第九十九節  魔を断つ剣

「バ……馬鹿ナ、アリ得ン!我ノ衝動ニ、打チ勝ッタダト!?」


 動揺を隠しきれない、といったような魔剣の意思の声が聞こえる。次に聞こえてきた声は、自分の身を案じていたような仲間の声。


 なんだ、いったい何が起きている。


 目を開いてみれば、そこはキュシーを乗っ取った魔剣ダインスレーヴの意思と戦いっていた、あの場所で。視界の先には、この状況に対してひどく狼狽えている魔剣の意思。自らの手に握られていたのは、奪い取った魔剣ダインスレーヴ。


 それを握っていても、グリムは自らの意思でここに立っていると、はっきりと理解できていた。この魔剣の意思とやらに、身体の自由を奪われている感覚もない。これなら斬れる。キュシーに憑いている、あの邪悪なだけの魔剣の意思を。そう確信した彼女は、ゆっくりとキュシーに近付く。

 一方のキュシーを乗っ取っている魔剣の意思は、あり得ないと言葉を繰り返す。


「我ノ数百年ノ衝動ニ、タカダカ数十年シカ生キテイナイ小娘ガ打チ勝ツナゾ、アリ得ン!アリ得ンゾ!!」

「……この剣に宿っているのは"貴様"の意思などではない」

「ナニ!?」

「この剣に宿っているのは、一人の男の願いや祈りの意思。憎悪の果てに生まれた貴様の意思ではない。もはやこの剣にとっては、貴様はただの異物な存在よ」

「フザケタコトヲ抜カスナ!我ハソノ剣ノ意思ナルゾ!!」

「それは違う。貴様とこの剣は、もはや別たれたのだ」


 魔剣が手になじむ。まるで今まで使っていた武器のような、そんな感覚すら覚えるグリム。そして魔剣の意思の前に立ち、静かに告げる。


「そしてこれが、私の意思だッ!!」


 魔剣を掲げ、グリムはキュシーの身体を袈裟斬りする。攻撃を受けた部分からは光が溢れ出す。まるで、キュシーに纏わりついていた闇のマナのオーラを浄化しているような光景。斬撃を受けたキュシー、魔剣の意思は悲鳴を上げながら絶望の声を上げる。この様子を見る限り、恐らく魔剣の意思は本当に消滅させられているのだろう。


「何故ダ、何故コノヨウナァア!!」

「自らが生まれた意義を忘れてしまった時点で、貴様はもはやダインスレーヴではなくなった。そのことに気付けずに暴走しおってからに」

「小娘、貴様ァア!!」

「だが貴様にかける情などない。貴様はキュシーの願いを手折ったのだ。その報いは貴様自身の消滅で受けるがいい」

「ァアア!!」


 最後の断末魔の叫びと共に光が拡散し、やがて収束する。静寂が辺りを包み、グリムの足元には穏やかな表情のキュシーが倒れていた。本当は今すぐにでも弔ってやりたいが、まだ自分にはやることがある。


