第五十八節  死者の戦士たち

「俺は……俺は今でも十分に救われている!お前の救済なんていらない!!」


 吠えるように、ルヴェルに啖呵を切った。そんなレイの反応に、ルヴェルは残念と肩を竦めるが、その表情と仕草が一致していない。まるで反対されることを予め予測できていたような、予想通りの答えで安心したような、ちぐはぐな反応。

 それがかえって気味が悪い。全て目の前の男の掌で転がされているような、そんな感覚さえ覚える。


「わかった。なら今日は失礼しよう。だがレイ・アルマ。キミが望みさえすれば、私はいつでもキミを迎えよう。待っているよ」


 ルヴェルはそう告げて立ち上がると、懐から見覚えのある赤い鉱石を取り出し地面に叩きつける。そしてこれもまた見覚えのある魔法陣が彼の足元に広がると、瞬時にルヴェルはその場から姿を消した。しばし本当の静寂が、辺りを包む。


「レイ……?」

「ごめん、大丈夫……。大丈夫だから」


 苦笑いだが、笑顔で返事をする。ひとまずここで調べられることはもうないだろうと、今日は近くの村で休むことにした。

 時刻は夕暮れ時。幸いにも村も宿屋もすぐに見つかり、部屋も確保できた。部屋に入って、まずはこれまでに得た情報を整理することにした。


 まず一つ目。ルヴェルの目的は女神の巫女ヴォルヴァの救済。そのために実験と称し、墓を荒らし死者を蘇らせていた。彼には死者の声を聞く力がある。故に、蘇らせる魂を選択していた。

 二つ目。そも何故ルヴェルは女神の巫女ヴォルヴァを、魂から救済しようとするのか。それは世界の、巫女ヴォルヴァを求める声たちに答えるだけで救われないこの現状を、彼自身があまりにも不憫に感じたから。

 三つ目。その現状を打開するために、彼はグレイプニルを使用して人間の数を間引こうと企んでいる。


「今のところ、分かっているのはそれくらいか……」

「うん。何処に潜伏しているのかも分からないし、どこを標的にしようとしているのか分からないね」

「対策のしようがないが、そんなこと言ってらんねぇな」


 ひとまずレイは持っていた通信機を使い、今までの報告を兼ねてゾフィーにこのことを伝える。彼もその報告を受け、軍の方で何か対策を立てると約束してくれた。安心から息を吐く。そんなレイに、エイリークが心配したのか声をかけてきた。


「あんまり一人で抱え込まないでよ?」

「わかってる。エイリークたちには相談するよ、大丈夫」

「約束だからね?」

「うん、約束だ」


 そう互いに笑いあった直後、突如として窓の外から爆発音が聞こえる。何事かとレイたちは窓を開け、外の様子を窺う。

 外はだいぶ暗くなり、松明の灯り以外にこれといった光源はなく、少し見にくくもあるが。夜目の利くグリムが、外の様子をレイたちに伝えた。


「どうやら、村人の一人が火を放ったみたいだな」

「は?火?」

「今度は人間同士が争い始めたようだな」

「えっ……!?な、なんで!?」

「私が知るわけないだろう」

「とにかく様子を見に行ってみよう!?」

「は、はい!」


 混乱する頭をどうにか回転させ、レイたちは武器を手に宿屋を出た。

 村の商店街広場の入り口に入った瞬間。突如として周りに、ある結界が張られる。地面から筒状に伸びたそれは、レイたちを囲むように展開していた。それに阻まれ、前に進めない。いったい誰が。周囲を警戒すると、上からクスクスと笑う声が降り注いできた。


「……あそこか」


 グリムが、声のした方向を睨む。彼女の視線を追うと、その先にある家屋の屋根に足を組んで座っている、一人の男性の姿が目に入った。にっこりと笑い、男性は何やら山札をシャッフルしながら、レイたちに告げてくる。


「ごめんね、邪魔しないでくれるかな?」

「アンタ何者だ?」

「この騒動はお前の仕業か!?」

「まぁまぁ、そう盛らないで。今面白いショーの真っ最中なんだからさ。そうですよね、アマツさん」


 男性が振り向き、誰かに呼びかける。屋根の奥から悠然と、腰に長剣を差した中年の男性が歩いてくる姿が見て取れた。その男性もからりと笑い、札を持っている男性に答える。


「その通りだな、ルーヴァくん。水を差すのはあまりにも無粋」


 アマツと呼ばれた中年の男性は、一見穏やかそうな人物ではある。ただしその瞳を開いた瞬間、肌を切り裂くような鋭い殺気が放たれた。その殺気があまりにも次元が違うものだから、思わず身が竦むような感覚を覚える。

