第三十八節  アディゲンという人物

「チィ……!」


 ラントがマナを込めた矢を人形に放つ。しかし人形はその攻撃を吸収し、無力化させてしまう。先程からエイリークたちは防戦一方である。人形が駄目ならアインザームをと狙うが、人形は俊敏性が高く、必ずと言っていいほどアインザームを守りに入るのだ。

 そのアインザームも妙な術を使っている。例えばレイが放った術を受け止めると、性質を変化させ別の術として人形に食わせていた。そしてその人形は食らった術を放出する。息が合わさったそのコンビネーションに、若干押されているといった状況だ。数の有利はこちらにあるというのに。


「前に、言ったはずだよ……パパは大食らいだから、攻撃を食べることができるんだよって。どんな攻撃も、パパのご飯になる……」

「まったく面倒な……!」


 ケルスが全員のマナや傷を回復させる。お陰でマナ切れなどの心配はいらない。しかしこのままでは何も進展しない。


 レイが術を放とうとして、足元が覚束なかったのか放つ瞬間に転んでしまう。攻撃はその軌道がずれたのか、人形を狙ったつもりがアインザームの足元で爆発してしまった。それに巻き込まれるアインザーム。

 エイリークはそれを見て、疑問を感じざるを得なかった。振り返ればラントとグリムも同じく何かに気付いたみたいらしく、アイコンタクトを取る。平面で隠れ場所はないが、ひとまず目隠しにとグリムが術を展開する。闇のマナを収束させ、アインザームたちに向かって放つ。


"宵闇よ、我らを覆い隠せ"アグランディスマン・ドゥ・ソワレ!」


 彼女の掌から放たれた闇のマナは相手を半円状に包み、視界を奪う。敵から自分たちの姿を消し、目くらましさせる術である。

 これならば、たとえ人形に攻撃を食われることとなっても多少の時間稼ぎ程度にはなるのだ。エイリークたちは一か所に集まり、作戦を立てる。


 エイリークやラント、グリムの三人が気付いたこと。それは人形の動きの特性についてである。人形はその主であるアインザームに対して明確な敵意のある攻撃に対しては、確実に防ぎ吸収する。しかし不意の攻撃や予想外の動きに対しては反応が弱い。その特性を利用すれば、勝機はあると告げる。


「ケルス、みんなのマナを回復させる術とかって会得してるか?」

「はい。ある程度まで回復させることが出来る術は、一つだけ知っています」

「よし、なら悪いんだけどその術を俺たちにかけてほしい。んで、俺とグリム、レイには火力大サービスな術とかを人形に打ち込んでほしいんだ」

「フン……貴様のような人間の指図は受けん。だが、今回はどうやら考えが同じのようだな」


 グリムがラントの案に賛同してくれたことに、エイリークは内心ほっとする。もしここで意見が分かれたら、自分ではどうすることも出来ないからだ。


「人形が俺たちの攻撃を吸収している間、あの子供は動けない。恐らく攻撃を吸収させるための術式を、展開しているんだろう。その隙にエイリークは子供の背後に回り込んでほしい。確実な敵意を持ってな」

「不意打ちを狙うってことかな?」

「まぁそれもあるが、まず人形そのものを破壊する。そのための作戦さ」


 グリムの術が吸収され、視界が晴れていく。闇の奥ではもうじき、アインザームと人形が動き始める。その前にケルスが琴を奏で、術を発動させた。


"活力よ、息を吹き返せ"レタブリスマン


 ケルスのこの術は、自分が技を使用した時に拡散したマナを再集束させる術だ。大気に漂うマナを、琴の弦が奏でる曲の振動で共振させ、作用させる。自分たちのマナが回復したことを感知したエイリークたち。


 闇が晴れた瞬間、人形が吸収した術を砲撃にして放つ。

 エイリークたちは散開しその攻撃を避け、行動を開始する。


 最初にレイが、攻撃魔法を放つ。


"荒れ狂う大気"トゥルブレンツ!」


 集束させた風のマナを左から右へと振るう。放射状に放たれた乱気流のような風のマナが、人形に向かう。当然人形はその術を食らう。続けてラントが矢を射る。


"滴水成氷"カナルクリスタル!」


 放たれた矢は編みこまれたマナにより本数を増やし、何重の束になって人形へ向かう氷の矢となる。それもやはり、人形は平らげようとする。最後に、グリムが術を放った。


"漆黒は白を塗り潰す"ボワールオプスキュリテ!」


 刃に闇のマナを付与させ、それを振るう。振るわれた軌道が風に乗じて、黒い刃の衝撃波となり人形へと向かった。予測通り、その攻撃すらも飲みこもうとしている。

 しかし急速な攻撃の連鎖に、人形は食らい尽くすまで時間を有しているように見えた。その隙を逃すわけにはいかない。エイリークは攻撃の陰に隠れ、アインザームの背後で大剣を構えた。


 明確な敵意。反応した人形。アインザームの前で攻撃を食していたそれは、途端にエイリークの方へ振り向き、前に立ちはだかる。我が子であるアインザームを、背に。

 その動きにニヤリと笑ったエイリーク。目を見開いたアインザームが彼らの目的に気付くが、時すでに遅し。


「引っかかったね。俺はただの陽動係さ」

「あ……!」


 アインザームの背後。彼の奥にいたレイとラントは、攻撃を組み合わせようとする。一人はマナを集束し、一人は矢を構える。


「レイ、行くぜ!」

「はい!」

「やだ……!パパに触らないでぇええ!!」


 アインザームが嘆くが、それは誰の耳にも届かなかった。

 収束していくマナが、光り輝く。


"降り注げ、闇夜を照らす星の瞬き"シュトラールレーゲングス!!」

"上下天光"ボーデングリューエン!!」


 二つの攻撃が重なり幾重にも放たれた光り輝く矢の砲撃が、人形の体を貫通していく。音を立て穴が開く胴体。言葉が交わせない人形の泣き声を表すかのように、バキリとひび割れていく手足や頭。食らっていた攻撃のマナが消化されきれず、それが受けた攻撃の衝撃を手助けしてしまっている。

