第一話

第一節    束の間の平和の中で

 魔物を操り世界征服を目論むカーサから、仲間のケルス・クォーツとグリム・セレネイドを救出するための旅を終えてから、今年で二年の月日が経つ。世界は今のところ平和であり、いつもと変わらない日常を送れている。


 あの戦いでカーサは致命的なダメージを受けたようで、ここ二年活発的な行動は起こしていない。小さな村が、彼らがけしかけた魔物に襲われることも、少なくなったと聞く。

 世界保護施設についても似たような状況らしい。とはいえ世界保護施設については、分からないことも多い。何もないに来ないに越したことはないが、念のための用心はしている。


 エイリーク・フランメは、今年で十九歳になった。出で立ちは幼さは多少残りつつも、立派な大人へと成長していた。外見も、二年前から大きく変わっている。

 二年前の、カーサとの戦いの折。戦いの中で一度死にかけたエイリークは、自分の中にあるもう一人の自分の魂と融合したことで、生き永らえた。しかしその時の影響で、髪の毛先が血のように赤く染まってしまったのだ。何度染色しようがそれは変わらず、まるで抑制剤の薬を飲まなかった時に出る、禁断症状のような外見となっている。

 もう一人の自分が言うには、その姿こそが本来のバルドル族の容姿だという。ならば仕方ないと、外見を元に戻す努力をエイリークは半ば諦めている。今のところ、もう一人の自分が自分に侵蝕されている感覚もない。とはいえ一応念のため、抑制剤──インヒビジョンは欠かさずに飲むようにしていた。


 ケルスとグリムも変わりない。ケルスはこの二年間、自分の国であるアウスガールズに帰ることはなかった。本来なら二年前アウスガールズがカーサから解放されたのちに、戴冠式を行わなければならなかった。

 しかし元々儀式を行う前に両親である前国王と王妃は殺害され、追手から逃げるように、彼はエイリークとグリムに助けられる形で国を出たのだ。落ち着いて王位を継承する暇など出来なかった。そのことも相まって、ケルスからは自身が国王としての覚悟と決意を抱けないうちは、国には帰れないと告げられていた。

 加えて彼は両親のかたきであるヴァダース・ダクターをこの手で倒すために、これまで共に旅をしている。その目的を果たすためにも、帰るわけにはいかない。国民たちを不安にさせてしまっていることに、罪悪感がないわけではない。それでも自分の中で一度決めたことを、中途半端に放棄したくもないのだと。そう話したケルスの横顔には憂いを感じ、それだけが少し、気にかかった。

 グリムもなんだかんだと、エイリークとケルスを厳しくもいつも見守ってくれている。もう一人の魂と融合して変化したエイリークの状態を、常にチェックしてくれていることがとても心強い。彼女自身の旅の目的をしっかり聞いたことはないが、ここまで来たら最早腐れ縁である。今更離れ離れになる理由もない。


 そんな三人は現在、川の村リヴィエール村に来ている。エイリークは村の人間にバルドル族だと知られないように外套を羽織り、フードを深く被って村を歩いていた。目的地は村にある、郵便局。

 旅をしているエイリーク達は、自分から手紙を送るときは簡単だ。一方で手紙を貰うときは、逐一その村の郵便局へ送るようにと、先に差出人に手紙で行き先を記す。向かう村の郵便局へ送ってもらうようにお願いしておけば、確実に自分の元へ手紙が来るからだ。そして郵便局で手紙を受け取る。それがいつもの、エイリークも含めた旅人たちの文通方法であった。

 エイリークは受付で、自分宛てに手紙が来ているか確認する。


「あの、すみません」

「はい、なんでしょう。郵便ですか?」

「えっと……手紙が来ていませんか?エイリーク・フランメ宛に」

「エイリーク・フランメ様宛に、ですね?お調べしますので、少々お待ちくださいませ」

「ありがとうございます」


 受付の村人は、背後にある簡易ポスト棚を調べる。約三分ほどだろうか、受付の村人はエイリークに振り返ると、申し訳なさそうに告げてきた。その表情を見て内心、やはりとため息をつく。


「申し訳ありません、エイリーク・フランメ様宛の手紙は届いておりません」

「そうですか……。わかりました。ありがとうございました」


 エイリークは返事を聞くと郵便局を出て、そのまま宿屋へ向かう。宿屋ではケルスとグリムが既に部屋をおさえ、休息を取っている。グリムで一部屋、エイリークとケルスで一部屋と、二つ部屋をおさえていた。

