第七十八節 新たな情報を掴むため
枝垂れの町サクラの、ある地下に通じる路地裏。攻撃してきた町の人たちから無事に逃げ切ったエイリークたちは、アヤメの先導で彼女の先輩が営んでいるという情報屋の前まで辿り着く。
簡単に見つからないよう、絡繰りが施されている情報屋だということだが、そこは同業者のアヤメがいることで、簡単にそれを解除することができた。
彼女が絡繰りを解除している間、エイリークは大きく呼吸を繰り返していた。先程表に出てこようとしていた裏人格の自分を抑え込むために、思った以上に力を使っていたようだ。苦しそうに呼吸を繰り返していた自分に、ここまで来るまで肩を貸してくれていたグリムが尋ねる。
「大事ないか?」
「うん、ありがとうグリム……。だいぶ、落ち着いてきたよ」
「エイリーク、大丈夫っすか?さっき凄い苦しそうだったけど……」
「それについては、あとで説明します……」
それよりも、とエイリークはケルスを見る。石が当たった部分から血が流れていたが、ラントが手拭いを使いそこを抑えていた。
「ケルス、大丈夫……?」
「はい。その……ごめんなさい」
「ケルスが謝ることじゃない。でも、少し迂闊な部分もあったな。あの状態の人たちに何を言ったところで、裏目に取られるし火に油だったぞ」
「はい……」
「とにかく、中に入ったら手当てしてもらうっすよ」
アヤメが絡繰りを解除し、エイリークたちを地下へと案内する。全員が地下へを潜ったことを確認した彼女は、もう一度絡繰りを仕掛けるからと先に店に入るように促した。
体力が回復したエイリークを先頭に、アヤメの言葉に従って目の前にある引き戸の扉に手をかける。そのまま左へ扉をスライドさせ中に入ろうとした瞬間に、その喉元に刀の切っ先が宛がわれた。微塵も隠さない殺気に、思わず身を引くエイリークである。
「な……!?」
「答えよ、貴殿は我らに仇名す者か」
低い体勢で、嘘は許さないと言わんばかりの鋭い問いかけ。仇名す者ではないはずだが、どう答えるのが正解なのだろう。答えに詰まっていると、慌てたように背後からアヤメが声をかけた。
「ああそうだったごめんなさいっす!すみませんウチです、アヤメっす!」
アヤメがエイリークの前に出て、刀を突き付けていた人物に弁解する。その様子に相手は一瞬気を緩ませ、彼女に問いかけた。
「ヴァイズング家の?」
「はい、ヤテン先輩に用があるので参上した次第っす。彼らはウチのお客さんであって、例の一族じゃないっす。簡単な事情は話しちゃったっすけど、それでも信用に足る人物たちだとウチは判断しました」
彼女の言葉を確認するように相手はエイリークたち一人一人を、品定めするように確認する。やがて理解してくれたのか、ようやく刀をエイリークから下ろす。敵意がないとわかってくれたようで一安心だ。気付けば奥からぞろぞろと人が現れ、閑散としていた情報屋は人の気配にあふれた。その中から長身の男性が近付く。
「ヤテン先輩、お久し振りっすー!」
「誰かと思えばお前か、アヤメ」
「どもっす。色々話したいこととかあるんすけど、怪我人がいるんす。手当てしてもらってもいいっすか?」
「いいよ、お前の頼みだ。こちらへ」
アヤメがヤテンと呼ぶ男性に案内され、用意されていた椅子に腰かける一行。彼はケルスの怪我の手当てをほかの人物に指示する。指示された人物は薬箱を用意すると、彼に近付き怪我の具合を見る。
その人物が言うには、見た目ほど深い傷ではないとのこと。適切な処置を受ければ傷跡も消えるだろう、と。そのことを聞かされてようやく安心したエイリークは、はぁ、と安堵の息を漏らす。
「ありがとうございます」
「なに、これくらいならお安い御用だよ」
にこりと笑うと、ヤテンと呼ばれた人物は自己紹介をする。
「改めて、いらっしゃいませ。俺はヤテン・ヒンメル。彼女の、アヤメの先輩にあたる人物だ」
よろしく、と手を差し出される。敵意のないそれにエイリークはその手を握り、己も自己紹介をする。次に自分の仲間のことを紹介した。
「さて……お前たちは何処まで、我らのことを知ったのかな?」
自己紹介が済んだところで問いかけてきた、ヤテンの鋭い視線。その鋭さが、情報漏洩の危うさを物語っているようだった。エイリークはここに来るまでの経緯と、アヤメから教えてもらった忍のこと、彼女たちを取り巻く環境についてなどを嘘偽りなく話す。
すべて話し終わった後、ヤテンはため息を吐きアヤメに苦言を呈した。
「つまり、やむを得ない事情でそのほとんどを話してしまった、と」
「面目ないっす……。でも本当に、背に腹は代えられないと言いますかなんと言いますか。とにかく、緊急事態だったんすよぅ」
「はぁ……わかった。今回の件は頭領には秘密にしておこう」
「わぁあん先輩ありがとうっす~!恩に着るっす~!」
助かったと言わんばかりに、アヤメは手を組んで泣くような動作をした。問題が一つ片付いたところで、ヤテンに情報収集の協力依頼を頼む。
「ヤテンさん、どうか力を貸してくれませんか?俺たちはどうしても、ルヴェルについての情報が欲しいんです」
「……その理由を問うても?」
