第三十九節  目覚めを告げる鐘の音

「なっ……」


 レイたちは目の前の光景に唖然とする。

 目の前にいたアインザームは最早、人の子の形をしていない。瞳に凶器の宿った、と成り果てていた。人の倍以上の体躯をして、手足には父親の人形だったであろう木片が、牙のように突き出ている。顔は人形の部品とアインザームの元々の顔が混ざり、歪なものに。それを、人の力で生み出したのだ。


 そしてこの魔物の生みの親であるアディゲンは、指を一回鳴らす。


「行け、アインザーム・ベルセルク」


 その言葉に反応したのか、それともさせられたのか。アインザーム・ベルセルクと呼ばれた魔物は一瞬のうちに間に入り、俊敏な動きでレイたちに向かって腕を振り回す。魔物としての力か、大凡子供らしからぬ威力で振り回された腕は衝撃波となり、彼らを襲う。

 散開して様子を窺おうにも、魔物は暴走状態だ。休まずにこちらへ向かって突進を仕掛けてくる。足止めをしようと、ラントが魔物の足元に向かって矢を放つ。


"水光接天"ヴァッサーグレンツェン!!」


 水のマナを付与させ、地面に向かって放つラントの技。目くらましのとして使用するこの技で、少しでも動きのパターンを読もうとする。だが地面に突き刺さり太陽の光に反射され光輝くも、アインザーム・ベルセルクにとって苦でもないのか。そのまま止まらずに突進を仕掛け、勢いそのままラントを突き飛ばす。

 ラントは受け身をとれず、叩きつけられるように地面に衝突する。すかさず治癒術をかけようとケルスが向かうも、アインザーム・ベルセルクは彼を握り潰すように捕まえた。


「ケルス!!」

「ッ……!」

「アァああッ!!」


 アインザーム・ベルセルクは一度天高く腕を振り上げ、勢いよく振り下ろしケルスを地面に叩きつける。その後その地面を足で踏みつけた。何度も足を踏みつけるたびに土煙が舞い、視界が悪くなっていく。


「やめろぉお!!」


 すかさずエイリークが駆け、その魔物に向かって大剣を振るう。


"鳴り響け天よりの断罪の鐘"シュート・ドゥ・フードゥルッ!!」


 大剣全体を雷のマナで覆い、勢いよく振り下ろす。振り下ろされた剣の軌道によって描かれた曲線から、空間を切り裂くように放出された電撃がその背に直撃、するはず。しかし直撃する前、アインザーム・ベルセルクの背後の空間が歪み、エイリークの放った攻撃を吸収する。

 その現象に気を取られていたエイリークが、振り向きざまに繰り出された魔物の足蹴りを喰らう。一瞬時間が止まり、瞬きの直後エイリークはレイとグリムの背後まで吹き飛ばされていた。


「フランメさん!!」


 その様子を確認したグリムが、レイに声をかける。


「おい人間、合わせろ!」

「は、はい!!」


 グリムが相手の重力を操作し、身動きを封じる"大地にひれ伏せ見えざる手"グラヴィタツィオンを発動させる。どうやらその術は有効らしく、アインザーム・ベルセルクは地面に接着しているかのように、その場から動けないでいた。

 この隙を逃すわけにはいかない。レイは集束していたマナを放つ。


"瞬け天上の住人達"シュテルネンリヒト!!」


 流れ星のように降り注ぐ光の球体たちが直撃する。苦悶の声を上げているということは、攻撃は吸収されずにダメージも受けているということになるがはたして。


 球体の攻撃を一度止める。相変わらず動きにくそうにしていたアインザーム・ベルセルクだったが、一度呼吸を大きく吸すとそれを鳴き声とともに放った。鼓膜を突き破りそうなほどの鳴き声。思わず顔を顰める。声は周りの空気を振動させ、やがてグリムの術を強制的に解除した。


 解放されたアインザーム・ベルセルクが拳を振り上げグリムに突進してくる。その間に入り、レイは防御魔法を展開させた。


「"スリートイルミネーション・シューツェン"ッ!!」


 地面に輝く氷の塊が積み重ね、氷の光の壁を出現させる。受けた攻撃を乱反射させ相手に返すこの術ならば、吸収することはできないと考えた。展開した直後に繰り出される拳。その威力は思った以上のものであり、乱反射どころか受け止めきれるかどうかも怪しいくらいに衝撃が強い。

