第十八節   陽の当たらない街

 現在地からフロスティまでは、そう時間はかからなかった。特段ヴァナルからの邪魔もなく、無事に洞窟の入口まで辿り着く。

 洞窟の中は薄暗い。念のためにレイが自身の杖の核にマナを送り、ランタン代わりとすることに。レイを先頭に中へ入っていく。ごつごつした岩肌で、剣山のようなこれは本当に自然にできたものなのかと疑ってしまうほど。それほど精巧にできているのだ。

 この洞窟の中核にあるといわれている、ドヴェルグ族が建造した街アールヴァーグの住居。本当にそんな街があるのだろうか。それにドヴェルグ族という種族の名前も初めて耳にする。様々な土地を旅したエイリークだったが、そんな名称は聞いたとこがなく、半信半疑である。それに訂正を入れたのは、ラントだ。


「いんや、実際ドヴェルグ族はいるんだぜ」

「会ったことがあるの?」

「まぁな」


 ドヴェルグ族。

 手先が器用であり、高度な鍛冶や工芸技能を持つと云われている種族。実際、世界中に溢れている武具の大元の基本は、彼らドヴェルグ族が造り上げたものだという伝承もあるのだという。

 世界戦争の折にて神々が扱っていた魔力のある武器。伝説として受け継がれている宝物。それらを制作をする優れた匠としても、有名な種族であったのだと。彼らは暗い場所を好む一族であり、洞窟に身を潜める。暗い場所を好むというよりは、太陽の下に出られないと言った方が正しいらしい。彼らにとって太陽は死神であり、ひとたびその光を身に浴びれば、体は石となり砕け散ってしまうとのこと。

 そんな彼らの安住の地として建造されたのが、アールヴァーグの住居だ。そこにはドヴェルグ族しか住んでおらず、言ってしまえばドヴェルグ族の国だといっても過言はない。大抵の人間は気味悪がり、アールヴァーグの住居はおろか、フロスティの洞窟に立ち寄りはしない。しかし一部の商人や、ラントのような考古学者や地質学者は興味本位で尋ねることもあるのだと。


「なるほど、道理で詳しいわけだ」

「これでも一応は、考古学者の端くれなんでね。ほら、空気が流れ込んできているのがわかるだろ?」


 一度立ち止まると、確かに進行方向から風が流れてきている。奥が行き止まりではなく、空間があるという証拠だ。なるほど、一つ勉強になった。そしてラントの説明の中で、気になることがあった。


 魔力のある武器。

 世界中の武器、武具の多くは形が完成したあとにマナを付与させることで、様々な状態に変化する。そんな武器や武具の中で、特殊と言われている存在もあるのだ。それは成形時にすでにマナが織りまこれている、魔術具とも呼ばれる類のもの。多くは出回ってはいない代物で、それを扱うには相当のマナを駆使する必要がある。下手をすれば自身の扱う武器で殺される、とも。

 そんな武器を扱う人物が、目の前にいるのだ。グリムである。


 彼女──デックアールヴ族の扱う武器は特殊なものだ。元々それらは、豊穣をもたらすものだと言われていたらしい。それにもかかわらず、神々へ贈り物として捧げる武具や武器には、どうしてか邪悪で強い力が宿っていたらしい。

 エイリークは過去に、それをグリム自身から聞いている。試しに訊ねてみた。


「グリムのその武器も、元はドヴェルグ族が作ったものなのかな?」

「……さぁな。ただ、私の武器には意思がある。貴様は知っておろう」

「うん」


 それはエイリークとグリムが初めて邂逅したときまで遡る。

 エイリークが師であるマイア・ダグを殺したと、無実の罪を人間たちに着せられ逃げるように旅をしていた時のこと。偶然向かった街で出会ったのが、グリムだった。


 出会った当時彼女は、正気の状態ではなかった。己の武器に意識が引っ張られているようで、とにかく目につくものを破壊尽くしていたのだ。それに対抗したのがエイリークである。

 真正面からぶつかり、戦い、グリムを倒したことにより彼女の武器の意志が弱まり、こうして今まで正気を保てているのである。当時何故、彼女が武器に呑まれていたか、それはグリム自身もわからないらしい。その原因を探るべくグリムはエイリークと旅を始めたのだ。


 その事実を初めて知ったレイとラントは言葉を漏らす。


「そんなことが……」

「大変だったんだな」

「貴様ら人間に憐れられる謂れはない」

「そんな言い方ねぇんじゃないの?」

「黙れ。そういった人間の傲慢な部分が、私は好かんのだ」


 そう言って先を歩くスピードを速めたグリム。そんな様子に狼狽えるレイだったが、大丈夫だよと安心させる。彼女は人間を嫌っているが、仲間としてみている人間の場合は対応が違うのだ。

