第百節    突入準備は整った

 シュムック火山の一件が片付いたレイたちは、ムスペルースの宿屋戻って驚愕することになる。ミズガルーズの国王であるシグが、護衛を引き連れてその宿屋にいたのだから。


 帰ってきて早々、宿屋の女将にとある部屋でお客様がお待ちですと伝えられたのだ。急ぎの用事もなかった一同は、そのまま案内をお願いすることにした。

 自分たちに客とはいったい誰だろうかと談笑しながら案内された部屋に入ると、あのシグ国王がいたのだ。予想外の客人にレイたちは動揺しながらも、国から離れて大丈夫なのかと尋ねてしまう。


「心配には及びません。我が国の軍隊が、しっかりと国と国民のことを護衛してくれています」

「そう、なんですか……。すみません、不躾な質問をしてしまって」

「いえ、構いませんよ。我が国のことを、心配してくださったのですよね。ありがとうございます」


 にこ、と笑うシグに、自分たちへ何の用事があるのかと聞く。それに対してシグは控えていた自分の護衛の一人を呼び、ある箱をレイたちに見せる。

 箱の中に入っていたのは、自分たちがシグに頼んだ核であった。贋作グレイプニルのチャームを破壊したのち、代替品として台座に埋め込むための核。


「これ、陛下がわざわざ……!?」

「これはエインにされてしまった魂をルヴェルから解放するための、大切な鍵。だから私自らが、貴方たちに直接手渡したかった。それだけです」


 どうぞ、と箱を差し出され素直に受け取る。深く頭を下げ、礼を告げてから早速レイはその場で、核に古代文字を刻む作業を行う。

 刻む古代文字はイングス。意味するところは「安定」である。

 今回この核の用途は、蘇生躯体に魂を繋ぎとめるためにあくまで一時的に、贋作グレイプニルに南京錠の役割を果たしてもらうこと。


 この核を贋作グレイプニルから外しても、蘇生躯体から無事に魂が解放されるようにと、レイは加えてゲーボという古代文字を刻む。ゲーボには「贈り物」という意味以外にも「自由」といった解釈もある。

 蘇生躯体に囚われないように、と祈りも込めている。どうか無事に、生命の輪に還れますように、と。


 古代文字を刻む作業も無事に終わり、核が完成した。これでルヴェルの城に突入するための下準備は、すべて整ったことになる。


「それと、私は貴方たちにある報告をしにここに来ました」

「ある報告?」

「ええ、現在のルヴェル城付近の様子についてです」


 エイリークたちが一度、レイ奪還のため突入する際に認識疎外の結界を破壊したことで、その全貌が白日の下に晒されることになったらしい。

 突如現れた城に、その城がある場所──淀みの森の管理国であるヴァラスキャルヴ国は、軍隊を編成。経過を観察していたが、今は突如ルヴェル城から湧いて出てきたという、死者の戦士たちと戦っている、とのこと。

 この情報を、シグはミズガルーズの世界巡礼中の部隊から伝えられたと教えてくれた。


「ヴァラスキャルヴ国の軍隊も、確かに強力な兵たちで編成されています。とはいえ相手は疲れを知らない、死人の戦士。徐々にですが、押されつつあるそうです」

「そんな……」

「しかし裏を返せば、それだけの兵を投入した城内は、手薄になっている可能性があります。エインは配置されているでしょうが、彼らを救うための邪魔は入りにくいとも考えられます」

「それなら、今すぐにでも向かえば!」


 今すぐにでも城へ乗り込みたい気持ちが込み上げるが、一度休憩して落ち着いてから出発したほうがいいと、シグに諭されてしまう。

 思えば自分たちは、シュムック火山から帰ってきたばかりであった。気持ちはわかるが、焦りは見えるものも見えなくなってしまうと諭されてしまえば、何も反論できない。シグの言う通りだ。


 仕方ないと諦め、出発は明日の早朝にしようと話が決まる。最後にと、シグが立ち上がり頭を下げる。突然の国王の行動にその場にいた全員が狼狽えるが、構わずに彼は言葉を続けた。


「最後に、私からお願いします。ヤクとスグリを……私の大切な部下たちを、どうか救ってください」

「陛下……」


 レイは不敬かもしれないが、シグの手を握り答える。


「はい、必ず……!!」

「ありがとう、レイ。貴方も辛い立場なのに、無理ばかり言ってすみません」

「謝らないでください陛下。俺が、そうしたいんですから。それに……」


 レイは一度仲間たちへ振り向く。次に笑顔を作ってから、シグにもう一度向き直って自信満々で告げた。


「俺はもう、一人じゃないから。だから大丈夫です!」


 レイの言葉を聞いたシグに灯ったものは、はたしてなんだったのか。彼は柔らかく笑うと、レイの成長を褒めた。

 シグは姿かたちは青年でも、中身は五百年以上生きている。人生においての大先輩であり、またミズガルーズ国にとっての父のような存在だ。元々ミズガルーズで育ったレイのことも、彼にとって大切な子供の一人なのだろう。自分の成長を、嬉しく感じたのかもしれない。


