第三十六節  鎮魂の島グラヘイズムへ

 翌日。レイたちは船長室で、アルヴィルダに海図を見せてもらっていた。自分たちの目的の島、鎮魂の島グラヘイズムがどの島か見つけるためだ。現代版の海図には、そのような名前の島は記されていない。


「うーん、名前はないねぇ……。何かヒントとか、ないのかい?」

「レイ、何かない?」

「そうですね……。訳せたけど、ちょっと意味が分からなかった部分が一つあるんです」

「分からなかった?」

「はい……」


 レイは日記を開き、ある一文を読む。


 そこは三つの泉集まる場所。神の御使いの住む島と我ら従者たちの島。二つの島は鎮魂を見守る守護者なり。天より太陽上るときに祈りは集い、天より月が沈むときに魂は眠る、空の下。魂は語る、流転の刻を。


 これだけが上手く理解できなかった、と彼は語る。三つの泉については、すぐに理解ができた。世界三大泉と呼ばれる、ウールズの泉、ミミルの泉、フヴェルゲルミルの泉の三つだ。しかしその三つが集まる場所がわからない。正確に言えば、そんな場所はないのだ。それぞれの泉は、各々が独立している。海から泉に水が流れている、というわけでもないのだ。

 そして次の、神の御使いの住む島と従者の島。この二つの意味するところは、一体なんなのだろうか。鎮魂を見守る守護者、ということは目的の島である鎮魂の島グラヘイズムに近いのか。


「……ダメだ、ぜんっぜんわかんない」


 エイリークがギブアップする。ラントも考古学者としての知識を思い出すが、どこの検索にも引っかからないと告げる。そんな中、グリムが語り始めた。


「……その昔、リョースアールヴ族は自然と豊かさを司る小神族、とも呼ばれていたようだ。神の御使い、とはそういうことではないか?」

「そういえば、僕のご先祖様は大昔にそのように呼ばれていた、という記述があったのを思い出しました……!僕のこの耳はリョースアールヴ族の象徴で、この耳が拾う言葉の中には、女神の言葉もあったと」

「それってつまり、巫女ヴォルヴァだったってこと?」

「それとは少し違いますね。巫女ヴォルヴァは古代文字を女神から賜ることで、言語を理解していました。リョースアールヴ族が拾える声は、そのほとんどが動物や魔物たち。その動物たち伝手に、女神の言葉を聞いていたとありました」


 そしてその名残が、その耳や能力だとケルスは説明した。


「つまり神の御使いがリョースアールヴ族を指すのなら、神の御使いが住む島ってアウスガールズのことかな?」

「そう考えると、なんかしっくりくるな」

「謎が一つ解けた感じみたいだね」

「じゃあ、次は我ら従者たちの島か……」


 我ら、とは随分大きな括りである。まずこの我らが指す人物たちは誰か。そして従者であるならば、主とは誰を示しているのか。


「うーん……従者、従う……」

「……崇める……?」

「崇める?どうしてだい?」


 アルヴィルダに聞かれ、レイは我に返る。無意識で呟いていたらしい。慌てながらも彼は理由を話す。従うということは、誰かに仕えているということ。全員がそうだとは言わないが、誰かに仕える人はその仕える人物のことを崇めているような気がして、と。


「例えばユグドラシル教団は運命の女神たちを崇拝していますし、ミズガルーズ国家防衛軍はシグ国王を崇めていますから……」


 レイの言葉で、彼以外の全員がはっとする。沈黙が包んだ船長室で、レイがそんな空気に狼狽する。変なことを口走っていただろうか。エイリークが尋ねる。


「レイ、今なんて?」

「え?あの、ミズガルーズ国家防衛軍はシグ国王を崇めていますから……」

「違う、その前!」

「ユグドラシル教団は運命の女神たちを崇拝していますし……?」


 レイの言葉に、それだとエイリークは声を上げた。そして次にアルヴィルダに向いて、彼女にとあることを確認する。


「アルヴィルダさん、この日記を見つけた難破船は、ユグドラシル教団の船だって言ってましたよね?」

「そうだ。あの船は確かにユグドラシル教団の船だった。ということは、そこに乗っていた乗組員は全員、ユグドラシル教団騎士ってことになるね」

「では、日記の我ら従者たちはユグドラシル教団騎士を指すのですね。彼らが従っていた、つまり崇めていた存在というのは運命の女神たち。彼らの住む島は……」

「ヒミンのことか!」

「そう考えたら、次の文も解読ができるな。アウスガールズとヒミンが見守っているのは、鎮魂の島グラズヘイム。その島は三つの泉の先にある……。おい女、あの船にあった当時の海図とやらを出せ」


