第八十七節 情報は何よりも優れた武器
「けど、贋作グレイプニルさえ破壊すれば、エインの人たちを解放することができるかもしれないんだ」
「贋作グレイプニルの破壊、か……」
「けど、ただ破壊するだけで解放できるかは、わからないんだ……」
どういうことかはわからないけど、と付け加える。レイの説明に、通信機からシグがその話の肉付けするように、話をする。
『仰る通りです。以前私は貴方たちに、贋作グレイプニルの破壊について情報を掴んだと言いましね。しかしそれは嵌められている対象が、生者であるときの場合であって、死者の魂を蘇生躯体に注入したうえでの破壊となると、話は変わってしまいます』
「どうしてですか?」
『そうですね……。蘇生躯体という箱の中に死者の魂という入れ物を詰め込み、そこに贋作グレイプニルで鍵をかける。こう例えたらわかりますか?』
「それならなんとか!つまり贋作グレイプニルは、南京錠のようなものってこと?」
『ええ。鍵そのものが壊れてしまえば、箱から中身が溢れ出てしまう……。さらに万が一、蘇生躯体に魂が定着された状態であるならば、贋作グレイプニルの破壊によって連鎖的に蘇生躯体が壊れ、魂諸共の消滅も考えられます』
シグの言葉に、情報屋の中の空気が重くなる。そんな中で、エイリークがレイに尋ねてきた。
「それなら、レイの女神の
「それが……無理なんだ。俺はルヴェルの城に入ると、女神の力をアイツに吸収される。そういう術をかけられたんだ」
「なんだって!?」
「城の外にいるなら大丈夫なんだけど、アイツは聖なる宝玉ってものに俺に繋がる触媒を封じ込めて、それを作動させて俺の女神の力を奪ってる。俺は一方的に、アイツにパイプを繋がれた状態なんだ。だからそれに対しても何か対抗策を考えなきゃ、俺は城に入ることすらできない」
レイは悔しさから、ぐっとこぶしを握り締める。そうだ、何か対抗策を考えなければヤクとスグリを助けるどころか、自分の力を奪われてゲームオーバーとなってしまう。それだけは避けなければならない。
小さく唇を噛むレイに、グリムが尋ねた。
「
「今は夢渡りと、せいぜい古代文字を刻んで暗示をかけるくらいかな。古代文字を使った術が使えるほどの力は、奪われてる」
「暗示?」
「うん。その古代文字が意味するところの暗示だ。例えば、古代文字の一つにベルカナっていう、回復って意味を持つものがあるんだけど、それを薬草に刻んで治療薬に変化させる、みたいなものだよ」
その程度しかできない、ごめん、と謝罪する。彼女はそれには答えずにしばし逡巡して、ある提案を提出した。
「例えばだが……。贋作グレイプニルのチャームを破壊したのち、そこに古代文字を刻んだ核を嵌めるのはどうだ」
彼女の提案に、通信機からゾフィーの声が聞こえた。
『そうか……。贋作グレイプニルはただの足枷に、催眠効果のある宝玉をチャームとして嵌めて作成されたものだ』
その特殊なチャームが使われた贋作グレイプニルを嵌められたものたちは、例外なく嵌めた人物に従属するよう術が掛けられる。かけられている洗脳を解除するには、その宝玉だけの破壊が必然。
宝玉を破壊し、催眠が解除された状態で魂を蘇生躯体に繋ぎ止められる方法。それさえあれば、魂を蘇生躯体ごと破壊しなくて済むかもしれない、と。
核となるものがあれば、それにレイが古代文字を刻めば触媒となる。その触媒を贋作グレイプニルのチャームに、埋めかえればいい。
『ただ問題は、どうやってその触媒を死守したまま、ルヴェルの城の中で使用するかです』
触媒に古代文字を刻んだとして、それは女神の
悩むレイたちに、アヤメがぽろっと言葉を零す。
「もし互いの力を相殺させられる何かがあれば、触媒を隠し持つことができるっすかねぇ……?」
彼女の言葉に、はっと顔を上げたのはレイとエイリーク以外の全員。加えて、恐らく通信機の奥にいるゾフィーとシグだろう。通信機から、はっと息を呑む声が聞こえたのだ。ラントはもう一度、アヤメに今の言葉を聞かせてほしいと話しかける。
