第十七節   混雑する情報

 漁港の町キュステーを抜けたエイリークたちは、開けた街道で漸く一息つく。色々と混乱する。いったい何が起こっているというのか。ひとまず落ち着いて、全員で情報を整理しよう。

 決まれば行動は早かった。薪を集め火を灯し、焚火を囲うように各々が座る。今日はここで野宿となった。


「あいつら……いったい何だったんだ?」


 最初に問うたのはエイリークだ。漁港の町キュステーで自分たちに襲撃をけしかけてきた、三人の人物。どの人物とも初対面だ。二年前から今日まで、ケルスとグリムと共に再び旅をしていた時にも、姿はおろか名前さえ聞いたことがない。


「あの方々、自分たちのことをヴァナルだって言ってましたね……」

「だな。つまりユグドラシル教団の敵ってワケで、俺たちにとってもそうってことになるな。……あ、そのすまん。ケルス国王陛下にこんな馴れ馴れしい態度で」

「気にしないでくださいラントさん。僕はその、畏まれるのはあんまり慣れてなくて。どうかそのままの態度で、接してください」


 にこりと笑うケルスに、そうか、とどこか一安心したように呟くラントである。

 次の話題に移る。何故、ヴァナルは漁港の町キュステーを襲撃したのか。


「確かにあの街には、ユグドラシル教会はありません。でも代わりに安置しているという女神像のことは知らなかったし、初耳です。そんな像が置いていると知っていたなら、俺はすぐさまそこに向かいました」

「まぁ、普通はそうだよね」

「はい。ユグドラシル教団騎士は入団直後に、世界中にある教会や女神像の場所を叩き込まれるんです。忘れるとか知らないわけありませんよ」


 レイが語る。ユグドラシル教団騎士、ひいてはユグドラシル教団の全関係者は彼の言う通り、世界中に散らばる教会や女神像の位置を把握しているらしい。それは街に赴いたときに礼拝に困らないよう、また巡回の際の最適なルート確保のためだとのこと。

 レイが言うには、漁港の町キュステーには女神像なんて安置されていない。街の人々は礼拝する場合は、この先の街であるミュルクにあるユグドラシル教会まで赴く必要があると説明を受ける。

 それなのにあの時出会った長髪の男、ヘルツィは言っていた。


 ──「この町には古くから、ユグドラシル教会はなくとも女神像を安置し、祀っていたからな。こちらの理念の邪魔になるものだったので、町もろとも破壊する。それがアディゲン様の目的であり、我々の手段だ」


 レイの語る事実と彼の言葉には矛盾がある。


「どういうことだろ……」

「今それを推察できる程の情報はない。しかし、あ奴らに指示を出している人物がいるということは、理解したか」

「アディゲンって言ってたな。何モンだ?」

「ラントさんも、ご存知ないのですね」

「ああ、初めて聞いたわ」


 分かったことよりも浮上する謎についてが多い。現状で理解したことといえば、自分たちの今度の敵がヴァナルという集団であること。その集団が、世界を混乱に陥れようとしていること。

 ユグドラシル教団騎士を狙っているということは、レイが狙われる可能性があるということ。安全確保のためにも一刻も早く、ミズガルーズへ向かわねばならないということ。それだけだった。

 ヴァナルについて、港町ノーアトゥンでミズガルーズ国家防衛軍のツバキから、軍でも調べてみるということを聞いている。もしかしたら、何か情報が掴めるかもしれない。そうとなればレイを送り届けるだけでなく、情報を得るためにも、ミズガルーズへ向かうことにしよう。話がまとまって休息をとろうとしたところで、おもむろにレイが口を開いた。


「あの、一ついいですか……?」


 全員の視線がレイに向けられる。彼は俯いていたままの顔を上げ、確認するようにエイリークたちに訊ねてきた。


「俺が女神の巫女ヴォルヴァってのは、本当のことなのですか……?」


 二年前の記憶を失っているレイにとって、自分が女神の巫女ヴォルヴァであるという事実は、まさに寝耳に水。信じがたいことだろう。ユグドラシル教団が探しているという、女神の巫女ヴォルヴァ。まさか自分がそんな存在であるなんて、と。

 襲撃を受けたときにアインザームと呼ばれた子供が言っていた。女神の巫女ヴォルヴァって呼んだほうがいいかと。その言葉を聞かされた時から、ずっと考えていたとレイは告白する。

 彼の記憶には、己がそんな大層な存在であると聞かされた記憶も、告げられた記憶もない。敵のハッタリなのではないか。そう考えても、あの時の言い切った子供の言葉が焼き付いて離れない。