 彼らの会話に若干置いてけぼりを食らうレイである。置いて行かれないようにとテーブルに広げられた当時の海図と現代版のそれを見比べる。

 ヒミンとアウスガールズは、大きさでいえばアウスガールズの方が面積がある。その二つの島の間には、どちらの海図も他の島の表記はない。となると場所はヒミンの上かアウスガールズの下か。


「アウスガールズの下からだと、きっとヒミンは見えないだろうねぇ」

「はい。アウスガールズには山が多いですから……。もしアウスガールズの下の島だとすると、この日記に島の名前を二つも書きませんよね」

「だよね、一つの島は見えないわけだし」

「ということは、島はヒミンの上にあるってことかな」

「そして、三つの泉が集まる場所……」

「あの、でしたらヒミンとアウスガールズを結ぶ経度に向かって、三つの泉から垂直に線を引いてみませんか?」


 レイが提案する。なんとか話の内容がわかってよかった。

 アルヴィルダが予備の海図を用意して、そこに線を引いていく。するとある一点で線が全部交わった。現代の海図には記されてはいないが、古代の海図を重ねてみると、とこには一つの島が記されていた。名前は掠れていたが、日記と同じ文字でこう書いてあった。鎮魂の島グラヘイズムと。


「ここか……?」

「じゃあここがその目的の島ってこと!?」


 テンションが上がるエイリークとラントだが、グリムが窘めた。そして、安心するのはまだ早いと告げる。何故ならその島は現代の海図には記されていない。第三次世界大戦後に地殻変動が起こり、大陸ごと沈んだ可能性もあると。そんな彼女にレイは正面から彼女を見据え、言い切る。


「僅かでも可能性があるのなら、それに賭けてみたいんです」

「今のところ可能性はゼロに近いが?」

「それでもです。俺は行かないで後悔するよりも、行って現実を知ってから後悔したいです」


 少しの沈黙。やがてグリムは小さく笑う。


「いいだろう、後悔するのは貴様の勝手だからな」

「はい……!」


 いつの間にか、隣で笑いかけてくれていたエイリークに微笑み返す。そんな様子を見ていたアルヴィルダが外に出るよ、とレイたち全員に声をかけた。その言葉に従って船長室を後にする。

 外に出たところで、アルヴィルダが船上にいる部下たちに対して号令をかけた。


「野郎共、よーっく聞きな!」


 彼女の様子に、彼らは一同アルヴィルダに向き直る。


「今からアタシらは、あるかもどうか分からない島を目指して船を出す!これはアタシらの大事な仲間、アルマたちからの依頼だ。依頼にはきっちり答える!これは単純な賭けじゃないよ。島は必ずあると信じるんだ!アタシらの大切な仲間のために、諦めずにね!いいかい!?」


 アルヴィルダの号令に、船上からは雄たけびが上がる。彼女が指示を出すと、彼らは一斉に準備を始めた。帆を上げて、風をいっぱいに受けるように。海賊の数人は見張り台まで上がり、周囲を見渡す。活気づく船上。


「ノーヴァ号、出航するよ!!」


 景気付けに大砲が一発発砲される。ノーヴァ号が、鎮魂の島グラヘイズムへ向かって航海を始めたのであった。


 ******


 出航から数時間。日を跨いで朝焼けを迎えた頃。見張り台で周囲を観察していた海賊の一人が、声を上げた。


「船長ー!島だ、島が見えます!!」


 その声は休息を早めに取り、目が覚めていたレイたちの耳にも届く。見張り台のある柱の近くまで近寄り、見上げる。アルヴィルダも同じように上を見上げ、声をかけた。


「本当だろうね!?」

「間違いないっす!確かにあります!!」


 その声に、レイは思わすエイリークと目を見張り、歓喜に震える。あったのだ。沈没していたかもしれないと思われた、目的の島が。エイリークと同じように、ケルスもラントも笑顔でレイを見る。グリムも、小さくだが微笑んでいた。


「あった……本当に、あった……!」

「やったよレイ!あったんだよ!」

「良かったです!本当に……!」

「信じてよかったな」

「みなさん……!」


 喜びを分かち合っていたレイに、アルヴィルダが頭に手を置く。


「良かったじゃないか、アルマ」

「アルヴィルダさん……!」

「勝ち取ってくるんだよ、アンタの大切な記憶おたからをね」


 優しく笑う彼女に、レイは。


「はい!」


 目いっぱいの笑顔で、返事をした。

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