「え?あー、なんていうんすかね。聖なる巫女の力と対極の位置にある何かがあれば、その力で互いを相殺しあえるじゃないっすか」
そうやって、何の力も宿ってないと相手を誤魔化すことができれば、あるいは。女神の力が宿った触媒を持ったまま城に潜入することも、使用することも、可能なのではないか。それがアヤメの考えだった。
単なる思い付きっすけど、と答えるアヤメに、それだとラントは声を上げた。いまだ理解できないレイとエイリークは、どうかしたのかと尋ねる。
「あるじゃないか、女神の
「え?そんなもの、本当にあるのか?」
「ああ、あるよ!女神の
ラントの言葉に、レイがようやく合点がいったと言わんばかりに顔を上げる。
「それって、魔剣ダインスレーヴ!?」
魔剣ダインスレーヴ。一度鞘から抜くと、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらないといわれた魔剣。
それは邪悪で強い力が宿っている魔術具と呼ばれる武器であり、意思を持つ特殊な得物だ。ダインスレーヴには意思が宿っており、それは決して外だけに向けられるものではなく、持ち主にすら牙を向きかねないもの。それなら、ぴったり条件に当てはまるのではないか。
『そうですね……。その魔剣であるならば、女神の力を抑制することができるかもしれません』
シグのお墨付きも得られる。これ以外にない、そう思えたが……。一つだけ懸念材料があることに気付き、レイは言葉を続けた。
「けど、魔剣は前の世界戦争の時に砕け散ったって……」
魔剣ダインスレーヴは、世界戦争にて使用されたものとされ、その際に砕け散ったとされている。威力は破片だけでも、申し分はないのだが。未だに生き血を吸おうとする力は失われていない、という言い伝えがある程の、魔剣の破片。
世界全体からそれを探し見つけ出すということは、広大な砂漠の中から一粒の金を掘り当てるようなもの。もし破片を集めるとなると、骨の折れる作業となることは必然だ。
再び肩を落とすレイたちに、アヤメがまたしても言葉を漏らす。
「もしかしたら……。あのときの、あの人が持ってた武器って……」
「どうしたんですかアヤメさん?」
「えー、あー、その。ほら、ウチが初めてエイリークたちと出会った時のこと、覚えてるっすか?」
彼女の言葉に、エイリークがあることを思い出したように説明した。
アヤメに初めて出会ったとき、彼女はグリムの姿を見た瞬間に誰かと勘違いしたらしく、ひどく怯えたという。人違いであると理解したことで落ち着いたとのことだが、それが今の話の流れから何故出てくる話題なのだろうか。
「ウチ、グリムにクリソツな人を見たんすよ。見たというか、襲われかけたというか……。まぁなんにせよ、その人が持っていた武器のこと思い出したんすよ」
「武器?」
「はい。なんていうか、今まで見てきたどの得物とも違う雰囲気を感じたんですよね、それ。その人もその人で、武器に意識乗っ取られてるっていうか、そんな感じで。今思えば、あれが魔剣だったんすかね?でも、そりゃーもう怖かったっす!」
「話が長いぞ忍の、要点だけ話せ」
「話は最後まで聞くもんっすよー!まぁそんな意識乗っ取られ人の見た目が、なんともうグリムにそっくりもそっくり!ウチの店に最初来た時、うわウチ殺されるんだって思っちゃったっすもん!」
「なにっ……?」
アヤメの話に初めてグリムが反応を示す。
「つまりまぁアレっす。もしかしてウチが見た意識乗っ取られ人が持ってる武器に、その魔剣の力が宿ってるんじゃないっすかねってことっす」
だからその人物に関して情報を集めてみるもの、一つの手ではないかと。提案したアヤメに対して、ヤテンが一つ質問を投げかけるのであった。
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