第四十四節  暗殺を阻止しろ

 ユグドラシル教団本部、教皇の間。レイはそこの扉を無遠慮に開く。中にいた人物たちの視線が、一斉に集まった。

 そこではレーヌング枢機卿が、教皇ウーフォと彼の近衛兵たちと対峙していた。嫌な緊張感がそこを包んでいる。レーヌング枢機卿の隣には、アールヴァーグの住居で自分たちを追い詰めた、あのヘルツィがいた。

 レイは一歩中に入ると、レーヌング枢機卿に向かって声を張り上げた。


「そこまでですレーヌング枢機卿!いえ……ヴァナルの創始者アディゲン!!」

「許可なくして何を勝手に、この神聖な教皇の間に入ってきておるのだ!この一兵卒ごときが!手配書にあった、漁港の街キュステーの襲撃犯であるバルドル族も、引き連れておってからに!?」


 明らかな三文芝居。しかしあえて、その芝居に乗ることにした。


「あの手配書は、貴方が作成したんでしょう?人間とは違う種族のエイリークを襲撃犯に見立てて、偽の手配書を配ることで、俺たちの行動を規制しようとした。わかってますよ、そんなこと」


 そもそも漁港の街キュステーが襲撃を受けた直後から、手配書が各地域に出回っていること自体、おかしい話だと煽る。自分たちの行動を制限するために、ヴァナルに漁港の街キュステーを襲撃させたのではないか。

 自分とエイリークがあの日、ユグドラシル教団騎士本部でレーヌング枢機卿と出会ったとき。彼は襲撃犯としての濡れ衣を、バルドル族であるエイリークに着せるために、目を付けたのではないか。


「それに、嘘ですよね。散歩が朝の日課だなんて」


 ユグドラシル教団騎士本部の正門裏で会った、あの日。あれは日課の散歩ではなく、こちらの様子を探るためだったのではないか。何故ならユグドラシル教団騎士で修練を積んでいた時、レーヌング枢機卿が朝の散歩をするという日課なんて、聞いたことも見たこともなかったのだから。実際に、レーヌング枢機卿の姿を目にしている人物もいないということは、風の噂でも知っている。

 立て続けにレーヌング枢機卿の持論を論破する。そこに便乗するかのように、教皇ウーフォが口を開く。


「レーヌング枢機卿、其方の素性はこちらも知っておる。残念でならん。優秀な巫女ヴォルヴァだった其方がよもや、我々の敵対組織の創始者だったとは」


 彼の言葉に沈黙するレーヌング枢機卿だったが、やがて地の底から響くような声で笑い始める。肩を震わせ何かに耐えるかのようなその笑い方に、レイたちはもちろん教皇ウーフォの近衛兵も、臨戦態勢に入った。


「まったく……私が視た未来はこんなものではないというのに。どうしてこうも、この教団も女神の巫女ヴォルヴァも愚かなのだろうか!ただ未来の予言とやらを甘受するだけで救われると考える、そんな愚か者ども!」


 レーヌング枢機卿の纏う雰囲気が変化する。内側で燻ぶっていたであろう荒ぶる殺気を、今は隠しもしていない。まるで深い業の塊。聖職者だとはとても思えない闇を、確かに彼から感じた。


「いいだろう、これが試練というのならば私はこの現実を覆す。貴様らを殺し、私が新たな教皇となって世界を導き、真の平和を作り上げる!!」


 レーヌング枢機卿の言葉に応えるかのように、教皇の間の天井から何かが降ってきた。降ってきたそれの体表からは、炎が噴き出している。心臓の鼓動に合わせて噴き出る炎は、まるで周囲を焼き尽くす炎の鎧だ。

 かろうじて人の姿をしていたそれに、ようやく正体が判明する。それは海上でヴァナルと戦った時に、エイリークを襲ったバーコンだ。あの時、確かにレイの凍結の術で、動けなかった彼は船ごと沈没したはずなのに。


「回収にも、そのあとの対応にも苦労させられたがな。コイツの心臓には、バルドル族の術がかけられてあった。その力を馴染ませるために、適当にそこら辺の部下もまとめて、アディゲン様が融合させたのさ」

「なっ……!?」


 異様な雰囲気を醸し出すバーコンの目は、焦点が定まっていない、虚ろな目をしている。その目がやがてエイリークのことを捉えると、生気が宿ったかのようにギラリと光る。それに連動しているのか、体表の炎の勢いが増す。


「ァあア!バルどル族ゥ!!こ炉ス殺すコろォオオ!!」


 壊れた人形のように笑うバーコンは、はたして人間と呼べるのだろうか。

 威力が増した炎は広がり、教皇の間をあっという間に灼熱の戦場へと変える。焼き尽くすほどの炎熱が漂う空間で、咄嗟にレイは味方全員にある古代文字を付与させた。


「"イサ"、"エオロー"!!」


 イサとは氷や停止を意味する古代文字。エオローは防御を意味する古代文字。それらを組み合わせることで、氷の防御膜を味方や教皇たちに纏わせた。逃げ場のないこの灼熱の中で、焼き殺されないようにと。