「そういえば、ウチもまだ理由を聞いてなかったっす。教えてもらってもいいっすか?信用問題にもかかわることですからねぇ」
アヤメとヤテンの言葉に、エイリークはまず仲間たちを視線を交わす。一瞥するとラントもグリムも、手当てを受け終わったケルスも頷く。話した方がいい。それが仲間の見解だった。エイリークも同じ考えだったため、実はと切り出した。
自分たちが今ルヴェルと対峙していること、仲間の一人がルヴェルのところにいるということ、その仲間が女神の
エイリークたちの話を黙って聞いていたアヤメは、そんな大変なことを背負っていたのかと声をかけてきた。彼女はヤテンに向き直ると、こう告げた。
「先輩、ウチは情報屋として彼らに協力すると依頼を受けました。それを抜きにしても、ウチ個人が、彼らに協力したいっす。だからウチからも頼みます、先輩の力を貸してくださいっす」
「アヤメさん……」
エイリークたちやアヤメの様子を見たヤテンに、何が去来したのか。一度瞳を閉じてから、彼は自分たちに答えた。
「そういうことであるならば、こちらも力を貸そう」
「ありがとうございます!」
それからエイリークたちは、依頼内容を確認する。欲しい情報はルヴェルの最大の目的と彼の潜伏先を割り出し。なるべく早めに情報がほしい旨を告げると、ヤテンは自身の情報屋の仕組みを教えてくれた。
ヤテンの情報屋は世界各地に調査員を派遣していて、仕入れた情報屋は「口寄せ」という術を通じて、この店に仕入れられるのだと。
「口寄せ?」
「ケルス国王の召喚術とは、似て非なるものにございます」
カスタニエ流の忍が使用する「口寄せ」とは、自身が見た情報を魂に刻み、それを体内から放出させてこの情報屋まで運ぶための術であると、ヤテンが説明する。放出された魂は情報屋にいる人物に憑依し、その人物を介して、情報が調査員から伝わるというものであると。
魂の放出、という言葉に一瞬最悪の事態を想像してしまったエイリークたちであるが、放出する魂は端的に言えばその者が体内で練り上げたマナの塊であり、厳密にはその人物の魂そのものではないらしい。術者の身体に影響はないらしいとのことで、安堵の息を漏らす。
「多くの情報を短期間に欲しい、というわけだね?」
「はい。無茶なお願いというのは百も承知です。それでも俺たちは一刻も早く仲間を……レイを助けたいんです」
「わかった。それなら今から各地に散らばっている調査員たちに伝令を送ろう。アヤメ、手伝ってくれるか?」
「モチのロンっす!」
手筈が整ったらすぐに伝令を送る、と教えてくれたヤテンに改めて礼を告げる。彼からは集まってくる情報を整理するための資料がいるとのことで、それをまとめる手伝いを頼まれた。自分たちにできることならと、エイリークたちは寧ろ手伝いを買って出た。
善は急げと、早速資料のある場所まで案内され移動する。その先で個別に用があるとのことで、エイリークはヤテンに呼ばれた。
なんだろうかと思いながら資料室の廊下に出る。二人だけになった廊下で、静かにヤテンが話し始めた。
「実は、お前たちが来る前に仕入れた情報で、まだ伝えてないことがあるんだが」
その言葉で思いついたのは、ルーヴァについてのことだった。まさかと思い、尋ねる。
「もしかして……ルーヴァさんのことに関して、ですか?」
「気付いていたのか?」
「アヤメさんの名前を聞いたときに、俺たち全員が気付きました」
「成程な……。ルーヴァとは俺も面識があってな。そんな彼が今、蘇生を果たしてルヴェルのエインに成り下がっている。そんな事実を、お前たちははまだアヤメに伝えてないのだろう?」
「はい。いつかは話さなきゃとは思ってます。でもまだタイミングが掴めなくて」
「そうか……。そのタイミング、俺に任せてくれないか?」
彼の突然の申し出に、理由を尋ねる。
理由としてヤテンは、忍としてのアヤメの在り方を見極めるためだと告げてきた。
カスタニエ流の忍には掟があり、そのうちの一つに身内の不始末は身内でつけるというものがある。この不始末とは詰まる所けじめであり、端的に言ってしまえば処刑を意味するのだそうだ。
「処刑……!?」
「カスタニエ流の忍には、忍であることへの矜持と誇りを持つよう教育される。それを反故にした不届者は、一族狩りの末裔と同じだと、代々言われ続けていた。実際に処刑や暗殺が実行されたこともあるんだ」
「それと、アヤメさんの忍としての在り方というものに、どういう関係が?」
聞けばアヤメは、これまでのカスタニエ流の忍の中でも特に秀でた才能と実力を持つ人物であるとのこと。ただ、身内に対して甘い面も持ち合わせているらしい。
そんな彼女の本当の意味での身内である、ルーヴァの掟破りとも思える行動。その事実に直面した時の彼女の反応を、ヤテンは見極めたいのだとエイリークに告げた。
「……わかりました。その時は、俺たちもその場にいさせてください」
「承知した。恩に着るよ」
そんな秘密の約束を交わし、エイリークとヤテンは資料室へと戻るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます