくのが見て取れた。
『バルドル族の力を、たかが人間如きが制御できっかよマヌケ』
脳裏でもう一人の自分が毒づく。
バルドル族の力を失ったバーコンの、力の均衡が崩れ始める。バルドル族の力を分散させるためだけに取り込まれた、彼以外の肉体が膨張し、拒絶反応を起こしているようだ。
融合の際、適当な素材を混ぜられたのか。耐えきれず破れた肌の下から、様々な肉の色が見え、あらぬ方向から助けを求めるように腕が突き出ている。こうなっては最早、蠢く肉の塊としか見れない。
エイリークはそれに、静かに近付く。吸収して自分の中に入ってきた──正確には戻ってきたマナを、炎に変える。それを大剣の刀身に宿しながら。赤く煌めく刃を掲げ、告げた。
「これでもう、終わりにさせる」
エイリークの言葉に呼応するかのように、赤く輝く大剣。こんな結末ではない形で、決着をつけたかった。そんな本心を飲み込む。
そして。
バーコンの首を切り落とす断罪の剣を、流れるような仕草で振り下ろした。
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