第九十四節  その意思を砕く

 不敵に笑ったキュシーは、成程と呟く。


「そうか、お前を手籠めにすることは叶わんか。ならば問答は無用。貴様を殺して大鎌を取り返すまで!せめてもの情けだ、お前一人で三途の川は渡らせんよ。全員まとめて魔剣の錆にしてくれる!」


 そう宣言した瞬間、ごう、と彼女から殺気纏うオーラが噴出し、空間内をガタガタと揺らす。それに反応したマグマは活発化する。空気はビリビリと鳴り、まるで肌を鋭く突き刺すようだ。

 さらに魔剣の力に引き寄せられてきたか、自分たちが入ってきた通路やキュシーの背後を塞ぐように、複数体の強力な魔物が近寄ってきていた。グルル、と唸りながらこちらを窺うその様子。ギラギラとした目を輝かせ、魔物たちは今か今かと狙いを定めている。


 それに対抗するべく、こちらも臨戦態勢を取る。さてどう動くか、と。

 考えを巡らせていると、ふとグリムから声をかけられた。


巫女ヴォルヴァの、忍びの。……力を貸せ」


 彼女のたった一言の言葉に、レイとアヤメは互いを見合わせてにこりと笑う。そしてその言葉にこたえるかのように、グリムの両隣に並んだ。


「ああ、もちろん!」

「ウチらの力、思い知らせてやろうっす!」


 そんなレイたちの様子に、エイリークたちも何かを感じ取ったのだろう。各々武器を構えながらグリムに伝える。


「向かってくる魔物たちは任せて!」

「グリムさんたちの邪魔をしようものなら、僕たちが叩きます!」

「総大将のことは任せるぜ、グリム!」


 レイやアヤメの返事にもエイリークたちの言葉にも答えなかったグリムだが、レイはそれでもいいと思っていた。何故なら彼女から協力を呼びかけられたことに、大きな意味があるからだ。今まで忌み嫌っていた人間のレイやアヤメに、自ら力を貸してほしいと告げた。そんな風に一歩寄り添おうとした彼女に協力しないなんて選択肢は、考えられない。


「背中は任せて!」

「一緒に畳みかけるっすよ、グリム!」

「……ああ」


 短く言葉を交わし、グリムとアヤメがキュシーに向かっていく。レイの背後にいたエイリークたちも、魔物たちに向かって突撃していった。

 魔物たちは唸りをあげて駆け出し、キュシーは剣を構えて二人へと向かった。その間にレイは詠唱を始める。タイミングを見計らい、援護するために。


 グリムはキュシーに向かう途中で一度地を蹴って、上空へ飛びあがる。そのままキュシーの制空権を支配した彼女は、その大鎌に力を込めた。


「はぁっ!」


 グリムが、振り上げた大鎌をキュシーに向かって振り下ろす。その攻撃に動じることなく、キュシーは冷静にグリムの刃を剣で受け止めた。ギリギリと鍔迫り合う互いの武器。


「迂闊だぞグリム。私が教えた大鎌の使い方を忘れたか?」

「まさか。しかし、私の技はすべて貴様に知られている。私の弱点も知り尽くしている貴様を倒す術は、私にはない」

「ほう、それを知りながら策もなく私の懐に飛び込むか!」

「ぬかせ、私が何も考えていないとでも?」


 グリムの言葉の意味をキュシーが理解したのは、彼女の背後にアヤメが回り込んでいたことに気付いてからだった。アヤメは懐から変わった形のエッジ──彼女は手裏剣と呼んでいる──を取り出し、キュシーに向かって投擲する。投擲の瞬間、グリムはその場から離脱し手裏剣の範囲外に出た。


 反応が遅れたように見えたキュシーだったが、彼女は振り向きざまに剣を地面に振り下ろす。剣から放たれたが、波動となってそこから拡散。飛来してきた手裏剣を叩き落し、そのままキュシーはアヤメに向かって突撃。彼女の腹部に剣を突き刺した。


「っ!」


 致命傷を負ったかのように見えたが、腹部を突き刺されたアヤメの姿が歪む。そのまま透明度が高くなり水へと変化。やがてぱしゃん、と音を立ててその姿を消滅させた。そのアヤメは偽物。では本物のアヤメは何処か。


