第百二十八節 旅立ちの前夜

 エダたちを見送った後。

 レイはまず、持っていた通信機でシグ国王に一報を入れた。ルヴェルのエインとして使役されていたエダたちの消滅の確認と、無事にヤクとスグリを救出できたことを知らせなければならないと。彼は二人にも通信に同席してほしいと頼んだ。

 ヤクもスグリも、レイの頼みに断る理由もないとのことで提案を受け入れる。そして宿泊しているスイートルームの別室を借りて、そこで通信をすることにした。


 通信機のスイッチを入れると、数秒ののちに相手側から声が聞こえてきた。声の主は、シグ国王だ。


『レイですね?どうされましたか?』

「はい。お知らせしたいことがありましたので、それについての報告を。今お時間よろしいでしょうか?」


 通信機から聞こえてきたシグ国王の声は穏やかだった。レイはここで簡易的な報告をすることについて、その理由を話す。

 彼はシグ国王から宛てられた救援依頼に、ユグドラシル教団騎士からの使いとして請け負った。そして事件の全貌を知った彼は、そのことをシグ国王に説明しなければならない義務がある。よってミズガルーズに赴き、報告をシグ国王に伝えなければならない。しかしその前に先に報告できることをを報告しておけば、書類の作成等に時間がかからなくて済む。正式的な報告はミズガルーズに向かった時に改めてという形になるが、その前にシグ国王には情報を伝えておきたかった、と。

 そう伝えればシグ国王も納得してくれたのだろう。わかりました、と返事を返された。


『そういうことなら、わかりました。聞きましょう』

「ありがとうございます。まず一つ目は……ルヴェルの部下だったエインたちの、消滅を確認しました。使われていた蘇生躯体は回収済みです。ルヴェルに関しての脅威は、すべて消え去りました」

『そうですか……わかりました。これで、墓荒らしの被害もおさまるでしょう。協力に感謝します』

「いえ、自分のできることをしただけです。それに、自分一人じゃ何もできなかったので」


 シグ国王の優しい声色に、レイは思わず今までのことを振り返る。一度ルヴェルの手を取ったことなどが、頭をよぎってしまった。言い淀んだレイにシグ国王から大丈夫か、と声をかけられハッと我に返る。


「ごめんなさい、大丈夫です。それと二つ目なんですが、ヤク・ノーチェ魔術長とスグリ・ベンダバル騎士団長の両名、無事に救出できました」


 レイが通信機をヤクたちに渡す。受け取ったヤクとスグリはまず、シグ国王に謝罪の言葉を述べた。


「シグ陛下、長く部隊長から離れてしまい申し訳ありません」

「スグリ・ベンダバル、ヤク・ノーチェ、両名共に、いかなる処分も甘んじて受けます」


 彼らの言葉に、通信機越しのシグ国王は何を思ったのだろう。やや時間を要してから、相変わらず優しい声色のままで返事が返ってくる。


『ヤク、スグリ、まずは無事でいて何よりです。大方の事情については、部下からもレイたちからも聞いています。貴方たちにとっても、今回は苦しい戦いになりましたね……』

「陛下……」

『私は少なくとも、貴方たちを手放すつもりはありません。これからも私とともにミズガルーズを守ってほしい、そう願っています』


 つまり具体的な処分は考えていない、と。シグ国王の言葉に、レイは心の中で胸を撫で下ろす。今回のルヴェルとの戦いは、ヤクとスグリにとっても想定外のことが多すぎた。自分と深く関わりがあり、既にに死んでいた人物が敵になって歯向かってくるなど、思っていなかっただろう。シグ国王はきっとそのことを考慮してくれると、レイはどこかでそう願っていた。その願いが彼に届いたのかどうかは、レイの与り知るところではない。しかしこうして、直接シグ国王からの言葉を聞いたことで、願いが叶って安心できたという部分もある。

