第五十七節  死者を束ねる者

 淀みの森、工場跡地。その場に到着したレイたちは、まずその惨状を目にする。工場は確かに、何か見えない力で上から一気に押しつぶされていた。瓦礫を注意深くどかしながら、その場を観察する。


 よくよく見れば、押し潰されてひしゃげた人間の腕も見える。ここでグレイプニルを装着され、働かされていた人たちか。他には製作途中らしきグレイプニルの砕けた破片なども、見受けられた。

 枷に装填するらしき石も、砕けて欠片に成り果てている。ひょい、と拾い上げればそれは太陽の光に照らされて、煌めく。この状態ではどうやら、洗脳効果は発生しないようだ。


「こうして見れば、普通に綺麗な石なのに」

「これを悪用する人物がいるなんて……」

「お二人さん、一度話はあとにしようぜ」


 ラントが周囲を警戒する。エイリークとグリムも、何かに気付いたらしい。その様子に、レイとケルスも周囲を注意深く見渡した。

 ざわりと頬を撫でる空気が気持ち悪い。やがて複数の足音が、こちらに向かってきていることに気付く。レイたちの目の前に現れた人物たちを見て、目を疑った。


 彼らの正体。それはこの場で落命したであろう、ミズガルーズ国家防衛軍の軍人たちであった。各々、出血していたであろう血痕がびっしりと染みていたり、手足が押し潰されてそのまま引きちぎられた状態のままだったりと、悲惨な姿だ。

 普通に考えて、もう生きてはいない状態だろう。それにも関わらず、まるでゾンビのように生気のない目でこちらを包囲するように、彼らは蠢く。足首にはあの、グレイプニルが装着されて。武器を持てる軍人たちは、それらを手にして。


 ゆらりゆらり、操り人形のように蠢いて。

 それらは一斉に、レイたちへ向かって飛び出してきた。


「っ!"ダエグ"、"エオロー"!!」


 レイは光の力と意味する古代文字と、防御を意味する古代文字を唱える。直後、レイたち五人を包むように古代文字の帯を纏った膜が張られ、突撃してきたミズガルーズ国家防衛軍の軍人たちから、自分たちを守る。


 攻撃がはじき返され体勢を崩す軍人たち。その一瞬のスキを、エイリークたちが見逃さない。

 エイリークが先陣を切り、大剣を薙いで相手を一掃して、ラントが奥から向かってきた軍人たちを射る。ケルスが召喚したフレスベルグが群がってきた軍人たちを薙ぎ払い、残っていた軍人たちの首を、グリムが切り落とす。


 呆気なく倒される軍人たち。一度は死に、生を全うしたというのに。死んでからもこうして、弄ばれるなんて。襲撃はそれだけで、再び静寂が辺りを包むかと思われたその時。その場の雰囲気に似つかわしくない、乾いた拍手の音が響く。


 再度警戒を強める。周囲を見渡すと、崩れた瓦礫の上に男性が腰かけこちらを眺めながら拍手をしている様子が見てとれた。

 悠然とこちらを見ているその男性からは、敵意はなくとも隙が一切感じられない。人のいい笑みを浮かべたその男性は、拍手をやめると声をかけてきた。


「はじめまして、私の名はルヴェル。大分戦闘慣れしているのだね、驚いたよ」


 くすくす、と含み笑いを浮かべるルヴェルと名乗る男性。その男性に対し、まずグリムが問いただした。


「何者だ貴様。ただの物見遊山が趣味な人物ではあるまい」


 その問いに目の前の男性は、やはりくすくすと笑いを浮かべて答えた。


「さすがの洞察力。デックアールヴはやはり敵に回したくはないな。いいだろう、その優れた洞察力に敬意を表し、お教えしよう。……私が、最近巷をにぎわせている死者の蘇りを実行し束ねる、死者たちの領主ロードさ」


 彼の発言に、全員が臨戦態勢をとる。まさか、探していた情報源が自ら自分たちの目の前に現れるとは、思っていなかった。杖を握る手に、思わず力が入る。そんなレイたちの緊張なぞいざ知らず、ルヴェルは話を続けた。


