第六十六節  暗躍する狩人

 その人物たちはその日、頼まれていたものを手にとある城へと来ていた。その城は、ヴィグリード平原と淀みの森の間に建っている。目立つ場所に建っているにも拘らず、その城は何処からも攻撃を受けていない。その理由は至極単純で、その城は特殊な結界により、周囲から見える姿を隠しているのだ。

 認識阻害の結界。それを張るための核が城の四隅に設置されており、そのせいで城があるはずの空間は、何もないかのように認識されている。とはいえその仕掛けを知っている人物ならば、堂々と城の城門から入城することが出来る。城に赴いたその人物たちも、認識阻害の結界のことを知る人物であった。

 城へ入るとまず、エインの一人であるツェルトに出迎えられた。


「お待ちしておりました、ご案内しますよ」


 その人物たちはツェルトの案内で、城の謁見の間まで向かう。目的の人物がそこにいるのだ。長い廊下を歩き、その奥にある重厚そうな扉の先が、謁見の間である。ツェルトがその扉を開き、中へ通された。

 謁見の間の奥には玉座があり、その背後には巨木が鎮座している。巨木の幹の中央部分は、黄金に煌めいている。玉座では、城の主であるルヴェルが待ち構えていた。


「ルヴェル様、お連れしました」

「ご苦労だったね、下がっていいよ」

「はっ」


 言葉を受けて、ツェルトはその場から立ち去る。謁見の間にはルヴェルと、通されたその人物たちだけが残る。ルヴェルはにこりと微笑むと、その人物たちに声をかけた。


「ご足労をかけてすまないね、カーサ最高幹部ヴァダース・ダクター。そしてもう一人の最高幹部、コルテ・ルネ」


 招かれていた人物たち──ヴァダースとコルテはルヴェルの言葉に、にこりと笑うと同じように返事をする。


「ご無沙汰しております、ルヴェル殿」

「お待たせして申し訳ありませんでした。ご所望の品も用意できております」

「そうか、感謝するよ。お預かりしても?」


 一礼すると、コルテがその手に持っていたジュラルミンケースをルヴェルのいる玉座まで運び、開いて中身を見せた。中に入っていたのは、カーサが使用している使い捨ての、空間転移の陣が刻まれている輝石だ。

 中身を確認したルヴェルはコルテからケースを受け取る。その見返りに彼は懐から小切手を取り出すと、それをコルテに渡す。コルテも受け取るとそれを確認し、確かにと告げてヴァダースの元まで戻る。


 ******


 二年前、エイリークたちの襲撃によってカーサは甚大な被害を被った。本部ではないにしろ、それなりに規模のあるアジトを失ったカーサの勢いは失速。くわえてその戦いの折、四天王の一人であったカサドル・スヴァットは失踪。さらにカーサを取りまとめていたボスが行方不明となったことで、カーサは一度空中分解しかけた。

 それを日夜まとめていたヴァダースとコルテの前に現れたのが、当時アディゲンに殺されて死者蘇生を果たしたばかりのルヴェルであった。


 ルヴェルは二度目の死者蘇生後、自分は目的を果たすために水面下で動こうと決めた。そのためには、まずアディゲンに知られないために行動する必要があると考えたのだ。

 そんな彼が目に付けたのが、カーサが使用する空間転移の陣が刻まれている輝石と、認識阻害の結界だった。自分にはないその力をものにするため、ルヴェルはヴァダースたちに協力を持ち掛けた。自分が隠し持っている資金や土地と引き換えに、カーサの力を貸してほしいと。


 アジト復建や組織修復で資金難だったヴァダースたちは、その提案を飲むことに。実際ルヴェルの土地と資金のおかげか、最近ようやく組織も軌道に乗ろうというところまで回復したのであった。


 ******


「助かります、ルヴェル殿。これでようやく我々も動けそうです」

「そうか、それは何よりだよ」


 くす、と人のいい笑みを浮かべるルヴェル。そんな彼にヴァダースは一つ、ある質問を投げかけた。彼の背後に鎮座している巨木についてだ。


「ルヴェル殿。その巨木の光……以前拝見した時より強さが増しているようにお見受けしますが」

「ああ、これかい?そうだね……協力のお礼に、貴方たちにもお教えしよう。私はこの光の完成を目指していてね。これはまだ全体の三割にも満たないのさ。これが完成すれば、不老不死の力を手に入れられる」