 シグの言葉に、ヤクもスグリも虚を突かれたような様子だったが、改めてシグ国王に忠誠を誓う言葉を述べた。二人の言葉に、満足そうに笑うシグ国王の笑い声が耳に届く。


 その三人の会話が落ち着いたところで、レイはとあることをシグ国王に尋ねてみることにした。


「あの、シグ陛下。一つ、お伺いしたいことがあります」

『なんでしょう?』

「……ロプト・ヴァンテインという人物を、貴方はご存知ですか?」


 レイの質問に、シグ国王が息を呑む音が聞こえた。しばし沈黙が部屋を包む。不審に思い声をかけてみると、憔悴したようなシグ国王の声が聞こえてきた。


「シグ陛下?」

『……ええ、彼のことは知っています。世界戦争の折に、殺し合いをした間柄ですから』

「え……!?」


 通信機から聞こえてきた衝撃的な事実に、レイはもちろんヤクとスグリの二人も驚愕したようで、息を呑む音が聞こえた。確かに二人は、世界戦争の時代に生きていた。どこかで出会ったことがあるかもしれない、とは考えていたが。まさかその世界戦争で殺し合いをしていたなど。


『前回の第三次世界戦争……それは人間たちと大勢の種族たちの戦いでもありました。勿論、人間に協力してくれた種族も数多くいました。しかし、価値観の違いや互いの相互理解を受け入れない考えは、多くの人間たちと種族たちの闘争本能を刺激した』


 その結果として、互いの存在意義を賭けたいざこざが争いに発展。その飛び火が世界各地に広がってしまった。シグ国王は人間側につき、他の種族たちと戦いを繰り広げた。その中で敵対した存在が、ロプト・ヴァンテインだったと告げる。そしてシグ国王は、そんな彼に致命傷を与えた人物である、と。

 初めて知った壮絶な世界戦争の内情。シグ国王の語りを聞いた後、数秒言葉が出なかった。しかし彼からの問いかけで、我に返る。


『……その、彼がどうかしたのですか?』

「ああ、はい。実は──」


 レイはエダからの忠告について、シグ国王にすべてを明かした。

 ロプト・ヴァンテインがまだ生きているということ。ヤーデの輝石という石を使って蘇生したということ。そのヤーデの輝石をロプト・ヴァンテインに施した彼の助手も、まだ生きているかもしれないということ。そして彼らが、いつか世界に牙を剥くであろうということ。


 それらを聞いたシグ国王から、覚悟したような声色で返事を返される。そして早急にヤクとスグリは、レイたちを連れて本国へ帰還するようにと指示を出す。明日の早朝に、港町エルツティーンから戻るようにと。彼の指示を請け負った二人は、レイに仲間たちにも報告しておくようにと告げる。


「わかった。今のエイリークたちの立場は、俺とケルスの護衛ってことになってるから、伝えれば来てくれると思う」

「そうか……。すまんが、頼む」

「うん、任せて!」


 話がまとまったところで、最後にもう一つだけとレイが尋ねる。


「あの、シグ陛下。ロプト・ヴァンテインがもし生きているとして、その人物の特徴とかって覚えていますか?知っておきたいと思いまして……」

『そう、ですね……。真紅の髪に、血液よりも濃く暗い色彩の瞳と覚えていただければ』

「わかりました、みんなにも伝えておきますね。ありがとうございます」

『いえ、こちらこそ』


 話が全部終わったとのことで、通信を切る。ふう、と息を吐くと身体の力を抜く。やはり相手が国王ということであり、緊張してしまう。ふと、ヤクから声をかけられた。


「レイ」

「なに、師匠?」

「すまなかったな……お前の孤独に気付いてやれなくて」

「俺もヤクも、お前の世話は見ていたが傍に寄り添ってやれてなかったからな」


 ヤクとスグリの謝罪の言葉に、レイは笑って大丈夫だと返事を返す。


「俺さ、本当に二人には感謝してるし、幸せになってもらいたいんだよね。だから気にしないで」

「しかし……」

「それに俺ならもう大丈夫!だから、この話はおしまい。それでいいじゃん」


 からりと言えば、ヤクとスグリはお互いの顔を見合わせてから苦笑し、レイの頭を撫でる。久し振りなその感覚に、二人を確かにルヴェルから取り戻せたのだと、レイはようやく実感したのであった。