 グリムは火口に近付くと、まずは手に持つ魔剣に意識を傾けた。脳内で言葉を思い浮かべて、それを魔剣に伝える。


「ダインスレーヴ、少しいいか」

『……なんだ』

「貴様のことを存分に振るってやりたいが、生憎私は剣は不慣れだ。多少加工するが、問題ないな?」

『その程度か。貴様がどのような形であれ我を振るうと誓うのなら、姿形など細かしいことには目を瞑れる』

「フン、目などないくせによく言う。……それと、腕輪を作りたい。貴様の力が宿っているものを。できるか?」

『造作もない。貴様が我を握ったときに、貴様の記憶も我に共有された。腕輪の用途も大方予想できる。いいだろう、存分に我を利用しろ。我も貴様を利用する』

「上等だ」


 意識を魔剣に傾けたままのグリムを心配してか、エイリークたちが彼女に声をかける。その声で我に返ったグリムは、一度振り向いて返事を返した。


「グリム、大丈夫か?」

「大事ない。私は私のままだ。それより、これからこの剣を加工していく」

「加工?」

「このままでは私はこやつを振るうことはできんし、なによりこの剣に宿っている魔力を物質化せねばならん」

「そっか、俺たちの目的は魔剣ダインスレーヴそのものだけど、力を分けたものも手に入れなきゃだったもんな。魔剣一つじゃ、どうしようもならない」

「そのようなことが、できるのですか?」


 ケルスの質問に、グリムは自信をもって可能だと伝える。武器の加工は確かに今までやったことはないが、彼女は一切の不安を抱えていない。何故なら、彼女の身体に流れるデックアールヴ族の血が、加工方法を教えてくれている。会ったこともない同族の意思を感じるのだ。そう伝えれば、アヤメが答える。


「さっすがグリムっす!その調子でやるっすよ!」

「フン、私に命令するな忍の」

「がーん!ここはお礼の一つも言うシーンじゃないっすか!?ねぇ!?」


 わざとらしく振る舞うアヤメに、その場の空気が和む。グリム自身も、リラックスした状態で魔剣の加工に臨める。一つ息を吐いて、彼女は再び火口へ振り向く。


 まずはマグマから溢れている自然のマナを、空間上に集束させていく。この作業がまず難しい。手順や力加減を少しでも間違えると、火山そのものにも影響を与えてしまう。慎重にマナを集める。

 魔剣の加工に十分なマナを集束した彼女は、次に魔剣を空間上に集めたマグマのマナの塊へ押し入れる。そのマナはその性質上、高温を発している。その高熱のエネルギーはマナを通じて、グリムにも流れ込む。手が焼け爛れそうになるのをぐっとこらえながら、魔剣を最後まで挿入させた。炎熱のマナに包まれた魔剣は、その熱に晒されて赤く変色していく。


 ここからが最も慎重になる作業だ。まずは魔剣の形を剣から大鎌に変えていく。そのためにグリムのマナをマグマのマナの塊へと送り、頭の中で思い描いた形に魔剣を打つ。その際に今回は腕輪を作るための分を仕分けておかなければならない。作る腕輪は6つ。力を少しでも余分に送り込もうものなら、魔剣そのものを破壊してしまう。丁寧に魔剣を切り分けながら、同時進行で大鎌を仕上げる。


「ッ……!!」


 手が熱い。感覚なんて、痛みしか感じない。それでも放り出すわけにはいかない。もし放り出してしまったら、なんのためにここまで来て、なんのために家族を斬り捨てたのか。それらがすべて無意味となってしまう。


 大鎌が、ほとんど完成に近い形に仕上がる。そこまで出来たら次は、腕輪の加工をしてしまう。マグマのマナの塊に、魔剣から流れ出ているマナを腕輪たちへと流し込み、打ち付けていく。腕輪はこれで完成だ。


 順調に作業は進み、最後の仕上げに入る。グリムのマナと大鎌に流れている魔剣のマナを融合させ、大鎌に定着させる作業。ここで失敗したらすべての作業が水の泡になる。最大限の配慮をしながら、丁寧に打ち上げたグリム。無事に全部の作業工程が完了し、マグマのマナを霧散させた。光が散るように霧散したマグマのマナの中から現れたのは、一振りの大鎌と6つの腕輪。


 それらを手に取ったグリムは全身の力が抜けたのか、ふっとその場に倒れこみそうになった。それを支えたのは、アヤメである。今は礼を言う気力もなく、素直に彼女の身体にもたれかかる。


「……お疲れ様っす」

「……ああ……」

「グリム!」


 突然倒れこんだ自分を心配した仲間たちが、グリムに駆け寄る。そんな彼らに力を使いすぎただけだと話し、一つ息を吐いた。それならば一安心と脱力したエイリークが、グリムが手に握っている大鎌と腕輪を見る。


