第七十九節  集まった手がかりを手に

 襲撃を受けた枝垂れの町サクラ。情報収集に際して影響があるかと一抹の不安があったが、それは杞憂に終わった。理由として、ヤテンの情報屋があるということを、町の人たちは知らないのだそうだ。

 何故、町の人に情報屋の存在を知られないままでいられたのか。それはこの情報屋に入る前にアヤメが解除して仕掛け直した、カスタニエ流忍術の一つである絡繰りのお陰である。認識疎外の術の一種にも思えるが、それとは似て異なる術とのこと。


 さてそんな状況の中、ヤテンの情報屋で資料まとめを手伝いながら情報収集を始めた翌日のこと。情報屋の調査員として各地に散らばっているヤテンの部下たちに対して、彼は一斉に伝令を飛ばした。

 内容は、エイリークたちの依頼についてだ。今どこに姿を晦ましているかわからない、ルヴェルについての情報収集。調査は困難なものなのだろうと思っていた。


 しかしヤテンの情報屋には優秀な調査員が揃っているようで、すぐに多くの情報が入ってきていた。予想を超える速さにエイリークたちは、その手のプロに任せて正解だったと言葉を交わす。

 自分たちではおそらく、ここまで迅速に情報を集めることはできなかっただろう。協力してくれたことにあらためて感謝をしつつ、適格な情報をピックアップする作業をしていくことにした。

 この作業が案外時間がかかるものであり、作業が終わった時にはすでに日は落ちていたらしい。だが丁寧に集められた情報を整理した結果、正確な報告書が完成した。

 目まぐるしく働いていたエイリークたちに、まずはお疲れさまとアヤメが淹れたての番茶を差し入れしてくれた。暖かいそれを飲めば、疲労が内側から溶けて消えていくようである。


「お疲れ様っす」

「ありがとうございます、アヤメさん」

「いいえ~ウチの大切なお客様っすもん。寧ろ手伝ってもらっちゃって、面目ないっす」

「そんな、気にしないでください。大丈夫ですよ」

「優しいっすねエイリークは~。感謝感激!」


 そんな風に談笑しながら資料を整理し終えたエイリークたちは、まとまった報告書を囲むように座り、目を通す。

 今回の情報収集で得た情報は、ルヴェルの居場所についてだった。彼の企みについてはまだ不明瞭な点が多く、もう少し情報を集めて煮詰めてから報告したい、とヤテンから告げられる。その点についてはエイリークたちも同意する。より明確な情報を手にしてから、諸々の対策を立てたい。

 その翌日のこと。最初の時のように集められたエイリークたちに、ヤテンから調査結果を伝えられる。


「さて、では報告させてもらうがいいか?」

「はい、お願いします」


 報告書によれば、ルヴェルがいるであろう場所はヴィグリード平原と淀みの森の間とのことだ。一見しても何も見えない場所だが、とある場所から一定の位置に、認識疎外の結界に使われる核が設置されていた、とのこと。

 認識疎外の結界が張られてあるならば、居場所が掴めないのも無理はない。何も見えないものを見つけるなど、普通は考えられないことだ。


「その結界内に入ることは、現在では不可能だ。それを設置した人物であるならば、解除せずに侵入することができるが……それはないと言っていいだろう」

「では中に入るためには、その結界をどうにかしないといけないのですね?」

「その通りだ」

「その結界を破壊することはできるのか?」

「結界を展開している核を破壊すれば、破壊はできなくても解除することができる」

「その方法は?」


 その質問の答えもあるとのことで、ヤテンが続ける。

 認識疎外の結界になっている核は、その中心から四方に分かれた位置にある。その四点に、異なる性質の技で同時攻撃することで核内のバランスが崩れ、破壊に至れると。


「異なる性質の技?術の違いってこと?」

「……いや、その程度の破壊方法ではあるまい。おそらく、異なる種族の力ということではないか?」

「俺も彼女と同意見だ。もし術の違い程度なら、認識疎外の結界を自分の拠点となるような場所に張る意味がない。簡単に破られる術を展開して、はいどうぞと手招きする理由がルヴェルにはない」

「確かに。簡単に破られる結界なんて、あってないようなものだしな」

「グリムさんとヤテンさんの見解はつまり、異なる種族が四人集まって、四点を同時に攻撃するということになりますか?」

「その通りだリョースの」


 異なる種族を四人。普通なら集めることすら困難だが、ここには不幸中の幸いともいうべきか、その問題点をクリアできる四人が揃っていた。

 バルドル族のエイリークにリョースアールヴ族のケルス、デックアールヴ族のグリムに人間のラント。この四人が同時に核に攻撃すれば、結界を破壊することは可能だろう。


 ただし問題はそのあとだ。結界を解除しルヴェルの拠点を明らかにしたとして、そこからどのようにしてレイのことを救出するか。

 結界の核を破壊するために、エイリークたちは散開していなければならない。レイを迎えに結界の外から内側に侵入し、またそこから脱出するためには、どうやっても時間がかかってしまう。