 その後レイは事の次第を仲間たちに報告。共にミズガルーズに向かうことに同意してくれた。そしてロプト・ヴァンテインについても説明し、彼の特徴を伝えた。それらしき人物を見たら、誰かに伝えることを約束させる。旅立ちは明日の朝ということ、それまでは自由時間であることを知らせた。今日はひとまず解散ということで落ち着く。その中でケルスの顔色が変わったことに、レイは気付くことはできなかった。


 ******


 深夜。ケルスは広場に一人で来ていた。彼は心を落ち着かせるために、琴を奏でている。昼間レイから伝えられたことについて、考えていたのだ。彼の話したロプト・ヴァンテインという人物の特徴が、自分が知っている人物とあまりにも酷似しているものだから。以前港町エーネアで出会った、ローゲという人物と。まさか彼がロプト・ヴァンテインなのだろうか。いや、他人の空似ということもある。


 一曲弾き終わり、はぁ、とため息を吐く。するとどこからともなく、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。顔を上げて辺りを見回せば、あのローゲという人物がこちらを見ながら、拍手をしている姿が目に入る。穏やかな表情で自分へ歩いてくるその人物が、実は人間たちに危害を加えるかもしれない。そんなこと、本当は信じたくはないのだが。


「やぁ、こんばんは。ここでも会えるとは、奇遇なこともあるものだ」

「そう、ですね……」

「……また何かに悩んでいるな?この間のこと、まだ悩んでいるのか?」

「いえ、それはもう解決しました!その節はありがとうございます!」

「……?では、何に悩んでいる?」

「それ、は……」


 言い淀んでいると、ローゲが隣に座る。その表情には、ケルスを心配している様子が見て取れる。その顔を見てしまうと、揺らいでしまう。この人は、ロプト・ヴァンテインという人物ではないと。……単刀直入に聞いてみるべき、だろうか。


「あの……ローゲさん」

「なんだね?」

「貴方は、その……。貴方の名前は、もしかして。ローゲではなく、ロプト・ヴァンテインでは、ないですか?」

「は……?」


 ケルスの言葉に、ローゲは一瞬呆気にとられたかのような反応を見せる。かと思えばくすくすと笑い始めた。この反応をどう見ればいいのか、少し困惑する。


「何を尋ねるかと思えば、これはまた随分とおかしな質問だな。私がロプト・ヴァンテインとは、まったくもって見当違いだ。そも、その人物はすでに死んでいるだろうに」

「ですが、その。貴方の身体的特徴が、僕が聞いたロプト・ヴァンテインの特徴にあまりにも似ていて……」

「他人の空似よ。私はしがない旅人。それに死人が生きているだなんて、想像しただけで恐ろしいではないか」

「……そうです、よね……。ごめんなさい、変なことを尋ねてしまって」

「なに、気にするな。お前は人を信じやすい。だから情報を聞いて、不安になったのだろう?私がロプト・ヴァンテインなのではないか、と」


 彼の言葉に、ケルスは一つ頷く。人を疑うことを基本的に嫌う彼だが、不確定要素が多く不安に駆られたのだ。それでもやはり疑ったことに罪悪感を感じ謝罪すると、ローゲは軽く笑ってから言葉を続けた。


「人を信じるのは、お前の長所だろう。何も恥じることはあるまいよ」

「……ありがとう、ございます」

「構わんさ。ところで、お前は明日もここにいるのか?」

「いえ、明日はすぐこの街を発ちます」

「そうか……それは残念だな。明日もいるのならお前の琴を堪能したかったのだが。しかしまた会えるだろう、二度あることは三度ある、とも言うしな」

「ふふ、そうですね!」


 ケルスは立ち上がり、ローゲに振り返る。もう戻らねばならない、明日の朝が早いのだから。


「すみませんでした、ローゲさん。また、会いましょうね」

「ああ、またな」


 一礼してその場から走り去るケルス。彼の後姿をどんな表情でローゲが見つめていたか、ケルスはついぞ知ることはなかった。

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