第六十五節  絶望の真実

「俺……!?どうして俺が!?」


 思わず叫ばずにはいられなかった。自分がヤクとスグリの、レイを死なせないように守るという目的を、いつ壊したのだろう。皆目見当がつかない。そんなエイリークの混乱などいざ知らず、ツェルトは笑顔のまま問いかけを投げる。


「……この間まで続いてた、ヴァナルとの戦い。その際レイ・アルマは、敵の首謀者を探るために何をしたっけ?」


 突拍子のない問いかけに動揺したが、それに対してエイリークは答える。


「なにって……レイは自分で記憶を封印することを選んだ、首謀者であるアディゲンの正体を暴くために!」

「うん、そうだね」


 エイリークの言う通り、レイは記憶を封印することで自らが女神の巫女ヴォルヴァであることや、戦の樹であることを忘れた。自分は記憶喪失ではないと彼自身もそう思い込むほどに、女神の巫女ヴォルヴァに関するあらゆる記憶は、しっかりと封印されていたのだ。


「じゃあそんな記憶喪失の状態の彼は、どうして自分が女神の巫女ヴォルヴァであるということを知ったんだっけ?」

「それは……ヴァナルが初めて襲撃してきたときに、レイのことをそう呼んだから……」

「いやいや、違うでしょ?それも理由の一つかもしれないけど、お前たちが教えたんじゃん。レイ・アルマは女神の巫女ヴォルヴァだってさ」


 漁港の町キュステーで初めてヴァナルに襲撃されたあと、確かに街外れの街道でレイに彼が女神の巫女ヴォルヴァであると、告げた。そこで記憶喪失であるレイは、自分がそのような存在だということを知ったのだ。


「何が、言いたいんだ……!」

「まだ問題はあるってば、しっかり聞いてよ。……レイ・アルマはどうして、記憶を取り戻したいって思ったんだっけ?」

「え……」


 レイが記憶を取り戻したいと思った理由。それはアルヴィルダの海賊船で世話になっていた時に、レイから告げられたのだ。エイリークたちが言っている、本当の自分というのを取り戻したい、と。そのためにそばにいてほしいと頼まれたことを覚えている。


「そうだったね。じゃあ最後の問いかけ。レイ・アルマは自分が女神の巫女ヴォルヴァであることや戦の樹であることの記憶を思い出すと同時に、何を思い出したかな?」


 ツェルトのその問いかけに、心臓が握りつぶされてしまう錯覚を覚えた。あ、と開いた口から言葉すら漏れない。その問いかけの意味を、エイリーク以外の仲間も理解したのだろう。一同に緊張が走ったと、空気が教えてきた。


「まさ、か……」

「その様子だとわかったみたいだね?そうだよ──」


 ──レイ・アルマは、自分が死ぬということを思い出したんだ。


 その言葉に、目眩がしそうだった。足元から何かが崩れていくような、そんな錯覚さえ覚える。背後からナイフでざっくりと刺されたような感覚に、言葉が震えた。


「それじゃあ、俺が、してきたことは……」

「記憶を封印したのはレイ・アルマで、それは自分で行ったことだけど……記憶喪失だって知ったことも、その記憶を取り戻したいって感じるようになったのも、それら全てはバルドル族。お前の言葉から始まったんだよ」


 記憶喪失後のレイと出会ったときの記憶が、走馬灯のように脳内で駆け巡る。


『あのね、キミが俺の記憶をなくしてるからって俺に引け目を感じなくてもいいんだよ。旅をしていく中で、これから思い出すかもしれないんだからさ』

『それに、レイの家に記憶の手がかりがあるかもしれないしね』

『……俺、自分のことばっかりでレイの気持ち、本当の意味で考えてなかった。謝っても許されないことかもしれないけど、俺はレイのやりたいことを応援するよ。前に約束したとおりにね』


 今までレイに対してかけていた言葉の一つ一つが、彼を殺すナイフだった。そんなこと信じたくない。混乱するエイリーク。そこにエダとツェルトが追い打ちをかけるように、エイリークに言葉をかけた。


「一度目の覚醒の時、あの子は自らの運命を知りました。遠くない未来に自分が死ぬという残酷な事実を突き付けられ、それでもあの子は自分のできることだからと、それを覚悟しました」