 ルーヴァと呼ばれた男性は自身がシャッフルしていた山札から一枚札を捲り、それを見てにっこりと笑う。


 長剣を携えた中年の男と、札を使う男性。


 ミズガルーズで聞いたその言葉を、目の前の二人を見て思い出す。杖を握る手に力が入り、彼らに向かって問いただす。


「グレイプニルの工場を破壊したのは、お前たちか!?」

「然り。お初にお目にかかる、未来を司る女神の巫女ヴォルヴァ。我らはルヴェル様に仕える死者の戦士──エインが一人、アマツ」

「同じくエインが一人、ルーヴァ。今夜はキミたちに、僕たちが執行する間引きを見てもらおうと思ってね。ルヴェル様も、それをお望みだし」


 見てごらんよ、と広場に集まった村人たちを指さすルーヴァ。彼の指を追うように、広場に視線を向けた。


 広場に集まった村人たちは各々、農具や武器になるようなものを持っている。彼らはそれを振りかぶったかと思えば、手に持っていた武器をお互いに向かって振り下ろす。途端に悲鳴と鮮血が舞い、死の広場となる商店街広場。

 足に、腰に、首に、頭に。農具で頭部を割られる村人や、槍で身体を貫かれる村人。彼らの足にはあの、グレイプニルが装着されていて。否応なく殺し合いを仕向けられているその状況に、ケルスが手で口を覆う。


 その様子を悠然とした態度で見守っていたアマツが、楽しそうに語る。


「今宵は満月。光り輝くその月を血で紅く染めるのも、乙なものだろう」

「ふ、ふざけんな!どういう権利があって、こんなことしやがる!?」

「そんなに怒らないでくれよ女神の巫女ヴォルヴァ。これはキミたち巫女ヴォルヴァの負担を、少しでも減らすためでもあるんだよ?」


 なんせこの村人たちの信仰心は、あまりにも厚いものだからね。ルーヴァが冷酷に真実を告げる。その隣で、悠然とした態度で広場の様子を眺めるアマツ。まるで人外めいている。怒りと混乱で血液が沸騰しそうだ。


「ふざけるな!!」

「ふざけてなどおらんよ。我々はこれが、我々の為すべきことだと理解したうえで実行している。巫女ヴォルヴァに救いのみを求め、果ては置き去りにするような輩に、どうして生きる権利があろうか」

「そうだよ。巫女ヴォルヴァたちが酷使されるしかないこの世から、彼らを救うために、僕たちは動いている。最初から理解してもらえないとは思っているけど、遠い目で見ればこれは必要なことなんだよ」


 だから他の女神の巫女ヴォルヴァを世界から奪ったのだと告げられ、レイの脳裏にヤクとスグリの姿が思い返される。

 そうだ、あの二人は自分たちから大切な人たちを奪った敵だ。敵なら、こんな問答は無用。杖にマナを収束させ、目の前の結界を破壊しようと試みた。


"瞬け天上の住人達"シュテルネンリヒトッ!!」


 光り輝く球体のマナを何度も放つ。それでも結界はレイの放ったマナの球体を包み込み、溶かすようにそれを吸収した。その様が嘲笑っているかのように思えて、抑えきれず再び術を放とうとするも、ラントに止められる。


「落ち着けレイ!無暗に攻撃するな!」

「でも!!」

「その人間の言うとおりだこの低能が。それでも女神の巫女ヴォルヴァか?」


 グリムにも落ち着けと諭される。わかってはいるが、今すぐにでも目の前の二人を殴りたい気分だった。あんな下衆な相手に、自分の大切な人たちが奪われたと考えると悔しくて、怒りがこみあげてくる。


「落ち着いてレイ。気持ちは俺にもわかる。あの二人にヤクさんとスグリさんがやられたなんて、俺は信じない。大丈夫、何回も言ってるだろ?レイは一人じゃないって」


 エイリークに肩を掴まれ、軽く引き寄せられる。ぐ、と力を入れられたことで思考に制止がかかる。ケルスもラントも、同じように自分を見つめる。言葉に出さなくても、言いたいことはエイリークとさして変わらないようだ。

 彼らの表情を見て、逆流しそうだった血液が元通りに流れる。自分一人で解決しようとしていた己を恥じて、レイは俯いて謝罪する。


「……ごめん」

「大丈夫ですよ、レイさん」

「うん……」

「落ち着いたな?」


 落ち着いて対処するぞ、と意見をまとめてもらう。レイは改めて落ち着くため、一度大きく深呼吸をした。まずは結界を壊す。グリムが一歩結界に近付き、手を添えて呪文を唱える。


「我らを戒めより解き放たん……」


 グリムの手中にマナが集束する。


"領域は素に還らん"デストリュクシオン!!」


 グリムのマナが結界を伝って全体に行き渡ると、ガラスが割れたような音がパリンと周囲に響く。やがて結界はバラバラに砕かれて、地面に落ちていく。


「反撃開始だ……!!」


 自由を取り戻したレイたちは、アマツとルーヴァを見据えた。

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