第九十八節  悲劇が生んだ悲劇

 魔剣を手にした瞬間、黒い感情がそこから溢れ出してグリムを包む。突き動かされるような衝動に、仲間の声が掻き消された。


 ******


 気付けば自分は、真っ暗な闇の中にいた。何処までも果てしなく続く、暗い闇。

 ここは何処だ。今しがた自分たちは、魔剣ダインスレーヴの意思に乗っ取られたキュシーと戦っていたはず。一人考えていると、その空間にとある声が響いてくる。


「……この剣の名前は……。そうだな、俺の名前の一部をとってこう名付けよう。ダインスレーヴ」


 声の聞こえた方に意識を向ければ、闇の中にぼんやりと丸い空間が出来る。そこに一人のドヴェルグ族の青年が、一振りの剣を手にしている光景が浮かぶ。青年が手にしていた剣は、見間違えることはない。あの、魔剣ダインスレーヴだ。

 しかし大きな違和感を覚える。青年の持つ剣からは、邪悪な意思を全く感じない。本当にあれは魔剣なのかと疑ってしまうほど、別の剣に見えて仕方がない。


 これはいったいなんだ。誰がこんな光景を見せている。


 グリムには気付いていない様子の青年は、にっこりと笑いながら言葉を続ける。


「鍛冶師として断言できる。コイツは、今までにない最強の剣になる」

「俺はお前を振るってやることはできないけど、お前を持つことになる主に、存分にその力を貸してやってほしい」

「お前は、主に勝利をもたらす最高の俺の剣なんだから」


 ──『それが、我が生まれた起源よ』


 別の声がグリムに届く。その声には聞き覚えがある。キュシーの身体を乗っ取っていいように操っている、魔剣ダインスレーヴの意思。何処に潜んでいる。


『我は潜んでなどおらん。貴様が我を手にしているだろうが』


 声の言う通り、グリムの手にはキュシーの手から離れた魔剣ダインスレーヴがしっかりと握られている。心の声も読まれているようなので、グリムは魔剣に言葉を投げかけた。


「……何の真似だ」

『それはこちらの台詞だ、と言いたいところだが……。どうやら貴様が我を手にしたことで、我の記憶が貴様に流れ込んできているのだろう』

「記憶だと?ふざけたことを抜かすな」

『実に短慮なデックアールヴ族よな。物にも、記憶というものは宿るのだ。その記憶が意識を持った存在が、我だ』

「なら今見せられているこれは、貴様の記憶だとでも言うのか?」

『然り。そして我が"我"となった理由だ』


 目の前の丸いスクリーンが、次の上映を見せる。それは戦の光景だった。魔剣の意思が言うには、約五百年前に起きた第三次世界戦争の光景だとのこと。世界中が戦火に呑まれ、平和という平和が貴重な時代。

 戦火は、先程の青年が住んでいたドヴェルグ族の里にも及んだ。青年はまだ貰い手が見つかっていなかったダインスレーヴを抱え、一族の仲間と逃げている。されども里の侵略者は逃げ出したドヴェルグ族たちを、執拗に追い詰めた。

 凡その予測は立てられる。それは彼らがドヴェルグ族だからだ。


 手先が器用であり、高度な鍛冶や工芸技能を持つと云われているドヴェルグ族。世界中に溢れている武具の大元の基本は、彼らドヴェルグ族が造り上げたものだという伝承が残されている。つまり当時から彼らは武具の制作において、優れた匠としても有名な種族だったのだろう。

 世界戦争時代、武器一つをとっても優れた武具は戦の勝敗を左右する。より優れた武器を入手するため、ドヴェルグ族を捕獲して奴隷として働かせていた。

 ドヴェルグ族の歴史に関して、そのような記述が残っているのだ。


 目の前の光景では、侵略者のうちの一人が青年を罠に嵌めていた。足を怪我した青年は地面に倒れ伏すが、その腕にはしっかりとダインスレーヴを抱えている。青年も、侵略者たちにはそれを奪われたくなかったのだろう。

 だが侵略者たちは、そんな青年の意思を簡単に砕く。青年をこれでもかと痛めつけ、とうとう彼の手からダインスレーヴを奪った。侵略者たちは剣を舐め回すように視線を送り、いやらしく笑う。


