第四話
第七十六節 枝垂れの町サクラへ
「はぁ、ここまでくればもう安全っすね!」
どこかの街道にて、一安心といった様子で情報屋──アヤメがエイリークたちに話しかける。呼吸を整えた一行は、そんな風に落ち着いている彼女に違和感を覚えた。
どうしてそこまで冷静に話しかけることができるのか。彼女は本当に、ただの情報屋なのか。確かめないわけにはいかなかった。
「あの、貴女はいったい……?」
「あーやっぱそれ気になるっすよねぇ……」
何か考え込むようなそぶりを見せ、困ったように唸るアヤメ。一人ぶつぶつ独り言を呟いていたが、やがて観念したように話し始めた。
「しゃーない、やむを得ない事態だったっすもんね。今回は事故だった、そうすることにしよ、うん」
「あの……?」
「えーっと、改めてウチの自己紹介しますね?ウチはアヤメ・ヴァイズング。アウスガールズ北部に里を持つ、カスタニエ流の忍者の一族の一人っす」
「カスタニエ流の忍者?」
初めて耳にする言葉に、エイリークはオウム返しで尋ねる。
アヤメ曰く、アウスガールズ北部は空気中に含まれるマナの量が少ない。そんな中で厳しい戦火を生き抜くため、彼女の先祖は少ないマナ量で戦う術を開発した。それが"忍術"と呼ばれるものだそうだ。
当時は多くの流派があり、各々に開発した術を代々継承させていたとのこと。その中の流派の一つがカスタニエ流であり、今でも残っている忍者の一族だと説明を受ける。
それを聞いたエイリークは、ガッセ村のことを思い出す。あの村も空気中に含まれるマナが少ないが、そんな中でも生き抜くために独特の剣術が発達した。
「ガッセ村の剣術とは、また違うんですね」
「そうっす!ウチらの間ではよく、北の忍術南の剣術って言われているんですよ」
「……だが、カスタニエ流の忍はその存在を秘匿事項としているはずだが?」
グリムが言うには、今もなお生き残っているカスタニエ流の忍の一族は、その存在を外部に漏らさないよう身分を隠して生きているらしい。一族の血を絶やさないためらしい。グリムに指摘されたアヤメは苦笑してからエイリークたちに背を向け、ぶつぶつと泣き言を言い始めた。
「そうなんすよぅ……。本当は絶対に絶対に知られちゃいけないし秘密にしてたし、言うつもりなんてなかったのに。でもまぁあの時はやむを得ないというか、あれしか選択肢がなかったというか……。うぅうこんなこと頭領になんて言えばいいのやら」
しょぼーん、とその背中が泣いているかのように見えてしまった。
ちなみに忍の流派が次々に消えた理由は、そのほとんどが裏切りによる内乱からだったとのこと。流派が多く生まれた乱世の時代に、生き残るため開発した忍術の奪い合いが始まったのだそうだ。
忍術とは、流派に属する者のみ伝えられるべき。決して門外不出のものとしてあるべきだったもの。しかしそれの奪い合いによる抗争で、流派はそのほとんどが自滅に近い状態で消滅した。しかもまだその末裔が生き残っているのだと。もはや理由はないかもしれないが、他の流派の忍を狩るために活動しているらしいのだ。
そんな争いの絶えない中カスタニエ流の忍だけが生き残ったのは、彼らが全滅を避けるために一族を世界各地に散らばせ、その正体を隠しながら生きていくことを生涯の任務として、一族に伝えていたからだと聞かされる。
散った先で内密に修行を重ね、年に一度集まる一族の集会で開かれる披露会にて術を披露し、完璧に術をマスターしたと一族の頭領たちから認められた人物にのみ、カスタニエ流忍者を名乗ることが許されている。
「認められたからなんだってワケじゃないんすけど、古来より伝わる忍術を後世に伝えるために、ウチらは内密に活動してるんすよね。それがまさか……見ず知らずのしかもお客さんに知られることになるなんて……」
ずーん、と明らかにショックを受けている様子のアヤメ。その姿には同情を禁じえず、エイリークは大丈夫だと彼女を慰める。