 だがその一瞬間は、反撃のための貴重な時間だ。背後のグリムは跳躍し、アインザーム・ベルセルクの頭上をとる。大鎌を構えていた彼女の刃が炸裂する。


"刃よ、死を執行せよ"アームラモール!!」


 闇のマナを付与させた大鎌で、相手の首を切り落とす技。どんなに攻撃を吸収されようとも、首が落ちれば生命活動は停止する。それを狙ったのだが、それは彼女の珍しい焦ったような表情で、失敗したと気付く。それにしても何故。


 よく目を見張ると、先程まではなかった木片の牙が首を守るように生えており、グリムの渾身の刃を受け止めていたのだ。これには思わずレイも目を疑う。

 それに対しアインザーム・ベルセルクは、お返しと言わんばかりにレイに繰り出していた拳を、容赦なくグリムの胴体に叩き込む。重い一撃をまともに身に受けたグリムの息が、一瞬止まる音が聞こえた。


「グリムさんっ!」


 アインザーム・ベルセルクがそのまま力任せに、グリムを地面に叩きつける。直後防御する間もなく強力な左フックがレイを直撃し、あまりの衝撃に脳までかき回されたかのような錯覚さえ覚えた。起き上がろうにもダメージは深刻で、思うように身体が動かせない。そんな彼にアディゲンが冷酷に告げる。


「無駄なことを。攻撃を吸収し、一度破壊し再構築させる力を本来の力量になるまで融合させたと理解ができんとは。今代の女神の巫女ヴォルヴァは実に浅はかよな」

「なん、だと……!」

「しかしそれでも、貴様に記憶と力を取り戻されては全ての計画が狂うことに変わりはない。そのために、貴様と行動していた者の手配書まで作り、ばら撒いたのだからな」

「あの偽の、手配書はあなたが……!」


 世界中に配られていた、エイリークの手配書。あれは全て、アディゲンがレイたちの行動を制限させるためにばら撒いたものだと言う。行動範囲を狭めることでこちら側の動きを把握し、確実にレイを殺すために仕組んだと告げる。


「それなのに、あの役立たず者共が!こうも何度も殺し損ねおって……おかげで予定外に時間を使ったではないか!」


 怒りをぶるけるように、アディゲンはレイの頭を踏みつけた。忌々し気にレイを見下ろしていたが、一つため息を吐いて足をどかす。


「……まぁいい。あのガキも最後には役に立ってもらわねばな。おとなしく死ぬがよい、女神の巫女ヴォルヴァ!」


 アディゲンの声に従うように、アインザーム・ベルセルクがレイに突進を仕掛けてくる。身動きが取れないこの状態であの突進を喰らえば、間違いなく致命傷となるダメージを負う。覚悟を決め目を閉じ、しかし一向に痛みがないので恐る恐る目を開ければ、アインザーム・ベルセルクの動きが闇のマナで編まれた鎖によって止められている。


 魔物の後ろには、全身傷だらけでも立ち上がり、レイを守ろうとするエイリークたちの姿があった。


「させない……!レイを殺させるもんか!」

「この野郎……元がガキだからって、容赦しねぇぞ!」

「魔物風情が、やってくれる……」

「負け、ません……!!」

「みな、さん……ッ!」


 その姿に希望を感じたレイも、全身に力を込めて立ち上がろうとする。

 アディゲンは彼らの姿を一笑に伏す。


「全く愚か者ほど群れたがるな……。いや、弱い者だからこそよく吠える、と表現した方が正しいか」


 動きを制限していた鎖を引きちぎったアインザーム・ベルセルクが、エイリークたちのほうを振り向いて勢いよく両の拳を地面に叩きつける。そこから起きた地割れの衝撃波は、手足に生えている牙と一つになり、地面から突き出す槍となって彼らを襲う。もちろんエイリークたちは回避を試みたが、直前まで受けていたダメージの影響もあり、その技に巻き込まれた。


 攻撃を受け地面に落下していく仲間たちの姿が、レイの水晶体に焼き付く。


「みなさん!!」


 全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。

 アインザーム・ベルセルクが、ゆっくりとエイリークに近付く。


「面倒をかけさせおって、異種族共が。女神の巫女ヴォルヴァへの餞別だ、先にそ奴らを殺してしまえ」


 心臓が煩いくらいに鼓動する。

 やめろ、仲間たちに手を出すな。


 アインザーム・ベルセルクが振りかざした拳には、鋭い牙が何本も生えている。一突きされたら、確実に死んでしまうだろう。


「やれ」


 冷酷に告げるアディゲンの声。


「やめろぉおお──!!」


 声をかき消さんばかりに、レイは叫んだ。

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