「……わかりました。ルヴェルの城まで行く船は、こちらで手配してあります。明日港に到着したら、滞在しているミズガルーズ兵に一言伝えてください。必ず現地までお送りします」

「ありがとうございます!」

「これで全ての話もまとまりましたし、貴方方をいつまでも拘束するわけにはいきませんね。私はこれで失礼します。今日はゆっくり休んでください」

「はい。陛下、本当に色々とありがとうございます」


 話が終わる頃には、陽はもうとっくりと落ちていた。その場で一同は解散することになり、今日はもう各々休むことに。

 エイリークとケルスは一緒に星空を見に、グリムとアヤメは温泉に入りに。

 レイは同室であるラントと、部屋の中でゆっくりすることにした。


 ******


 誰も入ってくることのない、ベッドランプだけが灯っている部屋。その部屋の中でレイとラントは、ベッドの上で抱き合っていた。決戦の前に、お互いの存在を確かめ合うように。


「……怖くねぇか?」

「……大丈夫。お前から沢山、勇気をもらったから」

「……そっか」


 ラントの、薄く焼けた肌が心地いい。レイはこの際だからと、ラントにあることを告白する。


「……ラント。弟さんのことだけど……。その、ごめん。俺のせいで──」


 その言葉はみなまで言う前に、ラントのデコピンによって遮られる。何事かとラントを見上げれば、そこには優しく笑う彼がいた。


「ばーか、お前のせいなんかじゃない。弟のことは、全部俺の責任なんだから。お前が余計に抱え込む必要ないっつーの」

「けど、俺がいなければラントは……」

「おい。まさかとは思うが自分が生まれなければ、なんて思ってねぇだろうな?」

「っ……だって……」


 レイは俯く。自分がいなければ、ラントはルヴェルのスパイになることはなかったのだ。彼の弟を、人殺しにすることもなかったのだ。

 もし自分が生まれてこなければ、彼らはまだ幸せでいられたのではないか。ツェルトがラントの弟だと知ってから、そんなことを考えてしまうようになっていた。

 言葉に詰まるレイに対して、ラントは深く溜息を吐いてから話し始める。


「そんなこと考えてるようなら、ガチで怒るぞ。俺はお前がいたから、色んなことに向き合えるようになったんだ。全部、お前がいなきゃ始まらなかったんだ」

「ラント……」

「弟のことは、全部俺の責任。俺が片付けなきゃならないことなんだ。お前が無理に抱え込むようなことじゃない。わかったか?」

「……ごめん」

「わかったのなら、もう謝んな」

「……うん。ありがとう、ラント」


 礼を伝えれば、優しく頭を撫でられる。

 やはり、この手は安心する。自分に力を与えれくれる。


「……全部取り返そうぜ。奪われたもの、何もかも」

「……ああ。絶対に、全部取り戻す。師匠たちも、俺の巫女の力も、エインにされたみんなのことも」


 そのための勇気と覚悟を持つために、レイはラントに抱いて欲しいと頼んだのだ。密かに抱えていた不安も、かき消してくれるようにと。ラントはそれを存分に叶えてくれたのだから、もう怖いものなど何もない。

 大丈夫、自分たちは必ず勝てる。


「なにか、してほしいことあるか?」

「なんだよ、甘えさせてくれるのかよ?」

「まーな。明日のためのゲン担ぎじゃないけどさ、いいだろ?」

「なんだ、お前が甘えたいだけかよ」

「うるせ」


 小さく笑ったレイは逡巡してから答える。


「じゃあ……頑張れ、のキスしてくれよ」

「そんなんでいいのか?」

「それがいいんだよ」

「わかった」


 そうしてお互いの唇を重ねる。咥内に侵入してくる舌の感覚を、忘れまいと積極的に絡める。求めあえば求めあう分、心の中にエールが貯まっていく感覚。

 十二分に堪能した二人は、どちらからともなく離れる。肌の温もりを感じながら再び抱き合い、存在を確かめる。


 負けに行くつもりなんて一切ない。またこの腕に抱かれるためにも、明日は全部を取り戻してやるんだ。そんな風に強く思いながらレイは決戦を明日に控え、微睡みに意識を傾けるのであった。



 第四話 END

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