 その間に万が一結界を張り直されでもしたら、脱出はおろか救出も不可能となってしまう。最悪の場合、二度とルヴェルの居場所を掴めなくなる。それは何としても避けたいところだ。さてどうするか。

 そこに助け舟を出したのは、一緒に報告を聞いていたアヤメだった。


「なら、結界の核の破壊はウチが担当するっすよ」

「でも、いいんですか?」

「勿論じゃないっすか!幸いウチは人間。代役代わりにはなるっす!」


 からりと笑う彼女に、エイリークたちは互いを見合わす。エイリークはラントに一つ頷く。どうしようかと迷う表情のラントに、言葉をかける。


「約束したよね、絶対迎えに行こうねって」

「エイリーク……」

「レイのことを迎えに行く役目、ラントが出来るなら俺は任せたいな」

「……わかった」


 ラントはアヤメに向き直ると、頭を下げて結界の核の破壊を依頼する。堅苦しくしないで大丈夫だと彼女は笑い、依頼を快く引き受けてくれた。

 次に破壊のタイミングについてだが、ヤテンがそれに関係あるかもしれないと、気になる情報があると告げてきた。


「実は昨日……。つまりサクラの町が襲撃にあった日、ある人物から部下に一つのタレコミがあった」

「タレコミ?」

「ああ、その人物はこう言ったそうだ」


 三日後、城に捕らえられているうちの一人の女神の巫女ヴォルヴァが城から脱出するために動く。その時に、我らが城の周りに張った結界を解除してもらってもいいだろうか。時刻は夜明け前、4の時。これに対して返答はいらない。しかし動かなければ女神の巫女ヴォルヴァは永遠に幽閉されてしまうだろう。


 その言葉を聞いて、まるでその人物が脱出の手引きをしているように感じた。情報源である人物は誰かと尋ねてみる。


「名前は名乗らなかったが、身に纏っていた衣服はカーサのものだったと、調査員は報告してきた」

「カーサだって!?」


 まさかの情報源に動揺する。何故カーサがここで関係してくるのか。しかも告げられた情報を整理すると、ルヴェルの拠点に認識疎外の結界を張ったのはカーサということになる。エイリークたちの中で、その情報に対する信憑性が一気に薄れてしまった。

 相手はカーサだ。ここ二年の間大きな動きがなくて大人しくしていたというのに、未だに虎視眈々と世界征服を目論んでいるのか。しかもルヴェルと協力関係だったと示唆するようなことまで。


「……だけどこの際、情報源が何処だろうと関係ない」


 不安になるエイリークの中で、強く告げたのはラントだった。


「罠かもしれないなんて十分承知だ。それでも、そんな危険な賭けだとしても。一縷でも希望があるのなら、俺はレイを助けに行く」


 迷いのない彼の言葉に、問題に対しての真偽を疑っていたエイリークの迷いが消される。そうだ、こちらが不利なことなんて今に始まったことではない。

 不利な状況の中でも、小さな希望を信じて行動する。自分たちはいつだって、そう行動していたではないか。


「……そうだね。俺たちに迷ってる時間はなかったね」

「ああ、そうだろう?」

「ありがとうラント。迷ってたけど、俺も決めたよ。その情報に賭けよう」


 いいよね、と彼はケルスとグリムに視線を投げる。ケルスはにっこりと笑って頷き、グリムは小さく笑って勝手にするがいいと言葉をかけてきた。


「じゃあ、認識疎外の結界を解除する作戦を立てよう!」

「わかった。それならばこちらも最大限協力しよう」

「ありがとうございますヤテンさん!」

「ウチも勿論協力するっすよ~!」

「ありがとうございます!」


 活気づく情報屋の中。快く協力を申し出たアヤメに、ヤテンが声をかける。


「ルヴェルに関してのことだが、それについてアヤメ。お前に話がある」

「ウチに?なんっすか先輩?」


 エイリークはヤテンの切り出しで、昨日話していたことについて彼女に真相を伝えるのかと理解する。笑顔でいたアヤメだったが、ヤテンの纏う雰囲気で真剣な話なのだと感じたのだろう。佇まいを正し、彼の話を聞くのであった。

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