「あ、あの、安心してください。俺たちは別に、貴女のことを誰にも売ったりなんてしませんから」
「本当っすか……?」
「はい。それに俺たちのことを助けてくれた恩人ですし、その恩を仇で返す様なことは絶対にしませんよ」
「安心してほしいですアヤメさん」
ケルスがアヤメの手を握りふわりと笑う。そんな彼に対してアヤメは感涙したという様子で縋る。
「うえぇえありがとうございますぅ。万が一貴方たちが裏切ったら、末代まで呪いかけますっからねぇえ」
その言葉は冗談だと信じたいが、なぜか妙な説得力を感じてしまった。
落ち着いた一行は、再度アヤメとこれからについての行動をまとめる。まずは情報屋として、彼女の先輩がいるという枝垂れの町サクラへ向かう。そこでどうなるかは交渉次第になるが、力になってくれるようアヤメから進言してくれるとのこと。
一行はアヤメの道案内で、目的の街へと向かうことにした。
町の方角へ進みながら、これから向かう枝垂れの町サクラついて尋ねる。
町の名前の通り、その町には樹齢100年を超える枝垂れ桜の木があり、それが町のシンボルとして町の人たちに親しまれているらしい。春先になると見事に花を咲かせ、町を桃色一色に染めるのだと。その町で隠れるように、アヤメの先輩という人物は情報屋をしているとのこと。
「情報屋なのに、店を隠しているんですか?」
「一口に情報屋っていっても、情報を与える対象が違うんすよ。ウチは一般人向けっすけど、先輩のところはまぁ……同業者相手にって感じっす」
「同業者ってことは、違う情報屋に?そんな自分の商品をライバル店に明け渡すなんて、商売あがったりにならないのか?」
「ああ、ウチが言う同業者ってのは、身分を隠したまま静かに生きているカスタニエ流の身内のことっす。ほら、さっき一族狩りの生き残りがいるって言ったじゃないっすか。その輩から身内を守るための情報屋っす」
そういった人物たちが情報を求めて訪ねてきたときに、現状を確実に伝えられるように、常に情報の網を張り巡らせている。彼女の先輩の店に配属されている情報屋の忍たちはいうなれば、情報屋のエキスパートたちなのだと、アヤメが教えてくれた。
生き残りのカスタニエ流の忍は、生き残るために常に情報を欲している。彼らは手に入れた情報をもとに、一族狩りの末裔から逃げるために逃走先を選んでいると。
その説明を聞いたグリムが、一つ毒を吐く。
「惰弱な。結局は逃げ回るばかりか」
「逃げるが勝ちってやつっす!逃げることは決して恥じゃないっすもん。忍的にどうかと問われると難しい問題ではあるっすけど、死ぬよりは全然いいから」
そうやって自分も生き延びてきたのだと、アヤメはからりと笑う。そんな彼女の態度に、グリムもそれ以上は何も言えないようだった。
アヤメの説明を聞きつつ雑談も交えながら街道を歩いていると、遠くに緑の美しい町が見えた。そこが枝垂れの町サクラらしい。街道が若干、丘のように盛り上がっているために町を見下ろす形で確認する。
今は季節が違うから、桜の花は咲いていない。興味があっただけに花が見られないのは残念だが、今は別の目的があるのだ。また今度見に来ればいい。
「あそこがサクラっすよ~」
「あの町にアヤメさんの先輩がいらっしゃるのですね」
「そうっすよー。さて、じゃあ張り切って行きましょー!」
アヤメが元気に握りこぶしを掲げた瞬間、サクラの町の方角から爆音が響いた。何事かと町を見下ろせば、町の中心部からは黒煙が上がっている。
「え?張り切るってそっちの方向じゃないっすからね!?」
「そ、それはわかってますよ!?」
「でも、何もなかったように見えたのにどうして……!?」
混乱する一行だが、まずは向って確認しなければ。アヤメを先頭に、エイリークたちは急いで枝垂れの町サクラへと向かうのであった。
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