 下手をしたら問答無用で切り裂かれるが、現にこうしてレイたちは生きている。それは彼らが、彼女に許されているからだと。グリムが忌み嫌う人間の部類であるレイやラントに手を下していないということは、彼女なりに認めてくれているのだ。

 こんなこと言えばあとで、エイリークが彼女からどやされそうではある。それでも口数少ないグリムのことを、この中では一番に理解していると自負している。きっとこの考えに間違いはないだろう。


 そんな風に会話をしていると、大きく開けた空間に出た。

 城門を思わせる高い壁。その奥に建てられている大小様々な建造物の数々。薄暗い洞窟内でも明るいのは、鉱石を核にして作られた外灯が灯られているからだ。間違いない、ここがアールヴァーグの住居だと理解する。


「すごい……」


 エイリークたちが城門前で呆然と立ち尽くしていると、一人の背の低い男性が声をかけてきた。長い耳に土に似た色をしている肌。ラントが説明してくれた、ドヴェルグ族の外見と一致している。

 ドヴェルグ族の男性の声に反応したのは、ラントだ。


「なんじゃお前さん、またここに戻り寄ってきてか」

「ああ、ドゥーリンじいさんじゃねぇか。相変わらず元気そうなこって」


 二人の会話に置いて行かれるエイリークたち。その事に気付いたラントが、加えて説明しれくれた。


「紹介するぜ。アールヴァーグの住居の長の、ドゥーリンじいさんだ」

「お知り合いだったんですね」

「まぁな。ほら、以前ドヴェルグ族に会ったことがあるって言ってたろ?」

「なんじゃ、お前さんが連れと一緒とは。珍しいこともあるもんじゃの」


 ドゥーリンと呼ばれたドヴェルグ族の老人はエイリークたちを見るなり、くしゃりと笑う。ほほ、と楽しそうな笑い声に何かおかしいのだろうかと不安がよぎる。


「なんとも珍しい組み合わせじゃのぅ。本来の姿のバルドル族に、リョースアールヴの国王、デックアールヴに人間とは。どんな世界の気迷いか」

「えっとその、はじめまして」

「なんと、その姿で自我も保っておるとは。いやはや、お前さんたまには良いものを見せてくれるではないか」

「あのな、俺がいつ良くないものばっかり持ってきたんだよ?」

「何を言う。お前さんが初めてここに来た時だって──」

「あーはいはいわかったよ、俺が悪いんだって言いたいんだろこのタヌキジジイ」


 ラントとドゥーリンの小言合戦に、またしても呆気にとられかけるエイリークたちである。しかしラントは表情を切り替えて、ドゥーリンに尋ねる。


「じいさん、この街を通ってもいいか?」

「ふむ。久々の客人じゃから、もてなしをしたかったのだが」

「ちっとワケアリでな、急がなきゃなんねぇのよ」

「そういうことなら、致し方あるまいの」


 ありがとうございます、と頭を下げて街の中を通ろうとする。ところがグリムがドゥーリンの隣を通り過ぎようとしたとき、彼が彼女に待ったをかけた。何事かと振り向けば、グリムの武器を見せてほしいとのこと。

 彼女は腰に下げていた大鎌をドゥーリンに差し出す。ドゥーリンはその大鎌をじっくりと、品定めをするように吟味する。


「ふむ……お嬢、これを何処で?」

「それは元々、私のものではない。ある人物から手渡されたものだ。私はそ奴を追っている。貴様、何か知っているか?」

「さて……儂も詳しくは知らんのじゃ。ただこの大鎌には、ドヴェルグ族がかつて造り出した、ダインスレーヴという魔剣の破片が溶け込んでおる」


 魔剣ダインスレーヴ。聞くところによるとそれは、一度鞘から抜くと、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらないといわれた魔剣らしい。

 かつてドヴェルグ族の男が造り上げたというその魔剣は、世界戦争にて使用されたものとされている。その際に砕け散った破片は世界各地に散らばった。欠片ですらその威力は強く、未だに生き血を吸おうとする力は失われていないという言い伝えがあるとのことだ。


「そんな怖い破片が、グリムの武器に使われて……!?」

「とはいえ見事に加工されてあるのぅ。ここまでの加工は儂らドヴェルグ族か、それこそ儂らから進化した種族である、デックアールヴしか行えんわい」

「そうか……恩に着る」


 ドゥーリンがグリムに大鎌を返す。彼は目つきを鋭くしながら、彼女に忠告した。


「用心するんじゃよ、ダインスレーヴの意志は決して外だけに向けられるものではない。持ち主にすら牙を向きかねんぞ」

「忠告は受け取ろう」


 それだけ言うと、彼女はドゥーリンに背を向け歩き出す。今度落ち着いたらまた来ますとだけ告げ、グリムの背を追いかけるエイリークたち。グリムの武器について知った一行は、洞窟の外を目指すのであった。

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