「ふぅ~、危ない危ない。間に合ったっす」


 アヤメの声は、グリムの隣から聞こえていた。様子を見る限り五体満足であり、怪我も負っていない様子だ。いったいどんな絡繰りを使ったというのか。


「"水遁 風信子"ヒヤシンス。水の姿に自身を変えて敵の攻撃を避ける術っす」


 簡単に言うなら、身代わりの術の応用版である、と彼女は説明する。アヤメを眺めていたキュシーだったが、やがてにっこりと笑う。


「そうか、お前はカスタニエ流の忍か。逃げることしかできない、臆病者の集団がこんな前線に出るなんて。偉いじゃないか」

「確かに、逃げることに関しちゃあ誰にも負けないっすよ。でも、ウチの大事な仲間が手を貸してほしいって言ってくれた。それに命張らない馬鹿にはなりたくないんすよ」


 それに、とアヤメは付け加えてキュシーに話を続ける。


「アンタさんの相手は、ウチとグリムだけじゃないんすよ?」


 彼女の言葉の直後、キュシーの足元が急激に凍結する。彼女の足は氷によって、地面に縫い付けられる形となる。その理由は簡単だ、二人の後ろに控えていたレイの術が発動したからである。


"抱擁せよ氷の華"ライフウムアルムング!!」


 対象の物質を凍結させる術の一つ。絶対零度にほぼ近い超低温のマナを対象に纏わせ活動を停止させるその術で、レイはキュシーの動きを封じようと考えた。

 キュシーは抵抗することなくその術を身に受け、一歩も動けない状態となる。これを好機と捉えないわけにはいかない。グリムは大鎌を構えキュシーへ向かった。その後ろをアヤメが追い、レイも再びマナを集束させていく。狙うは三人同時の一斉攻撃。せめて彼女の手から魔剣を弾かなければ。


「……貴様らこそ、忘れてはいるまいな?」


 彼女が何かを口ずさんだ瞬間、見えない何かに、上から身体を潰されるような感覚がレイたちを襲った。今度は自分たちが、地面に足を縫い付けられてしまったかのような感覚だ。指一本すら動かすことができない。


「グリムに術を教えたのは、同じデックアールヴ族の私なのだぞ?そして──」


 言いながら、ゆらりと手を挙げる動作をするキュシー。その手中にマナが集束されていく様子を、レイたちはただただ見ることしかできなかった。


"圧し潰せ見えざる掌"プレッシーガーズ


 キュシーがその手を振り下ろすと、レイたちは地面に倒れ伏す。まるで見えない手で、上から身体全体をプレスされているようだ。身体の内側から骨が軋む悲鳴が聞こえてくる。


「私はグリムより強い術を扱える。もっと考えて攻撃してくるんだったな」

「ッ……!」

「口も動かせなければ、詠唱もままならんだろう。貴様たちは己が無力さを噛み締めることしか、できまいよ」


 そうレイたちに告げながら、キュシーはトス、と魔剣を地面に突き刺す。すると魔剣から溢れていたオーラが地中を駆け巡り、衝撃波となってレイたちに向かう。突き進むオーラに地表は割れ、剣山を作り出す。動けない状態で地中を進むオーラの回避は不可能。狙いはレイとアヤメだった。


 直撃の瞬間、身体全体にかかっていた負荷が消える。しかしだからといってすぐに体勢を整えられるはずもなく。気が付いた時には、身体は地表が割れる衝撃で上空に飛ばされていた。このまま落下してしまえば、突き出た地表の槍に身体を貫かれて、仕舞いだ。せめて盾を張って直撃を避けなければ──。


「その程度の考え、私が読めないとでも?」


 頭上から聞こえてきた声。顔を慌ててそちらへ向ければ、そこには魔剣を構えていたキュシーの姿が。自分の身体は今、がら空きだ。防ぎようがない。


「まずは一匹」


 魔剣が振り下ろされる。咄嗟に盾を張るが、そんなものは羽衣のように薄い。衝撃に負けて、レイは槍の地面に叩きつけられる。死ぬ、そう感じた。しかしいつまで経っても痛みはなく、恐る恐る目を開けると、自分は槍の地面の範囲外に立っていることがわかった。いったい何が、と視線を上にあげる。


