第四十三節  戦火に包まれる孤島

 レイは一度立ち上がると、エイリークたちに頭を下げた。


「……我儘だっていうのは、わかってる。それでも、どうかみんなの力を貸してほしい。俺は、ユグドラシル教団も世界も壊されたくないんだ……!」


 己の思いを仲間に告げる。しばしの沈黙のあと、エイリークの自分を呼ぶ声で、頭を上げる。目の前の彼は笑っていた。


「もちろん、手伝うよ。レイは俺の大事な仲間だし!それに今の俺は、レイの護衛役だからね。当然、付き合うよ」

「エイリーク……」


 エイリークを皮切りに、その場にいた全員がレイの隣に来ては笑う。


「俺も付き合うわ。友達の頼みなんだから、断る理由なんてないしな」

「僕にも、お手伝いさせてください」

「……貴様が殺されては奴らの思う壺、というのが気に食わん」


 彼らの言葉に、心が救われるような気持ちになる。自分一人ではないというのが、こんなにも心強い。そういえば、とエイリークはレイの手を握ると、満面の笑みでこう言葉をかけてきた。


「おかえり、レイ!」


 その言葉に対しレイは、エイリークに負けないくらいの笑顔を返すのであった。


 ******


 出港準備ができたノーヴァ号は、ユグドラシル教団本部のあるヒミンへ向けて進行していく。少しだけ休憩できる時間があったため、レイたちは各々休息と、準備の時間をとることになった。

 エイリークやグリムは、自身の武器の手入れ。ケルスも己の琴の弦を確認していた。敵の大将についての情報は、自分が記憶を取り戻した際に、教皇ウーフォへテレパシーで伝えてある。一方通行のテレパシーだが、身の安全を確保してほしいと進言しておいた。レイの意図を汲み取ってくれているなら、すぐ暗殺されるようなことは、恐らくないだろう。


 残された自由時間の中でレイは、ラントを探していた。彼にどうしても、伝えたいことがあったからだ。まずは甲板でも見ようと赴けば、すぐ彼の姿は見つかった。

 声をかければラントは振り向き、手を挙げて自分を迎えてくれる。挙げられていた手にハイタッチを交わしてから、レイはラントの隣に落ち着く。


「記憶、戻ってよかったな」

「いずれは戻すつもりでは、あったんだけどな。でもみんなには心配かけて、本当に悪いことをした」

「事情が事情だったんだ。俺もエイリークたちも納得してるさ。気にすんな」


 ぽん、と頭に手を乗せられる。やはりラントに頭を撫でられると、ヤクの時とは違った安心感を覚える。


「……記憶が戻っても、それまでの記憶は覚えてるんだけどさ。ケルスから、エイリークとラントが喧嘩したって聞いたことも、覚えてるんだ。……実を言うと俺、少し嬉しかった」

「なんで?」

「ラントが俺のこと心配して、他人に怒ってくれる人なんだって知れたから、かな。俺がどう思うか、考えてくれてるんだって」

「当たり前だろ。俺たちは親友なんだから」

「親友っていうほど、あんまり話したことないだろ」

「細かいことは気にしなさんなって。いいじゃねぇかこのやろ」


 そう言うなり、ラントがレイの頭を掴んでわしゃわしゃと弄る。少し力が入っていたからか抵抗空しく、髪がぐしゃぐしゃに乱されてしまう。ようやく解放され、乱れた髪を整えながら愚痴をこぼす。


「お前ってそんな人だったか……?」

「そんな人ってどんな人だぁ?」


 両手をわきわきと構えたラントを制し、一番伝えたかった言葉を告白する。


「ありがとな、色々と」

「どういたしまして、だ」


 そんな他愛のない会話を交わしていると、やがて目視できる距離にヒミンを見つける。見張り台で望遠鏡を手に、そこを見ていたらしい海賊の一人が、状況を伝えてきた。


「船長!大変っすよ、島から黒煙が出てるっす!!」

「なんだって!?」


 船上に緊張が走る。黒煙ということは、誰かから襲撃されているということ。現状ヒミンを攻撃する集団なんて、そんなのヴァナル以外には考えられない。まさか本当に業を煮やしたレーヌング枢機卿が、事を起こしたのか。


「急いでください!」

「おうさね。もっと速度を上げな阿呆共!」


 ヒミンが襲撃されるとは、いよいよもって、レーヌング枢機卿も打つ手がなくなったのだろう。ただヒミンは孤島であるが故に、救援の手が入りにくい。なので状況は五分五分といったところかもしれない。どうか間に合ってほしいと願いながら、レイは心配そうにヒミンを眺めた。