 それが戦いの始まりと言わんばかりに、壊れたバーコンが自分たちに突進を仕掛ける。レイたちはその場から散開し、直撃を避ける。ただし、バーコンばかりに目をやるわけにはいかない。散開しながらも、レイたちはそれぞれ配置につく。

 エイリークとグリム、ラントはバーコンを相手に。レイはケルスと共に教皇ウーフォたちの前に立ち、レーヌング枢機卿とヘルツィの攻撃から教皇を守りつつ、エイリークたちの援護を。

 ケルスは詠唱を唱えると、一体の召喚獣を召喚する。


「"召喚するは天空の使者。天翔ける者、舞うは神風"!来よ、"スレイプニール"!!」


 召喚陣が光り輝き、ケルスの呼び声に応えたのは艶めく毛並みをした馬だった。獣は一声鳴くと、スレイプニールと呼ばれた馬は向ってきていたヘルツィに向かって、疾風のように駆け出す。


「これが召喚獣か、面白い」


 ヘルツィが様子見として、マナで編み込んだ砲撃を打つ。スレイプニールはそれを引き付け引き付け、自身に当たる直前で避けた。そのままヘルツィに頭突きをお見舞いし、彼を上空へと弾き飛ばす。

 スレイプニールの攻撃は終わらず、地面で駆けるかのように空中を駆け上がり、吹き飛んだヘルツィの上まで辿り着く。そして前足で勢いよく地面へと、ヘルツィを叩きつけた。一瞬の出来事に、後ろに控えている教皇直属の近衛兵が、凄いと息を呑む音が聞こえる。

 スレイプニールが強力なのはもちろんだが、彼を使役するケルスの力もまた強力なものだ。


 ヘルツィが叩きつけられた場所を、目を凝らして警戒する。土煙が収まるとそこには、倒れ伏しているヘルツィの姿があった。微動だにしないその様子に、仕留めたかと思われたが。レイは教皇の背後に回り込むと、防御の術を展開した。


"天の使いの盾"ルシフェルシールド!」


 杖の先端から放出させた光のマナを、盾として顕現させる。直後に、強い衝撃をその盾に受けた。背後に回り込んでいたヘルツィが、教皇ウーフォに向かって突き立てようとした、ナイフの衝撃だ。盾の奥で舌打ちしたヘルツィが、距離をとる。

 倒れ伏していたヘルツィは偽物。そこからパキリ、と硬い何かが割れる音が聞こえる。鏡で出来ていた、偽物のヘルツィが砕けた音だった。


「……よくわかったな」

「前に戦った時で、お前の力の使い方は見えたからな。術や技を反転させて、なかったことにする術。それを応用するんじゃないかなって思ってた。お前は傲慢な性格だから、きっと使えるものは全部使ってくるんだろうなってさ」

「成程、覚醒した女神の巫女ヴォルヴァってのは確かに厄介極まりない。あの時、お前だけは殺しておくべきだったな。……だが」


 ヘルツィが指を鳴らす。すると彼の周りに陣が出現し、そこから何人ものユグドラシル教団騎士が現れた。全員が全員、あのグレイプニルを嵌められている。

 さらにその人物たちを、レーヌング枢機卿が自身の融合の力を使用し一人の巨人へと姿を変化させた。その行動に、ぐ、と杖を強く握る。


「てめぇ……!!」

「削られたこっちの戦力を補うためだ。そこら辺に転がっていたそっちの騎士を、俺たちが有効に使って何が悪い。元はお前たちの同僚……それでも、敵対しているならコイツも殺すか?なぁ、女神の巫女ヴォルヴァ!!」


 巨人が手に持っている大剣を振り下ろす。避けたら確実に、教皇ウーフォも巻き添えを食らってしまう。そんなこと、させてたまるか。マナを集束して、盾を顕現させる。何重にも重ね、衝撃に耐えるために。


「"スリートイルミネーション・シューツェン"!!」


 光を纏った厚い氷の盾に、隕石が降ってきたかのような衝撃が激突する。地面に足がめり込みそうになる程の、強い衝撃。杖を掲げている腕が潰されそうだ。


「レイさん!!」


 すかさずケルスが治癒術をかけてくれる。それでも止まらない敵の攻撃。ピキ、と氷の盾がひび割れる音が聞こえる。持たないか──そう諦めかけていた、瞬間。

 突如振り下ろされた武器に、光のヒビが入る。ヒビはそこから大きくなっていき、遂には武器を砕く。何が起こったのか。前を向くと、エイリークが大剣を振り下ろした後の姿が目に入る。


「一人で無理しないでね、レイ!」

「……!ああ、わかってるよ!」


 笑って返事をして、ケルスと顔を見合わせる。一つ頷いて、ヘルツィと巨人、レーヌング枢機卿と対峙するのであった。

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