第二節    会いに行こう

「レイに会いに……?」


 オウム返しにケルスに尋ねる。彼にしては唐突な提案してくるものだ。疑問を投げかける視線に対し、彼は一つ頷いた。


「はい。待っているだけでは、何も分からないです。だから、レイさんのいるユグドラシル教団本部に行ってみませんか?」


 そこで再会が果たせたら、エイリークの杞憂も消えてグリムの凝り固まった考えも変わるだろう、と。どうですか、とこちらに笑いかけるケルス。彼の言葉で気付かされた。待っているだけでは、なにもわからないまま。そんな今の現状から脱却できるのならば、ケルスの提案に賛成しない選択肢などない。


「そうだね……待っているだけじゃ、駄目だよね」

「そうですよ。自分から行動しないとわからないことも、ありますから」


 この旅の目的は、最終的にはカーサを倒すことではある。だが今の自分たちの力では、その目的を達成するなど、どだい無理な話だ。言ってしまえばこの旅の中で、己自身を強くしたいとエイリークたちは感じている。

 その目的は忘れていないが、それでもかつての仲間に会いに行くくらい、許されてもいいよねと。エイリークはグリムに向き直る。


「そういうことだから、グリムも来てくれるよね?」


 自分の言葉にややあってから、グリムはため息を吐く。長い付き合いからそれは、勝手にしろという無言の肯定であることを、エイリークたちは知っていた。決まりだねと、テーブルに地図を広げる。


 レイのいるユグドラシル教団の本部は、アウスガールズから少し離れた場所にある海を埋め立てて作られた、ヒミンという名の島にある。現在地の川の村リヴィエール村からヒミンに行くには、まず港町ノーアトゥンに向かわねばならない。

 そこは二年前にも行った街だ。アウストリ地方でも一、二を争うくらい大きな港町だったはず。街のシンボルである、大きくそびえ立つユグドラシル教会で起きた出来事も、昨日のことのように思い返される。

 そこでレイが、不思議な力──女神の巫女ヴォルヴァの力であることなど当時は思いもつかなかった──を、目覚めさせたことも。

 港から出ている定期便に乗れば、ヒミンまでは数時間とかからないようだ。


「じゃあ今日はここで一泊して、明日はまず港町ノーアトゥンを目指そうか」

「その方がよさそうですね。急いては事を仕損じる、とも言いますし」

「最近は魔物も落ち着いているし、余計な邪魔が入らなければ早くて明後日くらいにはヒミンに到着しそう、かな?」


 途端に饒舌になったエイリークになにを想ったのか、くすくすとケルスは小さく笑う。何かおかしなことでも口走っただろうか。思わずケルスに視線を向けると、ふわりと優しく笑う白い花がそこにあった。思わずドキリ、と胸が高鳴る。


「な、な、な、何か俺、変なこと言った?」

「ふふ、違うんです。……なんだかエイリークさん、楽しそうだなって」

「楽しそう?」

「はい。レイさんに早く会いたくてたまらない、って顔をしているから」


 そんなに破顔していただろうか。グリムに尋ねれば、情けない顔だと容赦なく言い捨てられた。それに酷くないかなとツッコミを入れる。そんなやりとりを笑って見ているケルス。こうして他愛のない会話をしていると、今が平和であると、しみじみと感じる。

 明日からの予定が決まったのは、陽は大分傾いた頃。部屋にかけてある時計はすでに、夜の6時を回っていた。


「うわもうこんな時間!?ていうかいつの間にか外が暗い」

「本当ですね、時間が経つのが早いです」

「ケルスどうする?夕飯が来るまでは時間あるし、先にシャワー浴びちゃう?」

「あ、じゃあそうしてもいいですか?」

「もちろん!俺は大剣の整備もあるし」


 己の大剣の整備は、エイリークの日課の一つだ。いそいそと準備を始める。

 そんな中エイリークとケルスの会話を聞いていたグリムから、声をかけられた。


「バルドルの、貴様に話がある」

「俺に?」

「リョースの、少しバルドルのを借りるぞ」


 もはや拒否権のない言葉だった。彼女の言い方にケルスは怒るでもなく、慣れたように笑いながら、はい、と返事を返す。それを確認すると、来いと一言告げられた。

 ひとまず部屋のカギを忘れずに持ち、慌ててグリムの後を追った。


 ******


 グリムは自身が借りた部屋に入り、窓際まで歩くと壁を背もたれにして向き直る。腕を組み、真剣なまなざしでエイリークを見据えた。


「えっと、俺に話ってなに?ケルスも一緒じゃダメな内容なの?」

「リョースのには、なるべく隠しておいた方がよかろう。貴様の魂の侵蝕具合については、な」


 あ、と開かれた口から言葉が漏れる。

 二年前に自分が死の淵から戻るために行った、もう一人の自分との魂の融合。その副作用である、人格崩壊。グリムはそのことを知っていた。それから時折確認するようにエイリークを呼び出しては、現状を訊ねてくる。簡単な診察といったところだ。


