第五話

第百一節   すべてを取り戻すため

 翌朝。ムスペルース港に到着した一行は、そこに滞在していたミズガルーズ兵に声をかける。ミズガルーズ兵はレイたちのことを既にシグ国王から伝えられていたらしく、待っていたと答えると彼らを船に案内した。

 港に停泊していた船には見覚えがあった。二年前世界巡礼の際にお世話になった、あの水陸両用の軍艦だ。こんな立派な船に乗ってもいいのかと一瞬たじろいだが、シグ国王自らが手配した船となれば、その行為を無碍にすることはできない。さらに控えていたミズガルーズ兵が言うには、ヴァラスキャルヴ国からミズガルーズに応援要請が来ていたらしい。そのためこの船に乗船している兵たちもみな、自分たちと目的地が一緒なのだと告げられる。ヴァラスキャルヴ国の名前を聞いたケルスが、ふと言葉を漏らした。


「ヴァラスキャルヴ国からの応援は、もしかしたらアウスガールズ本国にも届いているかもしれません」


 その言葉に反応したレイが、思い出したようにケルスに声をかける。


「あーそっか、そこの二国は同盟国同士なんだっけ」

「はい。みなさん無事でいらっしゃるといいのですが……」

「きっと大丈夫だよ、信じてあげよう?」

「……!はいっ」


 その言葉にケルスは笑顔で答えた。彼の曇りのない笑顔に笑い返してから、レイは仲間たちを呼ぶ。これから向かうルヴェルの城の内部構造等を伝えるためだ。そんなことがわかるのかと驚くみんなだったが、レイはそんな彼らの前にとある地図を広げた。それはルヴェルの城の内部構造が記された地図。事細かに記されてあるそれに、仲間たちは食い入るようにそれを見た。


 その地図の存在自体を知ったのは、レイ自身もつい先程のことだった。

 いつの間にか自分の軍服に、いつぞやの脱出の際にコルテから見せてもらった地図が隠されていたことに気付いたのだ。その地図を見てレイは、コルテが何のためにスパイをしていたのか、またどうして脱出の際に力を貸してくれたのかを理解した。

 もちろんカーサとしてレイを最終的にルヴェルから奪うためかもしれないが、この地図を完成させて自分に渡すためだったのではないか。ここにコルテはいないから本当のところはわからず仕舞いだが、そう考えることにしよう。余計なことを考えて、他の考えが疎かになってしまうことは避けたかった。


 エイリークたちには、地図を入手した本当の理由は話せない。話したらきっと混乱させてしまう。どうやってこんなものを手に入れたのかと問われれば、脱出する際に掠め取った、と答えるしかなかった。


「まぁそんなことよりも、これを見たらわかると思うんだけど……。ルヴェルのところに辿り着くまでに、エインたちの障害があるのは確実だと思う」


 以前城から脱出する際は、コルテが見つけたという裏通路を使ったレイだが、今回の正面から突入することになる。それは城の入り口が一つであり、裏口のようなものが一切ないことで、そうする他に城へ入る手段がないからだ。


 そして肝心の城内構造。入口の次にエントランスがあり、エントランスの奥の扉を開けるとダンスフロアがある。そのダンスフロアの先には長廊下があり、そこを抜けると螺旋状に続く階段があるのだ。そして城の最奥、謁見の間までには4つの階層があるのだ。さらに謁見の間に行くためのルートがそれ以外なく、絶対にその4つの階層を突破しなければならない。各種階層に四人のエインが控えているのはほぼ確実と言っていいだろう。


「けど、俺たちに時間の猶予はないと思う」

「だろうな。貴様にはあ奴の、女神の巫女ヴォルヴァとしての力が奪われる術がかけられているのであろう?」

「うん。……ごめん」

「責めているわけではない、自惚れるな」

「はは、ありがとグリム」


 そう、実際のところレイたちに時間の猶予はない。レイは城外にいる場合はなんの問題もなく行動できるが、ルヴェルの持つ『聖なる宝玉』に、彼に繋がる触媒を封じ込められている。一方的にパイプを繋がれた状態であり、それを起動させることで、レイから女神の力を奪っているのだ。しかもそれは城内に突入した途端にその術が発動してしまう。いくら対抗策として魔剣ダインスレーヴの魔力が宿っている腕輪を装着しているとして、それが絶対だと断言はできないでいる。あくまでこの腕輪は、女神の力を抑え隠しこむための物でしかない。

 よって、レイたちは短期決戦以外に選択肢はなかった。そしてそのために、相対するエインに一人一人全員で立ち向かうのではなく、なるべくなら一対一に持ち込む形をとることになる。問題は誰が誰の相手をするか、というところだが。


