第八十節   作戦会議を立てて

 それはレイがコルテと出会った出会った頃まで遡る。


 レイはコルテに協力を依頼して、コルテはそれを受け入れた。その次に彼はあることをレイに告げる。


「貴方をここから脱出させるために、僕に三日ください。この城の内部の情報は、貴方も欲しいでしょ?」

「それは……そうだけど」

「なら決まりです。三日後の今の時間に、僕は貴方を迎えに来ます。ですがその時まで僕と協力関係にあることや、貴方が脱出しようとしていることを相手に勘繰られてはなりません。だからバレないよう演技しててくださいね」

「……わかった」

「そんなに演技力に自信がありませんか?好きじゃない相手に、あんなことをされても動じなかったくせに?」


 コルテのあんなこと、という言葉でレイの顔に熱が集まる。思い出さなくてもいいことを思い出してしまったのだ。確かに好意を抱いていたわけではなかった。そんな相手に自分の股間を弄られた事実が、レイに羞恥心を呼び戻させる。思わず声を荒げてしまったレイ。


「う、うるさいな関係ないだろ!?というか、いつ知ったんだよ!?」

「いつって、あの日ですけど?僕はその時、この部屋の外で監視役をしていましたから。貴方の喘ぎ声が廊下にまで漏れてたから、ある程度の予想はついてました」

「ふざけんな忘れろよ!?」

「よしよし、怒れるだけの元気を取り戻しましたね」

「お前!」

「その元気があれば、三日は耐えられるでしょう?」


 なんだかいいように手の平で行動を転がされている気がするが、あまり騒いでもバレてしまうと注意を受け仕方なく閉口する。コルテから最後に、迎えに来る日はすぐ出られるように準備をしてくださいと言葉をかけられた。それに対して頷き、その日はコルテと別れるのであった。


 そして作戦決行当日。レイは脱出作戦がどうにかバレないように振舞っていた、つもりである。今のところ相手側も特段違う動きをするでもなく、レイの監視等々もいつも通り行っていたように思えるが、果たして。そして予定の時刻より余裕をもって、部屋にコルテが訪ねてきた。


「どうも。準備できてますか?」

「え、あ、早くないか……!?」

「まぁそうですね。ですが、貴方にこの城の内部構造を伝えておこうと思いまして。情報は戦では大切な武器です。事前に調達して当然でしょう?」

「それは、そっか……」


 コルテはサイドテーブルに、城の内部構造を簡易的に記した地図を広げながら説明し始める。まず自分がいる部屋は城の屋上付近に場所であり、城の外に出るためには階層を下っていかなければならない。さらにエントランス方面に出るためには長い渡り廊下を通る必要がある。


「な、長い……」

「確かに長いですけど、そう悲観的にならないで。抜け道を見つけましたので、そちらを使いましょう。ただそれでも渡り廊下は進まないといけませんが」


 そして、そこを抜ければダンスフロアがあり、その先にあるのがエントランスだ。渡り廊下を抜けてしまえば、出口までは目と鼻の先だとコルテは伝える。それならば城内全域の全力疾走はしなくて済みそうで胸を撫でおろす。しかし彼の説明を聞いている中で、一つ懸念が生まれたレイ。恐る恐るといった様子で尋ねてみる。


「……もしエインのみんなに会ったら、戦わなきゃならない、のか?」

「何を当たり前のことを。戦わずして逃げられるとでも思っていたんですか?」

「そんなことない。そんなことないけど、その……あの人たちは根っからの悪じゃない、はずなんだ。だから、もし戦うことになっても殺さないでほしい」

「……根っからの悪じゃないと、そう言い切れる根拠は?」

「根拠は……ないかも。でもエインの人たちは全員、俺たち仲間の関係者で、そんな人たちが最初から絶対悪であるとか、思えない。思いたくない。もし助けられる方法があるのなら……」


 その方法を見つけたい、と。レイのその様子に一度大きくため息をついてから、それでもコルテは彼にある真実を明かす。


「まぁ、根っからの悪には思えないのはそうでしょうね。彼らには全員、あの贋作グレイプニルが装着されているのですから。通常の状態とは言えないでしょう」

「え!?」


 その事実にレイは驚愕する。

 贋作グレイプニル。真作グレイプニルを模して造られた模造品。その足枷に嵌められている宝石によって催眠効果のあるチャームとしての役割を果たし、真作のグレイプニルと違わない効果を発揮するという代物。嵌められた者は例外なく、嵌めた人物に従属する術が掛けられるそれが、エインである四人に嵌められている。