 宿屋に戻り、自分とケルスがおさえた部屋に入る。部屋の中にはケルスとグリムの二人が寛いでいた。エイリークも外套をハンガーにかけ、一息つく。


「おかえりなさいエイリークさん」

「うん、ただいま~」


 一人掛けのソファに座ると、ケルスが紅茶を淹れてくれた。この村に来る前、草木の村エルブ村で購入したというハーブティー。一口飲むと、まろやかな舌触りと共にハーブの香りが鼻孔を擽る。体の芯からリラックスするような感覚に、ほう、と息を吐く。


「それで……どうでした?」

「ああ、うん。やっぱり、ここにも届いてなかったよ……」

「そうでしたか……」


 カチャ、とティーカップを置く。ゆらゆらと紅茶がカップの中で揺れる。


 エイリークは、二年前に出会って仲間となり友人となった少年、レイ・アルマと文通をしていた。二年前エイリークは彼と共に、カーサからケルスとグリムを救出するために旅をしていた。

 人間とは違うバルドル族である自分に、分け隔てなく接してくれた数少ない心許せる人物。エイリークは今、取り戻した仲間たちと旅を続けている。一方レイは、二年前の旅で自分の新しい目標が出来たとエイリークに語ってくれていた。


 この惑星カウニスを守護する三人の女神。その女神から直接予言を賜り、世界へ告げる女神の巫女ヴォルヴァ。レイはその、女神の巫女ヴォルヴァであると二年前に発覚した。

 彼は目覚めたその力で、世界の平和を築く手伝いをしたいと言っていた。自分の両手で救える人たちを、助けていきたいと。目の前で泣いてるヒトを救いたい、そんな人間になりたいと告げた彼の横顔を、今でも覚えている。そう語る彼にエイリークは応援している、と笑いかけた。

 別れてからも二人は手紙を通して、お互いの状況を把握していた。一年前来た手紙には、レイが目標の一歩である、ユグドラシル教団の教団騎士に所属することになったと記されていたのだ。その知らせに、エイリークはケルスと一緒に喜んだ。グリムは興味なさそうではあったが、否定はしなかった。

 ユグドラシル教団騎士に所属したら、手紙を送れる頻度は少なくなるとは書いてあった。訓練などもあるから、と。それはエイリーク自身も理解はしている。


 しかしここ一年間、エイリークが手紙を送っても全く返事が返ってこない期間が続いたのだ。

 いくらなんでも、一年間も手紙が送られてこないのはどういうことだろう。まさか何かに巻き込まれたのではと、エイリークはレイの身を案じていた。


「無事ならそれでいいんだけど……あまりにも返事がないと……」

「きっと、大丈夫ですよ」

「うん……」


 重くなる空気。それに対しグリムが大きくため息を吐く。


「甘いな、バルドルの。奴も所詮、貴様とは違う人間という種族。下賤な人間とバルドル族とが、分かり合えるはずがなかろう。ましてや友情などと。笑わせる」


 棘のある言い方は、グリムのいつものことである。とはいえ内容が内容だけに、エイリークは反論する。


「そんな言い方ないだろ!?レイは、俺を種族が違うからって差別したりもしなかったし、蔑むこともしなかった。俺の大事な仲間の一人だ!たとえグリムでも、レイを侮辱するのは許さないぞ!」

「貴様がどう言おうが、手紙が来ていないことは疑いようのない事実だ。それにも関わらず、友情だのなんだのとほざく貴様の考えは甘いと言っている」

「それでも訂正してよ!レイは、グリムの考えてるような人間じゃない!」

「生憎私は貴様ほど奴との付き合いもなければ、お人よしでもない。人となりを分からんのだから、貴様の言葉だけでは判断なぞ付きかねるわ」


 グリムも折れない。彼女の言っていることもわからなくもない。それでも一方的に決めつけられるのは、どうにも気分が悪い。あわや一触即発、というところでケルスが二人の間に入る。


「お二人とも、やめてください!」

「ケルス……」


 ケルスは二人の間に立つと、まずグリムと向き合う。

 ケルスが彼らの喧嘩の仲裁をするのは、いつものことだ。


「グリムさん、貴女が人間を嫌っていることはわかります。ですがエイリークさんの言う通りでもあるんです。人間だからと一括りにするのは、少し軽率ではないですか?」

「……」


 にこり、と笑うとケルス今度はエイリークの方に向き直る。


「エイリークさん、グリムさんの言うことも正しいと言えば正しいんです。現状レイさんからの手紙は来てない。第三者から見れば、見捨てられたともとれる」

「でも……」

「貴方がレイさんことを信頼しているのはわかります。僕も同じです。でもだからって自分の意見を押し付けるのは、違うと思うんです」


 ケルスは決してどちらかを叱るのではなく、諭すように優しく語る。そんな彼がエイリークとグリムに、ある提案を持ちかけた。


「だからこれから、僕たちでレイさんに会いに行きませんか?」


 開いていた窓から入ってきた風が、エイリークの頬を撫でた。

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