「これが、魔剣だったものなの?」

「ああ……。腕輪には、魔剣の力が込められている。装着すれば、女神の力を相殺させることができるだろう……」

「そっか……ありがとう、グリム」

「フン……」


 グリムから腕輪をもらったエイリークが、仲間たちにそれを渡す。そんな中、レイがそれにしても、と話題を振った。


「グリムが魔剣を握ったときは、どうなるかと思った。あのままグリムも暴走するんじゃないかって、こっちは冷や冷やしたんだからな」

「そういえば、あの時……私は、どうなっていたのだ……?」

「魔剣から溢れた闇のオーラが、グリムさんをすっぽりと覆ってしまったんです。僕たちは貴女を救出しようとしましたが、その前にドームになっていた闇のオーラが砕けたのですよ」


 そして、先程の状況に至ったのだとケルスが話す。そんなことになっていたのかと、何処か他人事のように考えた。あのときどうなっていたのかと尋ねられ、魔剣に見せられた記憶について説明をする。その剣に宿っていた意思も。すべての説明を伝えても、何故魔剣に意思が宿ったのかはわからないと呟く。その呟きに、アヤメがもしかして、と言葉を漏らした。


「ウチの里でよく言ってたことなんすけど、物とか長い年月を経て古くなった道具に、時たま霊魂が宿るそうっす。思念とかが重なり合って、生成されるとかなんとか。そのことを、ウチの里では付喪神って呼んでるっす」

「付喪神……?」

「神が喪に付く、で付喪神。もしくは九十九の神って言われてるっすね。悪しき霊魂宿れば災禍を齎し、清き霊魂宿れば祝福を齎す。そう言い伝えられてるっす」

「悪しき霊魂宿れば災禍を齎し、清き霊魂宿れば祝福を齎す……」


 レイがアヤメの言葉を復唱する。一つ頷いた彼女は言葉を続ける。


「これはウチの憶測っすけど、聞けばその魔剣には最初祈りや願いが込められていたんすよね?それに様々な原因が不幸にも重なって、穢れてしまって魔なる剣へと姿を変えてしまった……」

「それをグリムが浄化したから邪悪な意思は砕けて、魔剣にはまた祈りや願いが復元された……。だから魔なる剣じゃなくて、魔を断つ剣に変わった、とか?」

「まぁあくまで憶測っすけど、そういった解釈をしてもいいんじゃないんすかね?だってこの剣は、グリムのお姉さんが打ち上げた剣なんすから」


 アヤメの言葉に大鎌となった魔剣を見る。思わず、何かこみ上げそうになる。


「……みんな。ウチはもう少しグリムをここで休ませるっすから、先に火山から出て馬車とか手配しておいてくれないっすか?」

「え……?」

「疲れたグリムのこと、すぐ歩かせるわけにもいかないっしょ?」

「……そうか、それもそうだよね」


 アヤメの提案にレイが頷き、エイリークたちを連れてその場から離れた。明るい口調でお願いするっす、なんて声をかけたアヤメだったが、誰もいなくなったとわかると優しい口調でこう言葉をかけ始める。


「……もう、誰もいないっすよ」

「……たわけ、貴様がいるではないか……」

「……、それにしても、やっぱり火山の火口近くだけあってあっついっすねぇ。汗が止まらないっすよ」


 そう言いながら、アヤメはグリムをぎゅ、と抱きしめる。その腕の感覚が、いやに優しすぎて。グリムは思わずその腕にすがる。それに気付いたアヤメが、また声をかける。


「……宿に帰ったら、また一緒に温泉入ろうっすねぇ」

「やかましい、この……。このッ、愚かな人間が……!」

「へへ、やかましいのは今に始まったことじゃないっすか」

「……忍の」

「なんすか?」

「確かに貴様の刀で、私は、キュシーを殺したが……私は貴様を恨みは、しない。貴様に罪を擦り付けるつもりは、ない……!」

「グリム……」


 キュシーを殺すと選択したのは、自分なのだから。そう続けて、だが、と一層腕に強くすがる。


「今だけは、今この時だけは……貴様の腕を貸せ……!」

「……もちろんっすよ。大丈夫、誰にも言わないっすから。だから今だけは、汗をかけるだけかいておくといいっす。新陳代謝ってやつっすね」

「……ばか、もの……!」


 そうしてしばらくの間、グリムはアヤメに縋った。大好きだったキュシーのことを、胸の内で弔いながら。

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