 攻撃が収束すると、人形はアインザームの目の前で砕け散るように倒れた。


「パパぁああッ!!」


 泣き叫んで近付くも、人形は微動だにせず。エイリークはそんな脆い幼子を、何も言わずに見下ろしている。彼に理由があるのは理解している。それでも自分たちも、握っている正義を振り払うことは出来ない。

 ぐ、と大剣の柄を握る。直後、背後に現れた殺気を感じ大剣を盾にするように構えた。その瞬間に衝撃が直撃する。ダメージを負ったわけではないが、エイリークは仲間たちのいる場所まで後退する。この状況に乱入者とは誰だろうか。


 前を見据えると、アインザームの背後から一人の男性がゆったりと歩いてくるのが見て取れた。ローブを羽織り、顔には仮面をつけている。その雰囲気からは、一切の友好的なオーラは感じられない。

 その人物がアインザームの隣まで歩くと、ピタリと止まる。そんな人物を見上げた幼子は、力なく呟いた。


「……アディゲン……」

「アディゲン……!?」


 その名前はヴァナルたちとの戦闘で、幾たびも聞いた名前だ。聞くたびに、ヴァナルのあの三人はその人物に従っているかのように感じてきた。アディゲンと呼ばれた人物はエイリークたちの方に顔を向けて、話す。


「お初にお目にかかる、女神の巫女ヴォルヴァ。それにそのお仲間の方々」

「お前は……」

「紹介がまだだったな。私はヴァナルの創始者、アディゲン」


 声からして男性か。自身を紹介したアディゲンと名乗る人物は、やはり隙を全く感じさせない。それにしても、彼もレイのことを女神の巫女ヴォルヴァと呼ぶということは、彼の正体について知っているということなのか。


「どうしてお前が、レイが女神の巫女ヴォルヴァだって知っているんだ?」

「何故?そんなこと、聞いたからに決まっているだろう」

「聞いた……?」


 聞いたとは誰からだと聞こうとして、アディゲンがアインザームの方を見る。縋るように見上げたアインザームは、彼に懇願した。


「アディゲン……どう、しよう。パパが、パパが……!」

「ふぅむ、また壊されてしまったのか?」

「うん……。ねぇ、前みたいにパパのこと、直して……!このままじゃパパが死んじゃうよ!!」

「そうだなぁ」


 アディゲンは顎に手を当ててから、指をパチンと鳴らす。音に連動したかのように、アインザームと人形を囲うように陣が展開される。


「え……?」

「じゃあ、今度はお前がパパになりなさい」


 その言葉の後にもう一度指を鳴らす。すると破壊された人形の破片が、一気にアインザームへと突き刺さった。幼子の血が舞う。その光景に、エイリークたちは思わず目を見張った。


 陣が光り輝き、バチバチと電流を放出しながら展開していく。衝撃からか痛みからか、アインザームは悲痛な叫びを上げる。濁音の入り混じった、耳をつんざくような悲鳴。


「パパとママがお前を産んだのだから、今度はお前がパパになって恩返しをしてやらねばね。それにいい加減、三度目の正直というものを私に見せてほしいものだよ」


 アインザームに突き刺さった木片が変化していく。いや変化というよりは、変質といった方が正しいのか。


「アールヴァーグの住居でも海上でも女神の巫女ヴォルヴァを殺し損ねおって。所詮ならず者の集まりとはいえ、もう少しまともな働きを見せてほしいものだ」

「お前!その子に何をしたんだ!?」


 エイリークは、アインザームに目もくれないアディゲンに吠える。


「何を、か。融合させたのだよ、この子の魔力の質と人形の力を」

「融合、だと……!?」

「私はあらゆる物質を融合させ、新たな力として発動させることが出来る。この力のお陰で、随分有利な地位にまで上り詰めることも出来た」

「そんなことはどうでもいいです!お前、何をしたか言いなさい!!」


 レイが糾弾する。アディゲンは一度大きくため息を吐くと、告げる。


「この幼子は物質やマナを吸収し、それを一度破壊し再構築させる力を生まれながらに持っていた。だが所詮は子供。その力を持て余してたが故に、自分の両親の心も何もかも破壊していたのだから。……無意識的にではあるが、な」


 彼が言うには、アインザームの力は生まれたときに既に発動していたらしい。それは人の感情にも作用するのだから厄介だ、とも。彼が貧しい環境で育ったことは間違いない。貧困な状況でも子供を産み、押しつぶされそうな母親の鬱屈した気持ち、父親のこれから家族を自分が養っていかなければならないという重圧と不安。その二つの感情を敏感に感じ取り、幼子は泣いた。

 泣くこととは、一種の祈りのようでもあるし呪いのようでもある。泣き声で作用した力は感情を砕き、母親には逃避を植え付け、父親には庇護を植え付けた。


「つまり、全てはこの子供の力の自業自得。それを抑えるために、父親の魂と人形に子供の力を融合させ抑えていた。だがその必要もなくなったが故に、こうして術を解除して融合させているまでのことよ」


 電流が収まり、陣が消滅する。そしてエイリークたちの目の前にいたアインザームは最早子供ではなく、大熊のような魔物と変わり果てていた。

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