「どうなのだ?」

「今のところは、平気だよ。もう一人の俺は大人しくしてるし、俺自身の魂が削られている、なんてことはない」

「嘘ではないな?」

「グリムに嘘はつけないよ」


 エイリークの表情に嘘偽りはないと判断したのだろう、グリムは一つ頷く。

 どこか安堵しているようにも感じられた。


「私の目から見ても、今の貴様が人格崩壊を起こす兆しは見えんが……用心はしておくことだ」

「用心?」

「そうだ。現状、今の貴様では裏の貴様を抑えることは容易なことではない。気を抜けば、即座に裏の貴様に貴様の魂は喰われる」

「くわっ……!?」


 冗談とも思えた。しかしグリムの真剣な表情に、それが単なる脅しではないと想像が出来る。思わず生唾を飲み込んだ。


「ど、どうすれば……」

「それは私にもわからん。だから用心しておけと言っているのだ。リョースのの笑顔を、守りたいのであればな」


 ケルスに余計な心配をかけさせないために。だからグリムはエイリークだけを呼び出し、話をしてくれているのだろう。彼女の忠告を胸に留める。わかったと彼女に頷けば、グリムは小さく笑った。


 部屋に戻ると、浴槽からシャワーの音が響いてきた。どうやらケルスに、グリムとの話は聞かれていないようだ。一安心して、息を吐く。

 窓の外の村をぼんやりと眺めながら、エイリークはこれからの己について考えるのであった。


 翌日。

 問題なくチェックアウトしたエイリークたちは、早速港町ノーアトゥンを目指すことにした。


「そういえば俺、ユグドラシル教団について復習とかしたいんだけど……ケルス、知ってたりする?」

「ふふ、お任せください」


 ふわりと笑うと、ケルスは語り始める。


 この惑星カウニスには、惑星の内側に、地上より遥か天上には世界樹ユグドラシルと謳われている樹がそびえ立っている。その樹はそこから9つの根を下界に下ろすことで、世界に必要なマナを与えている。ある根の袂には巨大な湖が広がり、そこには運命の女神が宿っていると言い伝えられている。その女神を讃える宗教団体が、ユグドラシル教団。

 運命の女神である彼女たちに導かれることで、世界の流転に溶け込み、己を世界の一部として捉える。そうすることで、いかなる困難も女神の導きであると受け入れられる。この世の苦しみ、不安からの解放こそが救済であると。良いことも悪いことも女神の導きである、ならば受け入れるのは道理だと。

 それがこの教団の理念。


 ユグドラシル教団に所属している修道士たちは皆、マナの力に干渉して近い未来を予測する巫女ヴォルヴァである。巫女ヴォルヴァの役割とは、来たるべき未来の意味を理解し、人々に予言をもたらし導くこと。迷える子羊を優しく見守り、また叱咤する。それがひいては女神の意志に殉ずると、それが教団の巫女ヴォルヴァの教えである。

 そんな巫女ヴォルヴァの頂点に立つ者、それが女神に選ばれた"女神の巫女ヴォルヴァ"であるのだ。


「レイの力の正体、だね」

「そうです」


 女神の巫女ヴォルヴァに選ばれる人物たちを選ぶのは、運命を司るノルンの女神と呼ばれている女神たちだ。彼女たちは三姉妹の美しい姿の女神と言われており、それぞれ過去現在未来を司る。

 彼女らは世界の破壊から繁栄、そして滅亡を謳うと、とある聖書に記述に記されているらしい。彼女たちの言葉は予言として語られ、女神の巫女ヴォルヴァを通して全ての生きとし生けるもの、ひいては世界を導いていく。


「そして、世界中にいる信者たちのために教団が建てた教会……それが、ユグドラシル教会です」

「その信者や修道士たちを守るためにいるのが、教団直属の騎士団、だよね」

「その通りです」


 ユグドラシル教団の教団騎士。普段は本部で修練に励んだりしているそうだが、時折各地のユグドラシル教会の拠点を巡回し、問題がないかを確認しているそうだ。

 教会絡みで襲撃が起きる場合や、抗争に巻き込まれかけた時に、本部から騎士団を派遣してそれを鎮める。教会を戦禍に巻き込まないことを、第一とする騎士団。


「これから向かう港町ノーアトゥンにある教会は、比較的大きな教会なんです。エイリークさんは以前、訪れたことがあるんでしたっけ?」

「そうだよ。そこの教会の礼拝堂に、巨大なキャンバスに三人の女性が描かれているんだ。三人の運命の女神をモチーフにしたって聞いたよ」

「話では聞いたことはあるんですが、実際に見るのは初めてなので楽しみです!」

「とにかくすっごいからね、ひっくり返らないようにするんだぞ?」

「だ、大丈夫ですよ!そんな滅多に転びませんからー!」


 慌てるケルス。グリムに視線を送り同意を求めるが、


「さてな」


 どうでもいい、と言わんばかりに軽くあしらわれるのであった。

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