「けどさ、僕だってそうだったけど死ぬのって本当に怖いんだよ。レイ・アルマはその怖いって気持ちをグッて抑え込んでいたように見せて、一人泣いていた」

「自分が死ぬという事実をもう一度思い出して、あの子は今度こそ恐怖しました。一度目の覚醒とは違い、二度目の覚醒の後、自分の傍にいてくれる人物は誰もいないと感じていましたから」


 ちら、と一瞥した先には過去の、泣いている姿のレイがそこにいて。


「あ……お、俺……」


 もしそれが本当だとしたら、自分が彼に対して言っていた、記憶を取り戻そうっていうあの言葉は──。



「ありがとう、バルドル族。お前が記憶を取り戻そうって言ってくれたおかげで、レイ・アルマはもう一度死刑宣告を受けることになったんだよ」



 にっこりと笑うツェルトの前に、エイリークは膝を折ってしまう。

 頭が真っ白になる。わかって、しまった。誰がレイにとって一番の敵だったか。レイのことを守るとか言っておきながら、そのレイに「死ね」と一番言っていたのが、自分だったなんて。


 くすくす、と笑う二人のエインに対して、何も言い返すことができない。


「さすが、戦闘狂って謂われる種族なだけはあるよね。自分の周りの人たちを、こうも簡単に戦場の中に巻き込めるんだからさ。それも、レイ・アルマを死なせないよう奮闘していた、他の二人の女神の巫女ヴォルヴァの目的すら阻んでね」

「ですが私たちは貴方に感謝しています。貴方の言葉がなければ、レイのことを救済することができませんでしたから」

「どういう意味だ」


 エダの言葉に、グリムが問いかけているような気がする。

 エイリークには、周りの声が聞こえない。


「記憶喪失の状態で力を開放していないあの子を迎えても、何の意味もありませんから。私たちの目的は今代の女神の巫女ヴォルヴァたちの救済……言ってしまえば、力の消滅ですもの」

「でも記憶を封印したレイ・アルマに、どうやって記憶ちからを取り戻してもらうか僕たちも考えていた。そこに体よく現れてくれたのがお前たちさ、バルドル族」

「結果論にすぎませんがそれでも貴方の尽力のおかげで、無事にあの子は記憶と女神の巫女ヴォルヴァの力を取り戻し、今はルヴェル様の下で施しを受けている……あの子の育ての親として嬉しく思います」


 その点について、ラントにも感謝しているとツェルトが告げる。


「レイ・アルマは二度目の覚醒後、一人孤独を感じていた。だから、自分に親身になってくれるラント兄さんのことを、仲間以上に大切に思ってたんじゃないかな。自分のことを分かってくれる人がいるってさ」


 それなのに、裏切られて。心の支えにしようとしていた人から突き放されていたと知って、絶望する気持ちもわかるよね。

 その言葉に、ラントも何も言い返せなくなっている。そんな彼らをよそに、エイリークの脳内では先程のレイの言葉が木霊していた。


『うるさい黙れ!何も知らないくせに!!』


 その通りだ。レイのことを何でも分かっているように思えて、実際は彼のことを何もわかっていなかった。寧ろ、わかるどころか追い詰めていた。


「俺……俺の、せいだ……俺のせいで、レイは……」

「エイリークさん!」


 ケルスがエイリークのもとへ駆け寄る。肩を抱かれて揺さぶられるが、反応ができない。そうだ、自分のせいだ。自分がレイに会いに行こうだなんて、思わなければ。レイの記憶喪失について、記憶が戻るといいなと考えなければ。


「ごめ……ごめんな、さい……俺……最低なこと……」

「違うよバルドル族。お前のお陰なんだってば。だから胸を張りなよ」


 ゆっくりと顔を上げる。目の前には笑顔を張り付けている二人のエインがいて。


「でも、これでわかってくれた?僕たちの、女神の巫女ヴォルヴァたちの救済って目的の意味がさ」

「……お前、たちは……レイを、死なせないために……」

「うん。だから……邪魔しないでくれよ?」


 ツェルトから銃口を突き付けられる。それに反応すらできなくなっていた。そんな窮地を救ったのは、グリムだった。


"強奪する汝の時間"ツァイトバンディード!」


 彼女の、対象の時間を剥ぎ取り身動きを封じる時間操作の術。その効力は短いが、絶対的な強制力のある術であるそれは、二人のエインの身動きを封じた。


「リョースの!」

「はい!!」


 その一瞬があればケルスが、魂となっている自分たちを肉体へ返す反魂術のようなものを展開する時間が生まれる。二人のコンビネーションによって、エイリークたちはその場から脱出したのであった。

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