第百九節 起死回生の一手
来る、そう思った直後には。 アマツはすでに、抜刀術に入ろうとしていた。
彼の視界には、マーニが。
いけない、間に合え。ケルスは琴を爪弾く。
ケルスが術を展開するのが先か、アマツが抜刀するのが先か。
「"抜刀 神罰"!」
「
アマツの刃が何かに直撃する音。目の前のマーニに怪我はない。
間一髪。ケルスの術がマーニを守護する方が早かった。
展開した術は、味方の周囲に膜を張る防御の術だ。この術は、相手の攻撃を弾くことに特化されている。
『申し訳ありません、主』
「無事でよかったです。それより……」
『ええ……』
確かに術は間に合ったが、楽観視はできなかった。冷汗が頬を伝う。何故ならケルスの張った防御膜には、ヒビが入っていたのだ。
決してケルスの術が弱い、ということではない。
アマツの抜刀の威力が、上がっているのだ。彼から放たれる鬼気迫るオーラが、彼自身の刀にも乗り移っているかのよう。
これが、人の力だというのか。わかっていたけど、本当に強い。それにまだ、見つけられていない。彼に装着されているであろう、贋作グレイプニルを。
追撃を加えにかかろうとしたアマツの背後から、棍棒を構えたソールが反撃の構えをとった。
『アンタの相手は──あたしだよっ!』
振り下ろされる棍棒。
それを振り返らぬまま体を横に逸らし、躱すアマツ。
そのまま振り向きざまに横に一閃。
その刃を棍棒で受け止めたソールが、手首を返す。
彼女は次に円を描くようにして棍を振り回し、アマツの刀を逸らした。勢いのままに、体当たりを仕掛ける。
よろめいたアマツだったが、彼もただでは転ばない。
手首を下ろされた状態から。上に切り上げるように刀を振るう。
反応したソールが、刀を弾くように同じく棍棒を振るう。
衝突する刃と棍。
体勢を整えるため互いから距離をとる。
じりじり、機会を窺う。
『……』
「──おぉっ!」
先に仕掛けたのはアマツ。
中段に構えた体勢から、唐竹割りを繰り出すように刀を振り下ろす。
彼の動きを見切ったソールが、頭の上で刀を受け止める。
勢いよく己の体の横下へ棍棒を振るえば、流されるままに体勢を崩されるアマツ。
好機。
ソールは棍棒を回しながら横へ移動。流れるように、開いたアマツの横っ腹に棍棒を叩きつける。今度は綺麗に入った。
攻撃の衝撃に怯んだアマツを逃す彼女ではない。
苦し紛れに刀を振り上げたアマツの胴体に、棍棒をお見舞い。力を込められた棍棒の威力は強く、初めてアマツが片膝をついた。
『ソール!』
そこへ、術の詠唱を完了させたマーニの声が響く。
彼をちらりと一瞥したソールが、その意図を組む。
『オッケーだよマー兄!』
マーニの術が展開する。彼の周りに浮かんでいた幾つもの光の球体が、輝きを増しながらソールのもとへ向かう。
『
光の球体が結集して、大きな隕石のようなものへと変化する。
そこめがけて飛び上がったソールが、棍棒を構え振り下ろす。
『いっくよー!
彼女は自身の目の前に飛んできたマーニの光の球体を棍棒で叩きつける。その際に彼女自身のマナも加え、一段と輝きと威力を増した球体。
それは叩きつけられた衝撃で、豪速球でアマツへ向かった。
体勢を整え切れていないなら、この合わせ技を回避するのは不可能。
と、思われたが──。
「"秘剣 斬鉄"!!」
あろうことかアマツは、その攻撃を斬り伏せてしまったのだ。
効力を失った光の球体は輝きを失い、バラバラとアマツに砕かれて破壊される。
これにはさすがの二人も冷や汗をかいたらしい。
『えぇー……。ヒトの力であたしたちの合体技斬るとか、あの人本当に人間?』
『敵ながらあっぱれ、とはこのことだな』
「ふふ……いやなに、そなた達こそ見事なものよ。今のは中々に苦しかったぞ」
『よく言うよ、そんなに楽しそうに笑ってるくせにさ』
ソールが再び構える。アマツも納刀する。
駆け出す前、彼女はぽつりとマーニに対して告げた。
『……左手首』
『了解した』
それだけ告げたソールが駆ける。刀のアマツよりは攻撃範囲が広い彼女。
彼に抜刀されるよりも早く、棍棒で突きを繰り出す。
「"抜刀 水簾"!!」
それに対しアマツが早いタイミングで抜刀。ソールの棍棒を地面に叩きつけるように、急速に振り下ろす。
威力そのものはソールの棍棒が上だが、早さの点に関してはアマツの方が一歩先。
今度は先程とは逆で、ソールの棍棒が強制的に、アマツによって移動させられる。
何とか棍棒を握りなおしたソール。手首を返して刀を上に弾くよう身体を回転。
くるりと後方に下がるが、そこへ刀を抜いたままのアマツが切りかかる。
上段から構え、振り下ろす。
彼の攻撃を、棍棒の中間あたりでしっかりと受け止めるソール。
何度も鍔迫り合う刀と棍棒。
ソールは片足を引き、受け止めた刀を掃う。
刀を掃われたアマツが再び切りかかる。次は棍棒でその切っ先を弾き、彼の体勢を崩しにかかった。
距離をとる。
にらみ合う両者。
ソールは、アマツが勝ちを急いでいるように感じたらしい。
アマツは、ぐ、と踏み込むと体勢を低く構えたまま、駆け出す。
そして草を掃うように刀を薙ぐ。
