第四十六節 傲慢がもたらすもの
エイリークたちがバーコンと対峙していた一方。レイとケルスは巨人、ヘルツィ、レーヌング枢機卿と対峙していた。
レイもケルスも、戦闘スタイルはどちらかといえば後衛タイプだ。だがこの中では、レイが一番で前線で戦える。
「俺が前に出るよ。ケルス、守りはお願いしてもいい?」
「はい。スレイプニールと共に援護します」
「ありがとう」
ケルスは背後で、守りのための結界を張ったようだ。レイは小さく笑って前に出て、目の前の巨人を見上げる。
元はユグドラシル教団騎士たちだった、成れの果て。グレイプニルを嵌められ、その生を蹂躙された人たち。
レイには融合した力を破壊することはできても、解除することはできない。さらに目の前に立ちはだかる巨人の中身──複数人の体や魂が複雑に、何重にも絡み合っている状態では、力の破壊すらままならない。残された手段は一つしかなかった。
ぐ、と杖を握る。
自分が至らなかったせいだ。そのせいで、この戦いに巻き込んでしまった。その責めは自分が背負わねばならない。
わかっている。これは、自分が未熟だったことへの罰だ。
一つ息を吐いて、レイは構えた。
最初に巨人が拳を振り上げる。防御は不可能。ならば回避に専念。
ケルスが詠唱を唱え、レイの身体に身体能力の活性化の術をかけてくれた。
「
一歩、駆ける。ケルスの力が付与された足で、踏み込む。その後に地面を蹴れば、光速にすら届きそうな勢いで動けた。振り下ろされた巨人の拳を躱し、腕に着地すると巨人の頭部めがけて駆け上がる。
杖にマナを集束させる。自分が得意とする、光の攻撃術。
「"スリートイルミネーション・シージュ"!」
杖の先端で凝固させられ、発光している氷の塊を放つ術。それらは放物線を描きながら、巨人の顔に向かっていく。纏われている光は強く輝き、鋭く尖った氷の塊と共に突き刺さる、はずだった。
「
ヘルツィが術を発動した声が聞こえた。巨人の顔に向かっていた光り輝く氷の塊はピタリと止まり、矛先を反転させる。目標をレイに向けると、一気に放たれた。
一本一本躱していくが、全てを避けきることはできずに、腕や足を掠っていく。
「この……!」
反撃にと一撃マナを放出するが、やはりその攻撃は跳ね返されて。そこに気を取られていたからか、頭上から巨人の手がこちらを掴もうとする動きに、一瞬遅れて気が付く。今度は自分で回避することもできない。どうする。
「スレイプニール!!」
ケルスが自身の召喚獣に声をかける。呼びかけられた馬は空を駆け、レイのことを自分の背に乗せると、巨人の腕から飛び立つ。直後、まるで虫を叩くかのように巨大な手が、レイのいた腕の部分に叩き落された。
直撃はしなかったものの、その風圧は凄まじいものだった。スレイプニールに捕まっていなければ、確実に吹き飛ばされていただろう。
「ありがとう、助かったよ」
スレイプニールを撫でながら、空中から巨人たちを見下ろす。巨人そのものの動きに、突出したものはない。図体が大きくなった人間と、さして大差はない。
厄介なのは何か。それは、ヘルツィの使う術だ。対象の相手に放った攻撃を反射される、あの術。まずは、あの術を攻略しないとならない。
とはいえ、手がないわけではない。
確認する意味も含めて、レイはマナを再び集束させ始めた。マナが集まるたびに、光の球体が膨張していく。ある程度まで集束させたところで、ケルスの愛馬に一つ依頼する。こちらの言葉が、召喚獣に通じるといいのだけど。
「なぁスレイプニール、頼みたいことがあるんだ」
十分にマナが蓄えられた杖の核を、頭上に掲げた。
「
上空に生み出した光の球体を砕くように、一撃そこに放つ。衝撃を受け、砕かれた球体は隕石のように一つ一つ威力を伴って、広範囲に降り注ぐ。それこそ巨人とヘルツィとレーヌング枢機卿の三人に、まとめて一斉に攻撃を仕掛けるように。
「チィ!!」
レーヌング枢機卿は、巨人に自分の身を守らせるよう、指示を出したようだ。指示に従った巨人は彼の上に腕を伸ばし、降り注ぐ隕石のような攻撃からレーヌング枢機卿を守る。その腕に、次々と光の隕石が衝突する。
衝撃で、巨人の腕から焼け焦げるような異臭が漂う。効いているのだ、今まで通らなかった攻撃が。
一方のヘルツィはやはり、降り注いできた攻撃を反射の術を使い防いでいた。
「スレイプニール!!」
一声呼びかけると、疾走する馬が巨人の足元へと駆けていく。レイは杖の先に光のマナで、槍の穂先を作り出す。それを構え巨人の足首に突き刺す。駆け上がるスレイプニールと共に、巨人のふくらはぎ辺りまで一気に切り裂いた。
悲鳴を上げる巨人。スレイプニールと共に次に巨人の脇腹に向かって駆けようとして、振り回された腕によって地面へと叩きつけられた。当然乗馬していたレイもそれに巻き込まれ、地面と衝突した。
すかさずケルスがレイとスレイプニールの元まで駆け寄り、琴を奏で治癒術を施す。