 ******


 到着まであと数百メートルという場所で、アルヴィルダたちとはお別れしよう。いくら自分たちに協力してくれた恩人たちとは言え、彼女たちは海賊だ。混乱状態のヒミンの民やユグドラシル教団が、襲撃犯として彼女たちを捕らえるかもしれない。

 そんな危険な橋だけは、渡らせるわけにはいかない。これ以上、自分のことで迷惑をかけたくない。そう考えレイはアルヴィルダに声をかけようとして、逆に彼女から釘を刺されてしまった。


「アルマ。もしかしてだけどアタシらとはここでお別れ、なんて馬鹿げたこと言うんじゃないだろうね?」

「っ!?そ、それ、は……」

「まったく、そんなお人好しすぎるとアンタいつか壊れるよ。もっと我儘になって、周りを巻き込めってんだ」

「でも、捕まったりなんてしたら……!」

「見くびるんじゃないよ。アタシら海賊がそう簡単に軍隊に捕まるものかい。大丈夫、アンタ達をヒミンに送ったらすぐさま出港するさ」


 からっと笑ってから、彼女は一つレイに尋ねてきた。


「アンタの仲間たちの印象についてアタシが言ったこと、覚えてるかい?」

「あ……」


 ──アンタの仲間は、アンタ以上にお人好し集団なんだからさ。


 アルヴィルダの言葉が脳内で反響する。彼女を見れば、アルヴィルダはレイが己の言葉を思い出したと、察知してくれたのだろう。優しく笑ってから、こう告げてきた。


「アタシとアンタは最初、勝者と敗者の関係だったけど。アンタたちは立派にもう、アタシらっていう強い仲間がいるんだ。だからこいつは、アタシらのお節介ってことなのさ」

「アルヴィルダさん……。……わかりました、素直に受け取っておきます」

「それでいいんだよ。大丈夫、アンタたちは必ず勝つ」

「はい!」


 背中を押してもらい、最後の不安要素が消えた。どこか、肩の荷が下りたような気もした。ヒミン到着まで、もうあと僅か。レイたちはアルヴィルダの合図で、ロープを掴んだまま船を旋回させ、遠心力でヒミンの港へと降り立つ手筈だ。

 カウントダウンを開始するアルヴィルダと、ロープを掴んでいつでも飛び降りれる準備に入るレイたち。


「3、2、1……行きな!!」

「はい!」


 船が旋回を始めたと同時に船から飛び降り、遠心力で港に降り立つレイたち。

 自分たちを無事ヒミンまで送り届けたノーヴァ号は、振り返ることなくそのまま海原へと帰っていく。心の中でアルヴィルダ海賊団に礼を告げながら、そのままユグドラシル教団本部へと急ぐ。


 街の中では、ヒミンの住民を襲おうとしている人物をユグドラシル教団騎士が抑えている光景が、あちらこちらで目に入る。襲撃者たちにはやはりあの、グレイプニルが嵌められている。彼らは口々に、ユグドラシル教団の破壊をなどと呟く。

 そのうちの一人が、ある修道者に切りかかろうとした。援護が間に合わない。焦ったレイだが、間に入って襲撃者を切り伏せる人物がいた。その人物は、ヒミンでは見慣れない騎士甲冑を纏っている。それに反応したのは、ケルスだ。


「あなたは……!アウスガールズの兵士ですね!?」

「ケルス陛下!まさかヒミンにいらしたとは……!自分は教団との協定により、本国からこの島に派遣された者です。今は各々の意思で、ユグドラシル教団騎士の助力にあたっています」

「ありがとうございます。協定の話も、本国で知られたのですね」

「はい、ニルキース様の指示のもとに各々動いております」

「わかりました。引き続き、彼らの力となってあげてください!」

「御意!」


 アウスガールズの兵士が、修道者を安全な場所へと避難させていく。それを見届け、レイたちは再び教団本部へと走り出す。レイはケルスに声をかけた。


「助かったよケルス」

「僕も、この島が大好きですから。僕が手伝えることと言えば、これくらいしかないのですが……」

「そんなことないさ。すごく助かってるよ、少なくとも俺はね」

「はい!」


 やがてユグドラシル教団本部へと到着する。目の前では、教団騎士たちとヴァナルの人員が倒れていた。彼らの手当てをしたいが、今は一刻も早く教皇ウーフォの無事を確認しなければならない。騎士たちを横目に、教団本部内へと急ぐのであった。

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