「……悪いが、弟のことは俺に任せてくれないか?」


 一番最初に、ラントが仲間たちに声をかけた。弟というのは、彼の実の弟であり今はルヴェルのエインであるツェルトのことだ。


「ラント……」

「言ったろ?弟のことは、全部俺の責任。俺が片付けなきゃならないことだって。他の誰でもない、俺自身が向き合わなきゃならないことなんだ」


 だから、頼む。

 ラントの覚悟を、その一言から感じた。それはレイ以外のエイリークたちも同じらしく、笑って彼の肩をポン、と叩く。


「わかった。俺はラントのこと、信じてるからね」

「エイリーク……ありがとな」

「当然!」


 次にラントに続くように、アヤメが声をかけた。


「じゃあウチは、ルーヴァのこと叱りに行くっす!」

「アヤメが?どうして……?」

「そういやレイには言ってなかったっすね。ルーヴァは、ウチの弟なんすよ。だからラントとおんなじ理由で、姉弟喧嘩を誰にも邪魔されたくないんす」


 にこ、と何事もないかのように笑う彼女に、意見はできなかった。一つ頷いてから頭を下げる。お願いしますと告げれば、元気一杯といった様子でアヤメは引き受けた。

 残りのエインは二人。レイとエイリーク、グリムとケルスが残っている状況で、レイが衝撃的な意見を述べた。


「みんな……悪いんだけど、ルヴェルの相手は、俺にさせてほしい」


 その言葉がどれだけ危険なのか、レイ自身も理解している。しかしやはり同意しかねるのか、エイリークたちが抗議の声を上げた。


「何言ってんのさレイ!?それがどれだけ危険なことか、分かってるの!?」

「レイさん、早まってはいけません!貴方は城に入れば、女神の巫女ヴォルヴァの力を失ってしまうかもしれないのですよ!?そんなことになれば、ヤクさんとスグリさんを救出することだって!」

「ケルス陛下の言う通りっすよ!そんな綱渡りな危険な橋、渡らせるわけにはいかないっす!ただでさえ今でも弱体化しているっていうのに!」

巫女ヴォルヴァの、貴様が何を企んでいるのかは知らん。だがただでさえ時間がないと言ったのは貴様だ。にも拘らずそのような無謀を述べるとは。そんなに世界を崩壊させたいのか」


 エイリークたちの言葉はいたって正論だ。

 確かに自分が城に突入した途端、ルヴェルは聖なる宝玉を発動させるだろう。そして自分の女神の巫女ヴォルヴァの力を奪いにかかる。魔剣ダインスレーヴの腕輪がどれほどの効力かは、分からない。しかし一度脱出する際すでに、自身の女神の巫女ヴォルヴァの力は約半分ほどは奪われている。それに万が一腕輪の効力が宝玉よりも弱ければ、たちまちにこの力は奪取されるだろう。

 それに城の中でその力を使うことが、命取りになるということも十分承知だ。よって古代魔術を使うことはできない。自分の中にある女神の巫女ヴォルヴァの力が全てルヴェルに奪われた時点で、すべてが無に帰す。


 そんなことはレイ自身も、百も承知だ。仲間たちに余計な心配をかけさせてしまっていることも、理解している。それでもと、レイは仲間たちに強く告げる。


「わかってる。これが俺の勝手な我儘だってことも、十分理解してる。けど、俺はどうしてもこの手でアイツと決着をつけなきゃならない。女神の巫女ヴォルヴァとしてじゃなくて、レイ・アルマとして」

「レイ……」

「みんなに余計な心配まで抱えさせるのは、申し訳なく思ってる。それでも俺は俺自身のために、エインにさせられた魂たちのために、アイツとの因縁にケリをつけなきゃならない。だから……お願いだ」


 頭を下げる。しばらく困惑していたエイリークたちの中で、一番最初に声をかけたのはラントだった。


「世界と自分の願いを天秤にかけても、それがお前のしたいことなら……俺は止めないさ」


 その言葉にゆっくりと頭を上げて、彼の表情を窺う。彼の表情は晴れ晴れとしていて、全幅の信頼が寄せられていた。


「ラント……」

「俺はお前を信じてる。お前が俺にツェルトのことを任せてくれたように、俺もお前に奴のことを任せる。どうしても、やりたいことなんだろ?その責任も、全部分かったうえでなんだろ?」

「……うん」

「なら、俺はもう何も言わない。覚悟決めてるんなら、やれるさ。絶対に」


 レイの頭を撫でたラントが、次にエイリークたちに向き直る。


「行かせてやろうぜ、レイのこと。俺たちの自慢のレイをさ」


 その言葉に、エイリークたちは毒気を抜かれたように一つ息を吐く。見渡した仲間たちの顔に憂いはなく、にっこりと笑顔が戻っている。エイリークが一歩出て声をかける。


「そうだね……レイはいつも、やるときはやるもんね」

「なんだよそれ?」

「褒めてるんだよ。……ごめんね、女神の巫女ヴォルヴァじゃなくたって、レイは強いもんだもんね。俺も信じるよ、レイのこと」


 そして手を差し出される。その意味を理解したレイが、その手を握り返す。その手にケルスが、アヤメが、ラントが、そして今回はグリムも手を重ねた。


「……ありがとう、みんな。絶対、取り戻すから」


 しっかりと告げる。軍艦は、目標の城へと刻一刻と近付くのであった。

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