第百二節 いざ突入へ
ミズガルーズ兵と共に、淀みの森の奥にあるルヴェルの城の前に辿り着いたエイリークたち。ミズガルーズ兵にまず案内された場所は、城の前に建てられていたテントだった。
中にはヴァラスキャルヴ国の兵士とアウスガールズの兵士が、互いに連絡等を取り合っている。中にいたアウスガールズ兵は、ミズガルーズ兵と共にそこへ赴いたケルスを見ると、最敬礼をした。
「ケルス陛下!何故このような場所に?」
「ご苦労様です、みなさん。それは後程説明します。まずはミズガルーズ国の兵の方々と、これからのことを話してください。僕は指揮官ではないのですから」
にこ、と笑いながらしっかりと兵士たちに指示するケルスの姿は、一人前の国王に見える。自分ではできないことだと、彼のことを盗み見ながら思う。
ケルスの言葉でアウスガールズ兵とヴァラスキャルヴ兵が、応援に駆け付けたミズガルーズ兵に、今までの戦況等々を伝え始める。彼らの邪魔にならないようにと、テントの入口の端付近で待機することにした。
耳に入ってくる情報から察するに、戦況は拮抗しているらしい。押されていたヴァラスキャルヴ国側にアウスガールズ本国の兵が応援に入ったことで、疲弊していた兵たちの回復に手が回ったことが大きいとのこと。
今は撤退と突入を繰り返しながら、敵である死者の兵士たちと戦っているというのだ。次に状況を聞いたミズガルーズ兵が、シグ国王からの直筆の親書をヴァラスキャルヴ国の兵に渡し、協力する旨を伝えている。
彼は指示に従うと伝えてから、エイリークたちについてのことを説明した。
エイリークたちはシグ国王から、城への突入部隊として特殊編成した部隊という扱いになっていた。端的に言えば一番槍の部隊。
その情報に驚くヴァラスキャルヴ国兵とアウスガールズ兵だったが、戦況を変えうる一手としてシグ国王が内密に用意していたと伝えれば、彼らも納得せざるを得なかったのだろう。ここまで手配してくれたシグ国王には、感謝の言葉が尽きない。
彼のためにも、絶対にルヴェル達と決着をつけてやると、エイリークは決意する。
一連の報告等々が終わりそうなときに、テントの中に一人の兵士が入ってくる。ヴァラスキャルヴ国の鎧を身に纏っていた青年だ。金髪碧眼のその青年には、見覚えがあった。
その人物は二年前、カーサのアジトで死闘を繰り広げた相手。聞いた話ではその時の行動が原因で、王位継承権をはく奪されたと。ケルスの許婚だったという相手──カウト・リュボーフだった。
思いもよらない人物だったが、どうして元王子がこんな戦場の真っ只中にいるのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。顔馴染みだったケルスは彼の姿を確認すると、思わず声をかけていた。
「カウトさん!」
呼ばれた本人も驚愕したのだろう。目を大きく見開きながら、目の前にいたケルスに声をかけた。
「け、ケルスさん!?どうしてここに!?」
「カウトさんこそ、どうしてこのような場所に?」
「自分は、父……我が王から一度、王位継承権をはく奪されました。しかし、はく奪撤回のチャンスを、いただけたのです。そのために今、軍の一兵卒として己を鍛え直しているのです」
「……では、ヴァーラン国王は貴方について一考してくれたのですね?」
「はい。ですがそれはケルスさん、貴方のお言葉添えがあったからこそです。感謝してもし足りません」
「いいえ、僕は何もしていません。レイさんの言葉があったからこそです」
ケルスがレイを向いてにこりと笑う。カウトはレイに向き直ると、一礼して感謝の言葉を述べた。
「……あなたに、感謝を」
「俺は何もしてないよ。人は一度間違ってもやり直せるはずだって、言っただけなんだし。でも……よかったな、チャンスを貰えて」
「ああ。俺は必ず戻ってみせる」
「応援してる」
レイの言葉に小さく笑って答えたカウトと、目が合う。自分との間には、何も言葉は交わされない。エイリーク自身も何も言わず、ただカウトを見据えた。緊張感が漂うも、テント内にいたヴァラスキャルヴ兵に声を掛けられ、カウトはそこに向き直った。
今のカウトの視線。やはり、自分のことを敵視しているようにしか感じない。エイリーク自身もカウトのしたことを認めたわけではないので、ある意味お互い様な部分もあるのだが。
カウトはどうやら、戦況の報告に戻ってきたようだった。今まで城内から湧き出ていた死者の戦士たちが、つい先程からその数が減っているとのこと。時間にしておよぞ約十分前。