「へっ!こんな上等なモノがあんならさっさと寄越せよ」

「まったくだ。こりゃ上物だぜ」

「かえ、せ……。それは、お前たちのような奴に渡すために、打ったんじゃ……ない……!」

「じゃかぁしい!死にぞこないの鍛冶師野郎が!ケッ、生きて連れてこいとは言われてたけど、もういいや。この剣さえありゃあ、俺も怖いもんナシだぜ!」

「おい独り占めすんなよ?」

「わぁってらぁよ。でも最初の振るうのは俺だかんな!」

「やめろ……。その剣には、特殊な力がある……。使いこなせない奴が使え、ば……途端にその剣は、砕け、て……」

「チッ、うるせぇんだよ!!」


 侵略者たちが青年を再度足蹴にする。散々に嬲られた青年の命は、風前の灯火だった。息も絶え絶えな青年を見下した侵略者たちは、笑みをさらに深くする。


「んなこと言うなら、テメェで試してやんよぉ!自分の打った剣で殺されるんなら、本望だろうが!なぁ!?」

「ははっ!そりゃあ傑作ってもんだ!」


 侵略者がダインスレーヴを掲げる。

 グリムの耳に、当時の剣の意思の声が響く。


『よせ!我は、我は敵を切るために、主に勝利をもたらすために打たれたのだ!親を殺すために生まれたわけではない!やめろ!』

「……ダインスレーヴ……ごめん、な……。俺、お前のこと……守れ……」

「死ねやぁあ!!」

『やめろぉお!!』


 侵略者が振り下ろしたダインスレーヴは、美しいまでに綺麗な曲線を描きながら、青年の首を簡単に切り落としてしまった。刀身に、自らの生みの親である青年の血がべったりと付着する。その血から流れ込んでくる青年のマナを、自らの意思とは関係なくダインスレーヴは吸収していく。

 それは、青年がダインスレーヴに組み込んだ仕組みだった。敵を斬った際に付着した血液からその人物のマナを吸収し、それを剣の力に変えて強化されていく仕組み。

 その仕組みのことを、ダインスレーヴの意思はよもや、自らを打ち上げた親を斬ることで体験するとは、思ってもみなかっただろう。当時のダインスレーヴの意思の、絶望の声が響く。


『何故だ……!我はただ、我を生んだ親の、ダインの願いを叶えたかっただけなのに。それが、こんな、何故だ……!!』


 意思の慟哭が、美しかった白刃の刀身を赤黒く変色させていく。剣より力の弱い侵略者に振るわれたことで、ダインスレーヴに存在していた有り余る力が、刀身の中で暴走しかけていたのだ。

 暴走はやがて、刀身自体にも影響を及ぼしていた。ピキピキと刀身に亀裂が入る。

 ようやく異変に気付いた侵略者たちが、怪訝そうに剣に視線を移す。


『許さん……許さんぞ、ダインの願いを砕いた弱者共!!我の意思を穢した愚か者共!!貴様らに我を御することなどさせん!もう二度と、誰にも我の意思を砕かせはさせん!すべての生きとし生けるものに呪いあれ、災いよあれ!!』


 地に響くような慟哭の声とともに、ダインスレーヴは粉々に砕け散る。飛び散った破片は各々の意思を持ち、世界各地へと散らばる。

 その際、ダインスレーヴは自分たちを殺した侵略者たちの命を奪うことも、忘れなかった。破片となった剣で肉体を突き、貫通し、そのまま世界中へと飛び去ったのだった。


 上映はそこで終わる。グリムはその光景をただ見守っていたが、魔剣の意思が言葉を紡ぐ。


『……彼は実に真っ直ぐで、心の澄んだ鍛冶師だった。我を生み出した時も、自分の腕のことより我を生み出せたことを心から喜ぶような、善い青年だった』

「……」

『我は、ただ我を生み出した彼の、ダインの願いを叶えたかった。彼が我に託した祈りを、貫いてやりたかった。剣として生まれたならば、戦で散ることこそ本懐なれば、それ以外の場所で砕かれるなどもってのほかだ』

「……そうか」

『それを……貴様ら弱者は砕いたのだ!』


 ごう、と闇のマナが魔剣から拡散してグリムを包み込んでいく。その衝動に飲み込まれないようにと、グリムは剣の柄を握りしめながら耐える。


『我は戦を知らずに、誰にも勝利を与えられぬまま破壊された!到底許されぬ!!これは我による、弱者共への復讐だ!貴様の身体を使い、我は世界を災禍で呑み込んでくれる!』

「それが、貴様の意思か!?」

『知れたこと!!我を魔剣足らしめたのは、貴様らの自業自得!我の力を扱いきれなかったゆえに、貴様らは我を魔剣へと変化させたのだ!』


 剣の意思の言葉を聞いたグリムは、まるでおかしいと言わんばかりに笑う。


「ククッ、まるで幼子の癇癪だな。まったくもってくだらん」

『なんだと……!?』

「戦で散りたかった?勝利をあげられなかった?そんなこと、私の与り知るところではない。貴様はただ一振りの剣、それだけよ」

『我を愚弄するか!デックアールヴ族!!』

「貴様を愚弄しているのは貴様自身であろうが!この馬鹿者!!」


 闇の空間に魔剣を突き刺し、グリムは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「復讐のために刃を振るう、それも結構だろう!だがそれで、貴様の生みの親とやらの願いを叶えられるのか?貴様を最高の剣だと言ったあ奴に、自信を持って自分は主のために勝利をあげていると、伝えられるのか!?」

『だ、黙れ……!』

「フン、初めて言い淀んだな?貴様自身理解しているのだろう。この行動で貴様の生みの親の願いを叶えてやることなど、できんとな」

『ッ……!』

「貴様はさっき言ったな。剣として生まれたならば、戦で散ることこそ本懐だと」


 ぐ、と柄を持つ手に力を入れる。対抗するために自身もマナを放出し、魔剣から発せられる衝動に抗う。そしてグリムは、魔剣に対して精一杯に叫んだ。


「戦場が欲しいのならば、くれてやろう!貴様のことは、私が振るってやる!!」

『な……』

「だから今は私に従え!ダインスレーヴ!」


 より一層マナを放出させる。衝撃に耐え切れなくなった闇の空間が、やがて音を立てて砕け散った。

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