 そこを見て、レイは自分の目を疑いたくなった。何故なら自分が本来いたであろう場所には、血塗れで倒れているアヤメの姿があったからだ。アヤメは、ピクリとも動かない。


「あ……アヤメさん!!」

「おや、邪魔が入ったか。まぁいい。始末される順番が変わっただけよ」


 冷酷に告げるキュシー。そんな彼女に迫る影が一つ。


「ッ、アァア──!!」


 ガツン、と再び響く武器同士のぶつかり合う音。キュシーに迫った影の正体は、グリムだった。彼女は今までに見たことがないような、怒りを露わにした表情でキュシーに大鎌を振るっていた。


「ははは、私の術を無理矢理解除したか!確かに成長したなお前は」

「キュシー、貴様ァ!!」

「お前が激高する理由がどこにある?大嫌いな人間が一人死んだくらいで」

「黙れぇえッ!!」


 グリムは力任せに大鎌を振るい、キュシーをレイたちから遠ざけた。


「グリム!」

「ぼさっとするな巫女ヴォルヴァの!今のうちに忍のを救わんか!!」

「あ、ああ!わかったよ!」


 グリムの気迫に押されながらも、レイはアヤメの元まで走り、彼女を救出する。そして回復術をかけようとして、とあることに気付いた。


 一方グリムはその勢いを止めず、キュシーに連撃していく。しかしキュシーにはそんな単調な攻撃は効かないようで、冷静に彼女の攻撃を受け流していた。


「そんな感情任せの攻撃が通用すると思っているのか?」

「黙れ、黙れッ!よくも、貴様ァア!!」

「お前がそこまで人間たにんに肩入れする姿を見ることになるとはな。嬉しくも思うが、愚かにも程がある」

「煩いッ!貴様はもはや、キュシーなどではない!!だからあ奴と同じ顔で、あ奴と同じ声で、喋るなぁあ!!」

「無茶を言う。私はお前が知っているキュシーなのだぞ?」

「ふざ、けるなぁああッ!!」


 強い攻撃を仕掛けるが、キュシーはそれを簡単に受け止める。


「……ふざけるのは貴様の方だ、グリム」


 その言葉の直後。キュシーは大鎌を受け止めていた魔剣をグリムの武器の先端、つまり刃の部分から逆側に逸らしてから振り下ろす。その動きを防ぎきれなかった大鎌は地面に突き刺さる。そのことに一瞬動揺したグリムを、キュシーは見逃さなかった。彼女の胸の辺りに手を添えて、静かに術を発動する。


"黒き慟哭よ、汝を壊せ"デストリュクシオン


 彼女が詠唱を唱えると、閃光が煌めいた。そう思ったら、そこから小規模な爆発が起きた。ゼロ距離で攻撃を受けたグリムは大鎌の柄から手を放し、レイのいる場所まで吹っ飛んできた。


「グリム!」


 落下の直前でどうにか彼女を受け止めることができたレイ。グリムに視線を落として、そのダメージの大きさを知ることになる。吐血したのか顔は血に塗れ、彼女を守っていた防具は砕け散っていた。


「おの、れ……!」

「急に動いちゃダメだ!鎖骨も折れてるかもしれないんだぞ!?」


 慌てて彼女に回復術をかけていく。そんなレイたちを余所に、キュシーは視線を大鎌へと向ける。


「……ようやく、最後の破片が揃ったか」


 愛おしそうにグリムの大鎌を持ち上げるキュシー。魔剣が、最後の自身の破片に呼応するように、その刀身に纏うオーラのうねりを上げる。それに答えるようにキュシーは魔剣と大鎌を掲げ、力を注ぐ。すると二つの武器は空間上に浮遊し、光を放つ。その眩しさに、目を覆ってしまう。


「さぁ、いよいよだ。これが魔剣ダインスレーヴの、復活の時だ」


 その言葉を表すかのように、光は今一度強く輝いた。

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