その行動を見切ったソールがジャンプして躱す。
着地してから、お返しと言わんばかりに棍棒を横に薙ぐ。先端が彼の顔にヒット。
続けざまに刀を持つ手をめがけて、下から上へ棍棒を振り上げた。
これも綺麗に決まる。棍棒によって振り払われた手から刀が離れ、アマツの身体ががら空きに。そこに追撃の突きが炸裂。一気に体勢を崩されるアマツ。
『マー兄!』
彼女の合図に、展開を待っていたマーニの術が発動。
地面から光の鎖が出現し、彼の身体を拘束する。
露わになったアマツの左手首には、贋作グレイプニルの姿。
『そーりゃっ!!』
ソールが棍棒を投げる。狙った場所はアマツの後方。
『主!』
マーニが叫ぶ。アマツがその真意に気付いたらしいが、時すでに遅し。
彼の背後に構えていたケルスが、手に持ったソールの棍棒を握りしめていた。
「やぁあっ!」
狙いを定め、贋作グレイプニルの宝石に勢いよく振り下ろす。
パキンと割れる宝石。音を聞いたマーニが術を解除する。
衝撃に目を見開くアマツ。
「な、ぜ……」
「最初から、これが目的でした。二人に集中して周りを見渡せなくなってくれれば、その隙を突いて僕が貴方に不意打ちをしかけられる。──剣道には、「気剣体の一致」という言葉があるそうですね」
充実した気勢のことを「気」と呼び、正しい竹刀またはそれに準ずるものの操作のことを「剣」と呼び、正しい踏み込みと体勢のことを「体」と呼ぶ。
この三つを合わせた言葉が「気剣体」であり、それらすべてを同一に行うことを「気剣体の一致」と呼ぶそうだ。これが無ければ、剣道に置いての決まり手──一本の基準に達しない。
どれか一つでも崩れてしまえば、技の威力は半減し、相手に有効打を与えることができないのだ。
ケルス一人では、圧倒的な強さを誇るアマツを御することはできない。
しかし先程のアマツは勝負を急ぐあまりに、刀の抜き方一つにとっても多少の差ではあるが、ブレが生じていた。そこを突くことを、ケルスは狙った。
すべてはアマツが装着している贋作グレイプニルの宝石を、破壊するために。
そう説明すれば、アマツは最後に笑う。
「見事……」
それだけ言うと、彼はその場に倒れる。
終わった、とケルスは一つ息を吐いた。
……本当に強かった。自分一人では、絶対に倒せなかった。
そんな風に感じていたところに、マーニとソールが近付く。
『ご主人、やったね!』
『お見事でした、主』
「いえ、二人のおかげです。ありがとうございます」
『どってことナイナイ!また何かあったら、力になるって!』
『主の力になることが、我らの存在意義です。誇りに思います』
「ありがとう」
礼を述べると、二人の召喚獣は光の粒子となって消え去った。
さて、とケルスはしまっていた核を取り出し、贋作グレイプニルの宝石の台座部分に嵌める。これで元に戻ればいいのだが。
数分後、アマツはゆっくりと目を開き、起き上がる。
「く……」
「大丈夫ですか、アマツさん」
「貴殿は……。ケルス、陛下……!」
アマツの目には、正気の光が宿っている。それで彼が、ルヴェルのエインから解放されたことを確信した。ほっと安堵の息を漏らし、よかったと呟く。
狼狽するアマツに対して、これまでのことを説明する。すべて聞き終わった彼は、深刻な表情をして頷いた。
「左様にございましたか……。私は、なんたることを……」
「悪いのはアマツさんたちではありません。貴方たちを道具扱いしたルヴェルこそが、倒すべき敵です」
「いいえ。いくら操られていたとはいえ、私は取り返しのつかない悪逆を積み重ねてしまいました……。許されざる行いに、変わりありませぬ」
「でしたら……また天に還るまでの時間を、僕に預けてくださいませんか?」
「陛下……」
ケルスはにっこりと笑い、アマツが握っていた拳に手を重ねた。
「僕は、僕の大切な人たちを取り戻すためにも、ルヴェルと戦います。そのためにも、貴方の力を貸してほしいのです。貴方の、神剣にすら至れるその力を」
言葉を紡ぎながら、手に持っていたアマツの刀を彼に差し出す。その姿を見たアマツは一つ頷いてから刀を握り、納刀した。佇まいを正すと、頭を垂れて彼が告げる。
「御意に。アウスガールズ本国の陛下に、忠心を誓いましょうぞ」
「ありがとうございます」
ケルスがアマツの決意を受け取る。その直後に、第三階層の入り口方面からこちらに近付く足音が聞こえてきた。振り向けばそこには、ラントたちが。
彼らの姿を確認して、その怪我に驚いたケルスはまず、彼らに治癒術を施す。ラントの足の怪我も、アヤメの腹部の傷も、完全に消滅した。そのことにようやく一安心する面々。
その中でルーヴァがアマツに近付き、声をかける。
「アマツさん……」
「ルーヴァくん。事情は、すべて聞いたよ」
「はい……。取り戻しましょう。ヤクも、スグリも」
「……そうだな。息子たちにも、謝らねばなるまいな」
「はい」
互いの決意や覚悟を抱いた一行は、ルヴェルに続くまでの最後の階層──エイリークとエダが戦っているであろう第四階層へと、駆け出すのであった。
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