エイリークたちがこの場所に来たのも、つい十分程前だ。兵たちは、死者の戦士たちの数が限界を過ぎたのかと感じているようだ。対してエイリークたちは、その可能性は低いのではないかと考える。むしろこれは──。
「……多分、俺が来たってことがわかったんだと思う」
「……レイも、そう思う?」
「うん。ここはアイツの本拠地だ、周辺を監視しててもおかしくない。それにアイツの目的は、俺から女神の力を奪うことだ。俺に、城に来てほしいんだよ」
小声でレイが呟く。エイリークも同じ考えだ。
あのルヴェルが、自分たちが来たことに気付いたとするなら。死者の戦士たちを城内に戻すことで、道を開いているのではないか。彼はこちらに、誘いをかけているのだろう。とはいえ城に入ることは、自分たちの最初の目的だ。誘われているというのなら、それに乗るまで。
アイコンタクトを交わしたレイが一歩前に出て、兵士たちに伝える。
「あの、それなら今が突入するチャンスなんじゃないかと思います」
「しかし、中の状況がわからないままの突入が、どれほど危険か」
「大丈夫です。それに突入部隊なんて、常に最前線で危険と隣り合わせでしょう?こちらは城の内部構造は把握済みです。大丈夫、行けます」
自信満々に告げるレイを前に、兵士たちは互いを見合わせた後に頷き合う。そのままレイに向き直ると、もう一度確認した。
「できるのか?」
「はい、やります」
「……了承した。城までは我らが道を開く。リュボーフ、お前が先導しろ」
「はっ!」
「残りの兵の指示はこちらから出す。……アウルガールズ、ミズガルーズ、協力をお願いしたい」
「勿論です、ヴァラスキャルヴ。こちらには、取り返さなければならないものもある。我らの力、存分に振るわれよ」
「こちらも異存はありません。同盟国として、そなた達に尽力します」
三国が協力する姿に、ケルスが微笑みながら言葉を零す。
「戦場の中で不謹慎かもしれませんが……。こうして互いに手を取り合えることは、やはり素敵ですね」
「そうだね……。戦いがなくなっても、こうやって協力し合えるといいね」
「はい。それは僕の夢ですから……頑張らなきゃ」
「応援してるよ」
「ありがとうございます、エイリークさん」
笑いあって、気を引き締める。エイリークたちはカウトを先頭に、城の前まで移動していく。まだ死者の戦士たちは数名だけど、兵士たちと戦っている。襲い掛かってくる死者の戦士たちを薙ぎ払いながら、城の入り口まであと数メートルという場所まで辿り着く。
そんな中、ふとカウトから声を掛けられた。
「……おい、バルドル」
「……なに?」
「戦いが嫌いなケルスさんを、こんなところにまで巻き込みやがって。怪我でもさせたらタダじゃおかねぇ。何があってもケルスさんのこと守れよ。死ぬほど悔しいが、今の俺にはそれができないんだからな」
苛立ちも含まれている彼の言葉に、エイリークははっきりとした口調で答えた。
「もちろん俺が守る。でもケルスは、ただ守られるだけの存在なんかじゃない。ケルスだって、ちゃんと強いよ」
「エイリークさん……」
「俺は、ケルスのことを信じてる」
まっすぐ見据えて断言する。カウトとは振り返りはしなかったが一つ舌打ちをしてから、毒づくように吐き捨てた。
「やっぱり、テメェのことはイケすかねぇ。いつか絶対殺してやる」
「いつでもいいよ。でも絶対、返り討ちにしてやる」
「言ってろ。……突入の隙は作ってやる。遅れても待たねぇからな」
「わかってるよ」
エイリークの返事にフン、と鼻を鳴らしてからカウトがマナを集束させていく。
彼の足元に魔法陣が展開される。そこを台風の目と言わんばかりに、強い勢力の風が巻き起こり、唸りをあげていく。
やがて風は一つの生命へと変化し、生命体が持つ殺気を纏わせる。最初は微かにしか感じ取れなかったものが、徐々に大きくなった。
「我に従えし風の眷属よ、戦禍の渦となりて全てを無へと化せ!」
カウトの足元の魔法陣から風の竜へ、彼のマナが付与される。それに伴い風の竜も、その身に纏う烈風を鋭いものへと形を変えた。もう彼が地面を一蹴りでもすれば、風の竜は全速力をもって前進するだろう。
「
カウトが勢いよく地面を蹴ると、まず風の竜が先行して、ルヴェルの城内へと一直線に突き抜ける。巻き込まれた死者の兵士たちが風に巻き込まれ、城内までの一本道を作り上げた。
「今だっ!」
バッチリのタイミングで駆け出すエイリークたち。妨害もなく、無事にルヴェルの城の中へと突入していくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます