第八十一節  銃声の中で踊る

 コルテの言った抜け道を使い、レイたちはルヴェルの城の下層まで来ていた。

 ここまでは特に問題なく、敵に遭遇することもなく進めている。問題は今走っている抜け道を抜けた後のことだ。抜け道の先にある渡り廊下は長く、さらに両側がガラス張りであることから、自分たちの行動が筒抜けになってしまう。

 そんな中を進んで、敵に遭遇しないわけがない。それがコルテの見解だった。否が応でも渡り廊下でひと悶着あるだろう、と。


「でもまぁ想定内です。それに僕が貴方を連れて脱出しようとしていることに、あちらも気付いているはずでしょう。そろそろ一手仕向けてくる頃です」

「お前、なんでそんなに楽しそうな声してるんだよ!?」


 そう、レイは自分に説明しているコルテの声が弾んでいるように聞こえていた。まるで戦うことを楽しみにしているような、そんな雰囲気すら彼の背中から感じていたのだ。

 レイの問いかけに、隠すこともなくバレちゃいましたかと笑うコルテ。


「だって、久々の鉄火場なんですもん。僕だってカーサの最高幹部である以前に戦闘員です。今までの仕事が仕事だっただけに、こんな風に派手に騒げる機会なんて、中々なかったんです。許してくださいよ」

「許すも何もないだろ!?戦いが好きだなんて、そんな戦闘狂みたいなこと!」

「戦闘狂ですよ、僕は。だからカーサにいるんです」

「お前……やっぱり最低だ。カーサらしくないって思ってた俺が馬鹿みたいだ」


 実のところ、レイはコルテに対して好印象に近いものを抱いていた。今まで出会ったカーサたちとは、纏う雰囲気が違うように思えていたのだ。

 しかしそんな考えは今の彼の言葉によって、見事に砕け散る。一瞬でもカーサじゃなければいい話し相手になりそうだ、なんて思った自分が悔しい。

 独り言ちたレイに、くすくすと笑いながらコルテは答える。


「残念だなぁ。僕は巫女さんともっと仲良くなりたいのに」

「そんなの御免被るよ!」

「そんなこと言わずに、ね?巫女さんはここから出たら何がしたいですか?」

「なんで教えなきゃならないんだよ!それに巫女さんじゃなくて、俺にはレイ・アルマってちゃんと名前があるんだ!」

「ああそうか。じゃあ親しみを込めて……レイくんって呼びますね」

「呼ぶなよ!」

「いやでーす」


 軽快に答えていたコルテだったが、抜け道の出口付近で一度止まる。口に人差し指を当てて静かに、とレイに指示してから渡り廊下を覗くように確認する。レイもそれに倣い、コルテの顔の下に移動して、そぉっと覗く。

 渡り廊下の奥側には、何体かの蠢く影がある。自分たちを足止めするために、集められたのだろうか。その手には様々な得物が握られているようだ。様子を確認したらしいコルテから、唐突に語り掛けられる。


「……ねぇ、レイくん。貴方には好きな人がいますか?」

「なっ!?に、を……なんで今、そんなことっ……!?」

「いいからいいから。で、どうなんです?」

「そん、なの……」


 レイの脳内に思い浮かんだのは、あの時手を振り払ったラントの顔だ。確かに自分は、彼のことを信じていた。自分の本当に弱い部分を、簡単に曝け出すことができる人物だったことは確かだ。

 いつも支えてくれた彼に、自分が抱いていたあの気持ちは果たして単なる好意、だったのか。……恋、だったのか。

 答えを出せず、絞り出すようにしてレイは答えた。


「……わからない、よ」

「……貴方がこの城に自ら赴くまでに深く落ち込むなんて、いつもの貴方を知っていた僕からは、とても考えられなかった。そこから、貴方には好いている人がいたんじゃないかなって、僕は思ったんです」

「それは……」

「その人と喧嘩したのかどうかはわかりかねますが、きっと何かがあった。だからあんなに塞ぎ込んでいた。……まぁ、単なる勘ですけど」


 でもね、とコルテは言葉を続ける。


「その人のことが本当に大切で、好きであるならば。それはしっかりと言葉にして、伝えた方がいいですよ。たとえ、どんな結果になろうとも」

「え……?」

「どんなに想っていても、絶対に言葉にできない人もいるんです。貴方はそんな人とは違う。だからせめて、自分の気持ちに正直になりなさい。これは僕の、自分勝手なお願いですけどね」

「お前……」


 そんな風にやさしく笑ったコルテを見て、レイはあることを思った。彼の言う、そんな人とは──。


「さて、お喋りはここまで。ここからはとにかく生き残ることと、逃げ切ることだけを考えなさい。いいですね?」


 コルテに尋ねる前に、彼が思考を切り替えてしまったようで。言葉にして尋ねることができなかった。ハッと我に返り顔を上げ、一つ頷く。レイの様子を確認し、コルテは最後にと続ける。


「僕が言ったこと、覚えてます?」

「覚えてるよ。お前の前に出ないことと、離れすぎないようにすることだろ」

「ええ、そうです。たとえ転んで遅れても、待ってあげませんからね?」

「そんなにヤワじゃないし、俺だって一応軍人で訓練もしてるんだ。なめんなよ」

「上等。では、行きますよ」


 コルテの言葉を皮切りに、二人は抜け道から渡り廊下へ一気に飛び出す。


 瞬間、影達も一斉に動き出す。それぞれが得物を掲げ、向かってくる。彼らへ怯むことなく、寧ろ果敢に駆け出すコルテ。

 その手に持つのは二丁拳銃。伸ばした腕の先、有象無象に向けて唸る彼の銃。


 一発、二発。正確に命中させるその光景は圧倒的。コルテに並んだ影も、彼よりはるかに大きい影も、その悉くが銃撃の前に倒れ伏す。敵影には、彼と同じく銃火器を使用するものもいた。


 銃声が交差し木霊する渡り廊下。

 繰り広げられる激しい攻防戦。

 そんな中を、コルテはまるでダンスのステップを踏むように、軽快に動く。


「あははっ!遅いんですよ!」


 彼は先程、己を戦闘狂と言った。その言葉の通り、彼は戦いを、銃声が鳴り響くこの空間を、誰よりも楽しんでいるように見えた。

 不遜に笑って、敵を欺いて、子供が悪戯をするときのように、瞳を純粋にキラキラさせて。


 そんな様子を垣間見て、レイはコルテがカーサである事実を、まざまざと思い知らされた。背中に冷や汗が伝う。

 彼の滑らかに動くその姿には、一切の無駄がない。レイと殆ど背丈の変わらない身体で自在に動き、また一体と撃ち抜いていく。


「よっと」


 影が投擲した長物が、渡り廊下の柱に突き刺さる。好機と睨んだのか、コルテはそこにジャンプして立ち乗った。

 不安定な足場であるにもかかわらず、リロードを完了させた二丁拳銃で鉛玉の雨を降らす。バシバシと激しく降り注がれる雨霰。赤い水たまりが床に広がる。


 次にコルテは今いる場所よりも高い位置に刺さっていた長物に軽快に飛び移り、どういうわけか柄の部分に腰かけた。二丁拳銃を手から離し、床に落とす。

 その様子に、隙が生まれたと考えたのだろう。彼を挟み込むように二体の影がライフル銃を手に、両側からコルテを捉える。


 正確に狙いを定めて、コルテの頭を撃ち抜こうとして──撃ち抜かれたのは、構えていた影たちの方だった。


 銃口が、コルテが腕を伸ばして両手の届く位置まで来た瞬間。彼はその銃口をあろうことか、手で弾いたのだ。その衝撃で引き金から影達の手が離れ、銃を支えていた腕を支点にしてライフル銃は、くるりと半回転。

 結果銃口はコルテではなく、影達に向けられた。その一瞬の隙を、コルテは逃さなかった。遠慮なくその引き金を引く。

 思わず足を止めて見惚れてしまうほどに鮮やかな、コルテの一連の動作。


 レイの姿には目もくれず、コルテは膝を柄に引っ掛けて上半身を後方に逸らす。そのままレイの方へと銃口を向けてきた。


 撃たれる。反射的に感じて戦慄した瞬間。

 銃声の後にレイの背後から、布を裂くような悲鳴が聞こえた。


 驚いて後ろを振り向けば、そこには武器を構えていた影の一体が目に映る。レイの動揺なんて気にしないと、コルテは言葉にせずとも伝えてくる。

 彼はくるりと柄を中心に体を回転させながら、無遠慮にライフル銃を放つ。着地も完璧にこなし、弾の切れたライフル銃を捨て、先に床に落としていた二丁拳銃を再び手にする。そのまま止まらず、彼の演武は続行された。


 くるり、くるりと。

 美しいまでに回るその姿は、まるでダンサーのよう。

 硝煙のヴェールを纏い、銃声と影の悲鳴を音楽に。鉄火場というステージの演出を光らせるのは、飛び交う鉛と血の飛沫。


 ホルダーに二丁拳銃をスピンさせながらしまったダンサーが、舞台に幕を下ろそうとしている。

 背面に背負っていたショットガンを構え、彼は派手にフィナーレを飾った。


 気付いた時には渡り廊下の出口が、木っ端微塵に破壊されていた。前哨戦が終わりましたよ、そうコルテに声をかけられ、レイの身体は忘れていた呼吸を取り戻した。はぁあ、と一つ大きく息を吐けば、不思議に思ったのかコルテがレイに尋ねる。


「どうしました?」

「え、あ、いや……」


 そのあとに言葉が続かない。

 圧倒されていた、なんて陳腐な感想しか頭に浮かばなかった。それほどまでに目の前のコルテの動きは圧倒的で、本来ならば敵であるはずの彼が、味方で良かったとすら思ってしまうほど。

 だが茫然としていられない。まだ出口には辿り着いていないのだから。


「行きましょう」

「わかった」


 己の頬を叩き、レイは抜けてしまった気を戻してコルテの後を追うのであった。

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