 不老不死というワードに対して、コルテが質問する。


「不老不死……。それでもルヴェル殿、貴方は聞くところによると、二度の死者蘇生を果たしているようですね。それも不老不死の一種ではないのですか?」

「私のそれは有限でね。使えるのはあと一回だけなのさ」

「その不老不死というのが、貴方の目的なのですね」

「ああ、そういうことだね」

「成程。ご教授いただき感謝します。それでは、我々はこれで。もしまた輝石が必要になりましたら、お教えください。新たに用意しましょう」


 ルヴェルに告げて一礼すると、ヴァダースとコルテはそのまま城から出る。しばらく言葉を交わさず、怪しまれないように歩く。ある程度歩き、城からだいぶ離れた位置で、コルテがヴァダースに尋ねた。


「ヴァダース様、あの問いかけにはどのような意味があったのですか?」

「ふふ、貴方なら大方予想はついているかと思いますが」

「まぁ、そうですね。あの人はまだ隠し玉を持っている……。いくら協力関係であるとはいえ、腹の中身まで見せるような人物ではなかった。つまり不老不死という目的を隠れ蓑に、まだ何か仕掛けようとしている……。その確認のため、ですよね」

「ええ、大正解です。やはり貴方は頭が切れる。……貴方も耳にしているでしょう?大国ミズガルーズの国家防衛軍の軍人、ヤク・ノーチェとスグリ・ベンダバルが行方不明だということを」


 カーサにはスパイ部隊が存在している。そのスパイたちの情報によると、ミズガルーズは二人の失踪について、まだ発表はしていない。しかしその二人は、何者かに拉致されたとのことだ。

 この情報を聞いた二人は、ある共通点を思い出していた。それはその二人が、女神の巫女ヴォルヴァであるということだ。

 ルヴェルがヴァダースたちに協力を持ち掛けてきた時期が、約三ヵ月前。その時に招かれた際は、巨木の光はまだ弱弱しく、いつ消えてもおかしくないとすら思えた。それが先程は、煌々と光り輝いていた。


 つまり、があったということだ。だがそれをルヴェルは、ヴァダースたちには伝えようとしなかった。


「あくまで憶測の域は出ませんが、二人はルヴェル殿の城でしょう。あの二人をどうやって匂引かどわかしたかは理解できかねますが、恐らく目的は女神の巫女ヴォルヴァの力」

「ではルヴェル殿は、女神の巫女ヴォルヴァの力を手に入れるために協力を持ち掛けてきた、と?」

「ええ、大方間違ってはないと思います」

「女神の巫女ヴォルヴァの力を自分一人で行使しようだなんて。その全容が知れれば、対策なりなんなり出来るんですけどね」

「確かにそうです。これはちょっと、お灸を据えなければなりませんかねぇ?」


 先にその力を見つけたのは、我々カーサなのですから。

 くつくつと笑うヴァダース。こういう時の彼はいつも楽しそうなのだと、コルテは知っている。ならばそのために自分ができることは何か。それも理解している。


「ということは、僕の出番でしょうか?」

「本当に貴方は話が早くて助かります。お願いできますか?」

「勿論。僕はヴァダース様の右腕ですから」

「立場は同じでしょう?そう堅苦しくしなくてもよいのですよ」

「いいえ、たとえ立場は同じでも僕は後釜だったんですから。それにその方が僕が落ち着くから、いいんです」


 にこり、と人のいい笑顔を浮かべてコルテはヴァダースに笑う。それならば仕方ないとヴァダースも理解しているからか、深く追及はしない。


「では、準備が出来次第行動に移ります」

「ええ、よろしくお願いします」

「その前にヴァダース様、一つだけよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」


 コルテはヴァダースに近付くと、彼の頬に手を添える。


「いってきますのキス、してもいいです?」

「ふふ……そうですね。しばらく会えないのですから、許しましょう」


 二人は互いに惹かれあうように、唇を重ねる。啄むようなそれをしばらく楽しんでから、どちらともなく離れた。


「それでは、いってきます」

「ええ、いってらっしゃい」


 そうして二人の最高幹部は、それぞれの行動に移るのであった。

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