第八十六節  おかえりさない

 朝陽が昇り始めようとした頃、レイとラントがいた海岸にエイリークたちが到着する。彼らはレイの姿を無事に確認すると、手を振りながら駆けてきた。レイもエイリークたちの姿が目に入り、しかし思わず顔を逸らしてしまう。後ろめたさがレイを襲う。自分がルヴェルの手を取ったあの時、思わず彼らに当たり散らすような態度をとってしまっていたから。そんな自分が彼らにどうして顔向けできようか。


 そう考えていたレイだったが、ラントに手を握られ思わず縋るように彼を見る。ラントは優しく笑っていて、大丈夫だと声を掛けてくれる。そんな彼に言葉をかける前にエイリークたちがもう、自分の目の前まで駆けてきていた。息を切らしながらもその顔には笑顔を張り付け、自分の無事を喜ぶ言葉を口にしている。


「レイ!よかった……無事だったんだね!」

「本当に良かったです、レイさん!」


 エイリークとケルスの、喜ぶ声。そんな二人に対してやはり後ろめたさを強く感じてしまい、思わずレイは俯く。そんな自分の様子を不審に思ったのか、心配の二文字が書かれている表情でレイに声をかけた。


「レイ?どうしたの?」


 エイリークの問いかけにレイは、ややあってから頭を下げて話し始めた。


「みんな、ごめんなさい!」

「レイ?なにを──」

「俺!みんなに酷いこと言って、傷付けた!俺のこと考えてくれていたみんなのこと、めちゃくちゃに言っちゃった!本当にごめんなさい!」


 レイはエイリークの言葉を遮って言葉を紡ぐ。言いたいこと、言わなければならないことはたくさんあるのだが、まずは何よりも謝りたかった。彼らが自分に差し出してくれていた手を、振り払ったこと。酷く罵倒したこと、それらすべてを。


 レイが謝罪の言葉を述べてから、少しの沈黙のあと。レイの肩にエイリークが手を置く。優しい声で、顔を上げてと言葉をかけられた。おずおず、といった様子で言われたとおりに顔を上げて見上げれば、そこには優しく笑うエイリークの姿が目に入る。


「エイリーク……?」

「レイばかりが悪いんじゃないよ。俺も、レイに謝りたかったんだ」

「なんで?エイリークは何も悪いことしてないじゃないか」

「ううん。……俺たち、知ったんだ。レイが"戦の樹"って呼ばれる存在で、そのためにどれだけ頑張って、一人で怖い思いをしてたのか」


 エイリークの言葉に、レイの血の気が引く。確かに自分の本当の正体について、自分は彼らに伝えてはいなかった。あえて伝えていなかったのだ。もし彼らがその事実を知ってしまえば、余計な心配までかけてしまうと思ったから。仲間たちに自分のことで思い悩んでほしくない、そう考えていたから言わなかったのに。


「レイは優しいからさ、俺たちに心配かけないためって理由とかで、ずっとそのことを黙ってたと思うんだ」

「それは……」

「でもさ、そんなの寂しいよ。仲間なんだから、友達なんだから、心配させてよ。怖いなら、一緒に怖がらせてよ。一人で何もかも、抱え込んでほしくないんだ。だってこうして、一緒に生きているんだから」

「エイリーク……」

「今まで一人で無茶させちゃって、本当にごめん。ずっと守ってもらってたのに、甘えてばかりでごめん。何もわかっていなくて、ごめん」


 でも、とエイリークは言葉を続ける。


「レイにはもっと、俺たちに甘えてほしいな。何でもかんでも抱え込まないでさ」


 エイリークのその言葉に続くようにケルスが笑い、グリムが小さくため息をつく。隣を見上げればラントも微笑んでいて。彼らの優しさに、思わず涙腺が緩む。表情が定まらないが、多分ひどい顔をしているだろう。しかしどうにか笑顔を作りレイは彼らに答える。


「ごめんな、ありがとな、みんな」

「おかえり、レイ」

「ああ……ただいま!」


 ようやく元に戻った彼らを、朝日が見守っていたのであった。



 落ち着いたレイを含め、彼らは今後の動きを決めるために今一度枝垂れの町サクラへ戻ることにした。ヤテンの店に戻り、まずは情報を整理しようということに。レイもそこで、自分が手に入れた情報をエイリークたちに伝える旨を告げる。話がまとまった一行は、アヤメの道案内で町へ戻る。その時初対面だったレイに対して彼女が己の出自と、自身を取り巻いていた環境、そしてエイリークたちと協力しているということを説明したのであった。