「そんなに警戒しなくともいいじゃないか」

「黙れ。死者の蘇りなんて、どうしてそんなことを……!」

「どうして?どうしてか……そんなもの、傷ついた魂の悔悟を癒すための実験をするために、決まっているだろう」

「どういうことですか……!?」


 ルヴェルが語る。 

 人間はもちろん、理性を持ち合わせている生命には魂が宿る。魂は命が燃え尽きたときに天に還り、世界樹へと還元される。

 しかし、誰しもが素直に亡くなるわけではない。生前の後悔や怒り、負の感情を抱いたまま亡くなった魂は、その傷が癒されることなく、また還元されないまま、この世を彷徨うらしい。こびり付いた魂の傷を癒すために、死者の蘇りを行っているのだと。


「そして私は、キミの魂を救いたいのだよ。女神の巫女ヴォルヴァ


 ルヴェルが突如として、レイを見据える。目が合った瞬間、ルヴェルの瞳に魂が引っ張られそうになる感覚に、産毛までが総毛立つ。


「キミの傷付いている魂を、救済してあげたいのだよ」


 その意見に、エイリークが反発する。


「救済だって?そう言ってお前もアディゲンみたいに、レイのことを殺すつもりなのか!?そんなことさせない!」

「おや、早合点されて困るなバルドル族。私はアディゲンみたいに女神の巫女ヴォルヴァを殺すだなんて、そんな野蛮な考えは持ち合わせていない。それでよく対立していたものさ。挙句の果てには、私は二度も彼に殺されているし」

「なんだって……?」

「私は世界が欲しいわけではない。ただ、世界の救済とやらにいつも翻弄させられている女神の巫女ヴォルヴァたちが、あまりにも不憫に思えてね。ならば私が、救済の声すら上げることができない女神の巫女ヴォルヴァたちを、その魂から救いたいと思ったのだ」


 アディゲンよりも余程平和的だろう、と笑うルヴェル。

 彼の言葉に、偽りは感じられない。それがまた不気味さに拍車をかけている。女神の巫女ヴォルヴァの救済だなんて──。


「よく考えてもみたまえよ。世界は女神の巫女ヴォルヴァの導きによって救済される」

「だからなんだってんだ?」

「だがその女神の巫女ヴォルヴァは、いったい誰が救ってあげるのか。欲するだけ欲して、不要になったら捨てられる。そんな扱いをされる女神の巫女ヴォルヴァたちに、今の今まで誰が救ってあげると手を差し伸べた?」


 誰が導いてあげると寄り添った、と。ルヴェルの問いに、思わず閉口してしまう。レイは自分の心にある猜疑心をぶつけるように、ルヴェルに対抗した。


「そんなこと、どうだっていい!問題なのは、お前がアディゲンと知り合っていたのなら、彼を殺したのはお前なのか!?それに、どういう権利があって死者の蘇りなんてしてるんだ!世界に堕落と混沌を、この言葉が意味するものはなんだ!?」

「質問責めだな、女神の巫女ヴォルヴァ。しかし折角だ、キミからの質問には丁寧に答えてあげよう。まず一つ。私自身は手を下してはいないが、確かにアディゲンを殺すように指示したのは私だよ」


 次にルヴェルは、自分が死者たちの声を聴けるから、その声に耳を傾けたと答える。これは巫女ヴォルヴァにはできないことだから、と。

 世界に堕落と混沌を。この言葉が意味するものとして、世界に蔓延っている巫女ヴォルヴァへの救心の排除と答える。

 人間が救いを求めるから、巫女ヴォルヴァは古代文字を読み解き、女神の巫女ヴォルヴァは予言を賜ろうとする。それでは今までと何も変わらない。


「だから、グレイプニルを使って人間を間引く。少しでも巫女ヴォルヴァへの負担を減らすには、人間を自立させるよりも殺した方が早い。一から穀物を育てるより、腐った根を摘み取る方がよほど効果的だ」

「そのためのこの工場、というわけなのですか……!?」

「けど、鼻がいい集団に嗅ぎ付けられたからね。やむなく廃棄したのさ。それでも十分な貯蔵はある。間引きへの心配はいらない」

「そんなことのために、ミズガルーズ国家防衛軍の人たちすら巻き込んで、この施設を破壊したっていうのか!?」


 憤慨するレイに対して至極冷静に、にっこりと笑って──。


「その通りだよ」


 この場の空気に似つかわしくないほどに、爽やかにルヴェルは答えた。


「さて、では改めて訊ねよう。女神の巫女ヴォルヴァ、レイ・アルマ。私はキミを救いたい。もし救われたいと願うならば、この手を取るといい」


 そう言ってレイに向かって、ルヴェルは手を差し出すのであった。

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