「
彼の音色に身体を包まれると、体内外に受けていた傷やダメージが回復する。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうケルス。……それよりも、気付いたか?」
「はい。あの反射の術は、広範囲には及ばないようですね。あくまで、自分が取った対象に対してのみ有効であって、同時に発動することができない」
「ああ。つまり巨人とアイツを、同時に反射の力で守ることはできないってわけさ。現に巨人の腕は負傷してる」
ただ、どうやって攻撃を加えるか問題だ。ケルスも思考を巡らせていたようで、やがてぽつりと呟く。
「こちらも反射で返す、とか……?」
その言葉はまさに、天啓だった。攻撃を反射させることは何も、ヘルツィの専売特許ではない。攻撃の反射は、レイ自身も会得している。
ただ前回と同じように、術そのものを反転させられたら元も子もない。
攻撃を仕掛けつつ、相手から繰り出される攻撃をそのまま、直接反射させる。狙うはそれしかない。それが可能な技を、幸運にもレイは一つだけ取得している。
「……ケルス。ちょっと無理するかもしれないけど、協力してくれるか?」
「もちろん。僕にできることなら、ぜひ」
「サンキュー。……じゃあ、やるか」
目の前の膝をついている巨人と、その背後に控えているヘルツィ。そして、その彼の背後に隠れるようにして控えている、レーヌング枢機卿。
まずは、そのレーヌング枢機卿に向かって術を繰り出す。
「
舞い落ちる雹の如く、無限に生成された氷のつぶてを放つ。直撃する前に巨人の手がそれを阻もうとするが、ケルスがスレイプニールに指示を出す。
「スレイプニール!!」
ひとつ鳴いたスレイプニールが巨人の眼前まで一気に駆け、その額に埋め込まれてある宝玉を輝かせた。強烈な発光で、巨人は視界を奪われたのだろう。手は光を遮ろうと、眼前へと持っていかれる。
巨人の盾がなくなり、遠慮なしに飛来していく氷のつぶてが、ヘルツィに向かう。やむを得なかったのか、彼は反射の術を発動させる。その術にかけられた氷のつぶてが、威力を増してこちらに放たれた。直撃する前に、ケルスが防御の結界を張る。
「
淡い光の防御結界が、レイとケルスを包む。結界が張られた直後に、それに衝突する氷のつぶて。同時に、スレイプニールが宝玉の光を止めた。
光が収まったことに気付いたらしい巨人が、拳をレイたちに繰り出す。
かかったな。
「待ってたぜ」
レイが自身の前に出現させたのは、巨人よりも巨大な氷の光の壁。その壁を、何度も見た盾と見込んだのか、ヘルツィから見下すような声が聞こえた。
「盾を大きくしようが無駄なことを!その盾が巨人の威力に耐えられないのは、わかっているんだよ!」
「本当にそう思うか?」
レイの言葉の直後。拳を繰り出したはずの巨人は、自身の顎にカウンターを食らったかのように、その巨体を反らしていた。ヘルツィの方も、何故か上空に吹き飛ばされている。攻撃は見事に直撃したようで、彼は盛大に吐血をしている。
何が起きたのかわからない、ヘルツィの表情がそう物語っていた。
「傲慢が仇になったな。俺の盾、よく見てみろよ」
レイが彼らに告げる。展開していたのは、今まで何度も放った「"スリートイルミネーション・シューツェン"」ではない。大きく違う部分が存在するのだ。
先程までの氷の盾には、相手の姿は映し出さないもの。
しかし今回の氷の盾には、鏡に映し出されたかのようにくっきりと、巨人とヘルツィの姿が映し出されるのだ。
「これは映し出した相手に、その相手が放った攻撃を直接返す術。"スリートイルミネーション・レフレクスィオン"だ」
つまり、こうだ。
先程巨人が繰り出した拳は、レイが顕現させた盾によって反射されたのだ。盾に映し出された巨人自身と。その背後に映し出されていたヘルツィに向かって。巨人の拳は巨人自身には急所である顎に直撃し、全身が映し出されていたヘルツィは、それを全身に受けるかたちとなったのだ。
そう告げたレイは、天井に着くのではないかというほど高い位置から、彼らを見下ろしている。スレイプニールが盾を顕現させた直後にレイを迎え、一気にそこまで駆け上がったのだ。レイ自身も十分にマナを集束させている。本当の反撃の一手を。
「これで──仕舞いだ!!」
展開させた魔法陣から、幾本もの光の槍が顔を出す。レイはそれを放たんと、杖を勢いよく振り下ろした。
「
一斉に放たれた光の槍が降り注ぐ。
巨人の攻撃によるダメージで、ヘルツィは反射の術を展開することができなかったようだ。容赦なく光の槍の雨は、巨人に、ヘルツィに、突き刺さる。
やがて収束したのち、地面には息絶えた巨人の姿と、大量の血を流し重傷を負ったヘルツィの姿があった。
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