 全く気が付かなかった。言葉にしていないが表情に出ていたのか、コルテにそこを突かれた。


「もしかして、気付いてませんでしたね?」

「う……」

「まぁ気付けないのも無理はありません。貴方はすっかり意気消沈していましたからね。気付けるものにも気付けなかったのでしょう。責めはしませんよ」

「……で、でもそういうことなら!贋作グレイプニルを破壊できたらその人は元に戻るんじゃ!?」

「どうやって?そも普通に破壊したところで、本当にその人が元に戻るという保証はどこにもありませんよ?」

「そ、それ、は……」

「それに第一、貴方の今の目的は何ですか?彼らを救うことですか?そっちを優先するのなら、僕は力を貸しませんよ?」


 彼の指摘で我に返る。今の自分の目的は、この城から脱出することだ。それ以外のことに時間をかまけている暇はない、とコルテに言外に説教をされた。一つ謝罪してから、それなら尚更彼らと戦闘になっても殺さないでほしい、そう強く願い出る。そんな様子にコルテも、やや納得してくれたのだろう。仕方ない、とぼやかれた。


「わかりましたよ、巫女さんの頼みです。貸しということで、いいですね?」

「もしかしてその代わりに、ここから出たらカーサに入れとか言うのか……?」

「まさか。本当に欲しいものは、自分で動いて手に入れてこそ、価値があるというものです。そうですね……まぁお返しの内容は今は秘密ということで」

「秘密って」

「いいじゃないですか、二人だけの秘密。なんだか共犯者みたいで、ワクワクしません?」

「お前がカーサじゃなければな……」

「あらら残念」


 コルテは地図をしまいながら残念そうに、しかし軽快な声で呟く。いつの間にか武装していたようで、様々な銃火器を装備している姿に驚いた。呆気にとられていたが、そろそろ時間ですと告げられ気を引き締める。


「ああ、僕からいくつか。約束通り、エインの人たちは殺しません。ですがそれ以外の有象無象は諦めてください。そこまでお人よしになれませんし、そんな甘い考えでは貴方は足手まといにしかならない」

「ッ……」

「女神の巫女ヴォルヴァだからって全てを救おうとするのは、ただの傲慢となんも変わりません。貴方は貴方が心から救いたいと思えるものだけを守りなさい。いいですね?」


 その言葉の重さを、レイは理解しようとする。本当に大切なものを守るために、ふるいをかけろとコルテは言っている。わかっている、こんな状況の中だ。逐一相対する全員を救うなんてことはできない。たとえルヴェルにいいように操られているのだとしても。でも本心を言うのなら、自分の戦いに巻き込んでしまった人たちを救いたかった。それが無理だと告げられて、飲み込むには時間がかかる。だからレイはわかったと答えずに、こう告げた。


「俺は、俺のせいで巻き込まれる人たちのこと、絶対に忘れないから」

「……その覚悟があるのなら、貴方はこれからもっと強くなれる。ふふ、いつかそんな貴方と戦ってみたいものです」


 にこりと笑ったコルテは、言葉をさらに続けた。


「さて、この部屋から出たら僕たちは脱出のための行動に移るわけですが。その時に注意しなければらないことがあります」

「注意すること?」

「はい。まず見た目でわかると思いますが、僕はこれらの銃火器を使います。その時に予想外の動きをされては、貴方を出口まで案内することができない。だから一つ目は、絶対に僕の前に立たないこと」


 間違って狙撃してしまうなんてヘマはしませんがね、と軽口を叩くコルテ。

 そして二つ目の注意点として、離れすぎないようにと説明を受ける。遅れたとしても待ちませんよと念を押され、それに対してわかっていると答え返す。


「いい返事です。元気があるときの貴方は、僕は嫌いじゃないですよ」

「馬鹿にしてんのか?」

「そんなことありません。素直に褒めてるんですよ、馬鹿になんてしてません」


 そう言いながらコルテがドアノブを掴む。レイも手にした自身の愛用の杖を、今一度しっかり握りなおす。


「準備はいいですね?」

「ああ、いつでも」

「よろしい。では──」


 脱出ゲームのスタートです。


 コルテの言葉を合図として、レイは彼と共に走り出すのであった。

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