 さて町の入り口付近まで辿り着いて、アヤメは町の裏口から中に入ることを提案した。何故かと尋ねれば、少し一悶着あったのだと。極力争いは避けたいと仲間たちの意見が一致して、アヤメ先導でどうにか無事にヤテンの情報屋まで戻ることに成功した。中に入れば、彼らの無事を確認したヤテンが安堵した様子で出迎えた。


 レイは彼らに自己紹介をして、己の正体についても告げた。


「お前のような若者が女神の巫女ヴォルヴァだなんて……残酷な現実もあるものだね」

「俺はこの運命を、残酷だなんて思ってないですよ。自分から受け入れたんです」

「そうか……。それは失礼なことを言ってしまったな、申し訳ない」

「いいんです、ありがとうございます」


 談笑もそこそこに情報整理をしようと話が動く。情報整理のため、レイはずっと起動させていなかった通信機を取り出し、使用してもいいかとヤテンに尋ねる。通信する相手についても包み隠さず明かし、その人の力を借りたいと告げれば、承諾をもらえた。

 礼を告げて、レイは一つ深呼吸をしてから通信機のスイッチを押す。交信を知らせるような音がしばらく続いてから、やがて受信したのか慌てたような声が響く。


『アルマくん!?無事なのかい!?』


 通信相手であるゾフィーの切迫したような声に、レイは正確に「はい」と答えた。


「ご心配をおかけして、すみませんでした」

『本当にキミなんだよね?今、安全な場所にいるんだよね?』

「はい、ちゃんと無事です。長いこと通信しなくて、本当にごめんなさい」


 通信機に向かって話しかければ、安堵のため息をついた声が聞こえてくる。無事で安心したと告げられて、本当に心配をかけてしまったのだと反省する。


『陛下もキミの身を案じておられるよ、声を聞かせてあげて』

「シグ陛下が?」

『ええ、そうですよ。レイ、大丈夫ですか?』


 通信機から聞こえてきたミズガルーズの国王シグの声に、思わず背筋が伸びた。心労をかけてしまった謝罪を告げれば、無事で何よりだと優しく告げられる。挨拶もそこそこに、聞いてほしいことがあると申し出れば、聞きましょうと返された。


 レイはまずエイリークたちをぐるりと見渡してから、自らが掴んだ情報をすべて打ち明ける。


「ルヴェルの目的が、わかったんだ」


 彼の言葉に、エイリークが思わず身を乗り出す。


「本当!?」

「うん。……アイツは、女神の巫女ヴォルヴァから女神の力を奪って、あるものを成熟させようとしていた」

「あるもの?」

「それは三人の女神の巫女ヴォルヴァに宿っているそれぞれの力を、一つに合わせた時に現れる結晶体。それは伝説の果実、黄金のリンゴって呼ばれるものなんだ」


 その黄金のリンゴを成熟させ、手に入れることでこの世界の神として君臨することが、ルヴェルの本当の目的だったと語る。女神の巫女ヴォルヴァを救済するなんて真っ赤な嘘で、エインとして使役している人たちをも騙していると話を続けた。そんなレイの言葉に何か感じたのか、ラントが復唱する。


「エインとして使役している人たちをも、騙している……?」

「そうだよラント。アイツ、女神の巫女ヴォルヴァを手に入れるためだけに俺の育ての親のエダや、スグリのお父さんや師匠の恩人を利用した!女神の巫女ヴォルヴァを無抵抗でいさせるために!」


 女神の巫女ヴォルヴァを救済したいなんて、人の情に訴えかけるように嘘を並べ、彼らの同意を得る。そしていいように彼らを手玉に取ったルヴェルは蘇生躯体に魂を注入し、贋作グレイプニルを嵌めさせて彼らの本当の意思を塗り替えた。自分の思いのままに動かす、操り人形にするために。


「ちょっと待て!てことはあれか?エインには全員、贋作グレイプニルが嵌められているってことかよ!?」

「俺も全然気付かなかったけど、俺をあの城から脱出させるために協力してくれた奴が言うには、間違いないって」

「チクショウ!じゃあ何か?あの野郎は俺を最初から駒にするためだけに、ツェルトを蘇らせたのかよ!」


 ラントが感情に任せたように、振り上げた拳をテーブルに叩きつける。

 ルヴェルは己の目的のため、自分を利用するためだけにツェルトを蘇生させたということになる。しかも彼の弟の本当の意思を剥奪して。


「ラント……」


 俯いたラントの苦しげな表情。それを見たレイの胸が痛む。一言大丈夫かと声をかければ、深呼吸をしたラントが話の続きを促す。


「悪い……大丈夫だ。続けてくれ」


 彼の言葉に頷き、レイはさらに情報を開示するのであった。

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