 それに仲間であるエイリークたちも、特にそのことについて否定していなかった。だから確認したいのだと。不安を顔に張り付け告げるレイ。


「そういえば、記憶なくしてるんだったな」

「俺は自分が記憶喪失だとは思ってない、んですが……」

「……そっか」


 ラントはそれ以上何も言わない。エイリークは、彼の代わりにレイに告げた。


「……そうだよ。レイは、女神の巫女ヴォルヴァだ」

「そう、なんですか……!?」

「うん。二年前、レイはそれを自分でも自覚していたし、その力で自分の守れる人を守りたい。世界平和のための手伝いをしたいって、俺に言ってくれた」

「エイリーク……!」


 ラントが抗議の声を上げる。何も今この状況で真実を伝える必要なんてないじゃないか、と。それに対してエイリークは首を横に振る。


「レイは知りたがってるんだよ。嘘は教えられない」

「何もこんなタイミングじゃなくても良かったんじゃねぇかって、俺は言いたいんだ。こんな混乱してる時に……」

「……ありがとう、ステルさん。でもその、嘘をつかれるよりはいいです。受け止められるかって聞かれたら、その……話は別ですけど」

「レイ……」


 そう言われれば、ラントは閉口するしかなかったようだ。納得したように一つため息を吐いてから、彼はもう寝ようと提案してくる。全員がその提案を呑むが、その前に明日の行き先だけ決めようという話になった。


 現在地から一番近いのは先程話題に出た、森に近しい街ミュルク。ミュルクの先にあるミュルクウィーズの森という小さな森を抜けると、ミズガルーズまで目と鼻の先の位置に出る。

 懸念材料といえば、一つある。森に近しい街ミュルクには、規模は小さいがユグドラシル教会があるのだ。教会のある場所へ、ヴァナルはまた襲撃しに向かうだろう。次に相対したら敵同士だと告げた、あの人物たちと接触する可能性もゼロではない。

 そこで、ここは急がば回れと、少し南下した位置にあるフロスティという洞窟を目指そうという話になった。


 フロスティとは古くから存在する深い洞窟であり、洞窟の中心部にはアールヴァーグの住居と呼ばれる街があると云われている。太陽の光を苦手とするドヴェルグ族が、その街を建造したのだとかなんとか。

 とにかくその洞窟を抜けた先に、ミズガルーズから近しいイーアルンウィーズの森があり、そこからミズガルーズへと進めば、余計な戦闘をしなくても済む。そんな形で話は落ち着く。そして今晩はもう、各々解散となる。見張りはエイリークが引き受けることになった。


 ******


 その日の、だいぶ夜が更けたころ。パチパチと鳴る焚火の火の音に起こされたのだろうか、寝ていたはずのレイが起き上がる。


「レイ?まだ寝てていいんだよ?」

「いえ……その、眠れなくて」

「じゃあ、また眠くなるまで起きてる?」

「そうします」


 夜はまだ冷える。かぶっていたブランケットを羽織るレイに、エイリークはコーヒーを淹れる。砂糖とミルクは三個ずつ。レイが飲めるコーヒーだ。自分は砂糖を四個とミルクを一個。結構な甘さである。

 はい、と差し出せばレイは素直に受け取る。一口飲んで、美味しいと呟いた。


「……ビックリした?自分が女神の巫女ヴォルヴァだって聞かされて」

「それは、当然です。俺がそんな、世界を導くような存在だなんて。普通そんなこと思わないじゃないですか」

「まぁ、そうだよね。でも俺は、キミに嘘は吐きたくなくて。ごめんね」

「謝らないでください。その……まだ正直混乱してますし信じられないけど。フランメさんが優しいヒトだっていうのは、俺はわかりますから」


 コーヒーのアロマの香りが自分たちを包む。そっか、と呟いた言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。胸の内に広がる暖かさが、安心感をもたらす。


「……ヴァナルは、ユグドラシル教団を破壊することを理念とする集団。教団が探し求めているという、三人の女神の巫女ヴォルヴァのうちの一人が仮に俺だったとして。集団は、俺のこと知ったら襲ってくると思います」

「レイ……」

「そうなったら、俺は皆さんに迷惑をかけることに……」


 力なくマグカップを握るレイ。そんなレイの背中を、ぽんと叩く。


「大丈夫だよ、迷惑だなんてとんでもない。それに、レイの護衛が今の俺たちの役割なんだから。絶対俺たちが、レイのこと守ってみせるよ」

「フランメさん……。……ありがとうございます。でも一つだけ約束してくれませんか?無理してまで俺のことを守らないって。俺もこれでも、下っ端とはいえ教団騎士です。自分の身は自分で守ります」

「そうだったね。じゃあ、俺がピンチの時は守ってね?」

「当然です、それが騎士ですから!」


 一瞬の沈黙の後、くすくすと笑いあう。眠くなったかと尋ねれば、


「そもそもコーヒーのカフェインのせいで、余計に目が覚めましたよ?」


 なんて言われてしまう。言われて気付く事実に、エイリークは項垂れながら謝罪するしかなったのであった。

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