第四十一節  巫女は真相を語る

 レイたちは、岸で待っていてくれたノーヴァ号に戻った。ただ、船に乗り込む前にやりたいことがある、と告げた。それは、アインザームの水葬だ。

 この島はあくまでも、女神の巫女ヴォルヴァたちのための鎮魂の島であって、子供の死体を埋められる場所ではない。しかし放置してしまえば、死体は腐敗してしまう。だからこそ、生命の源でもある海に埋葬したいのだ。アルヴィルダも、それくらいならばと許可を出してくれた。


 人形を抱きかかえて眠るアインザーム。その寝顔はまだ彼が子供だったということを、まざまざと知らしめた。こんな小さな幼子まで、自分たちの戦いに巻き込んでしまった。

 謝って許されるものではない。その資格はない。それでも、もうこれ以上苦しまないようにと、祈りを捧げることは出来る。海に沈んでいく彼に、レイは黙祷を捧げた。

 船に戻り、一行はひとまず船長室に集まることにした。アルヴィルダやアルヴも、話を聞いてもらう。話を始めようとする前に、エイリークが不安そうに尋ねてきた。


「レイ……。その、全部思い出したんだよ、ね?」

「うん。……全部話すよ、事の経緯いきさつを」


 レイはまず、自分がユグドラシル教団騎士に入団する前──つまり今より一年前まで、話の時間を戻す。


 ******


 ユグドラシル教団に入団するにあたって、レイはまずミズガルーズのシグ国王に、自らが女神の巫女ヴォルヴァであることを直接伝えた。

 ミズガルーズ国家防衛軍の世界巡礼の報告書にもレイのことや、他の二人の女神の巫女ヴォルヴァ──ヤクとスグリのことだ──について、記載はされていた。とはいえ、報告書には記していない部分や細かいこともあったらしく、直接伝えねばならなかったのだ。

 レイたちの報告に最初は耳を疑ったシグ国王でも、目の前で軍の捜査部隊が解読できなかった古代文字を読み解き、力を発動させられては信じるしかなかったらしい。レイたちの話を信じてくれた。


 次に報告せねばらない相手は、ユグドラシル教団の教皇ウーフォだった。レイは彼宛に、ユグドラシル教団が探しているという女神の巫女ヴォルヴァの所在がわかったと記した書状を、シグ国王直筆で送ってもらった。


 その返事を待っていたある日、予知夢を見たのだ。反ユグドラシル教団の人物たちの手により、ユグドラシル教団が崩壊し、世界のバランスが壊れる夢を。その夢には、教皇ウーフォの血塗れの生首も転がっていた。

 世界からユグドラシル教団が消滅するとなると、それは世界の混乱の呼び水にもなる。木々は枯れ、大地は渇き海が干上がる。数多の生命が死に絶える、絶望の世界と変わってしまうのだ。それほど、ユグドラシル教団は世界平和のために必要な組織である。平和な世界が一変するあまりの凄惨さは、思わず飛び起きてしまうほど。

 自分としては、そんなこと絶対に止めさせなければならない。すぐさまヤクたちにお願いし、シグ国王にも進言してもらった。返事が返ってきて、教皇ウーフォと謁見する機会があれば、そのことを忠告したいと。


 やがて返事が返ってきて、レイはヤクとスグリ、そしてシグ国王と共にヒミンにある、ユグドラシル教団本部へと向かった。ユグドラシル教団本部の教皇の間では、教皇のみが待っていた。

 彼のそばにいる枢機卿団は、席を外してもらったと告げられる。まずは教皇のみで話を聞きたかったと、理由を聞かされたのだ。まずはじめに、シグ国王が自身の後ろに控えていた自分たち三人の紹介と、その正体が女神の巫女ヴォルヴァであるということを告げた。

 当然、その事実に教皇ウーフォは不審感を抱いたらしい。都合よく、ミズガルーズがその存在を隠匿していたのではないか、と疑問を投げかけられる。シグ国王はそれに対し、事実を秘匿するつもりはなかった。来たるべき時に必ずお伝えしようとしていた、と誠心誠意伝える。

 シグ国王の言葉に嘘偽りはない。そも見た目はともかく、彼はウーフォより数倍の年月も生きている。それにシグ国王は誠実な人物だということは、彼が教皇となった時から噂として伝わっていたらしい。なんとかその事実を受け入れてくれたのだ。そしてレイの入団を歓迎する、と。


 そのことに礼を述べ、次にレイから己が見た夢について彼に話した。

 以前から反ユグドラシル教団は活動はしていた。その鎮静のためにユグドラシル教団騎士がその現場に赴き、撃退しているということも知っている。しかし、組織の勢いがこの一年で急激に増していく。敵組織の概要も内情も把握できていないというのに、このまま策を講じないままだといずれ、ユグドラシル教団は崩壊する。

 レイの予知夢は、自身が見たということを覚えていれば、現実に干渉するほど強力なものだ。見てしまった夢を現実にしないためにも、協力してほしいと進言した。


「だが、何か有効な策はあるのか?敵の全体像も見えぬのだぞ。そんな状況で其方たちが女神の巫女ヴォルヴァだと敵に知られれば、確実に殺されかねぬ。貴重な女神の巫女ヴォルヴァを、失うわけにはいかん」

「仰る通りです。だから……自分は、女神の巫女ヴォルヴァであることを忘れます。その記憶と知識を封印して」


 レイは、夢を見た時から何をするのが一番いいのか、策を考えていた。

 それが、記憶の封印。記憶と知識を封印すれば力を発動することはできず、いまだ女神の巫女ヴォルヴァは見つかっていないと敵を誤魔化せると考えた。自分が女神の巫女ヴォルヴァと自覚し覚醒してから、今までのそれに関連する記憶だけをすべて。


「記憶を失っている期間で、敵の全貌を調べることもできると思うんです。敵組織の構成などがわかれば、対策もとれます。女神の巫女ヴォルヴァが見つかったという事実も、今この場にいる全員が黙っていれば闇の中です」

「そうは言うが……」

「お願いします。今考えられる、一番の策だと思うんです……!」

「……教皇ウーフォ、敵を欺くにはまず味方から。我が国も教団保全に尽力を尽くします。一つ、この少年の決意を信じてもらえませんか?」


 教皇ウーフォはしばし逡巡してから、記憶の封印を解く時期はいつなのかと、尋ねてきた。


「敵の大将が分かった時です。その時は必ず、貴方にも報告いたします」

「……よかろう。この首そう簡単にやらせるわけにはいかん。それしか今のところ策がないのなら、信じる他あるまい」

「ありがとうございます!」

「このことは他言無用。しかし、こんな若い少年や青年たちが女神の巫女ヴォルヴァとは。残酷な運命もあるものよな」

「自分で選んだことです。後悔してません」

「……そうか」


 そしてレイはその場で、ヤクとスグリの女神の巫女ヴォルヴァの力を借りて、記憶の封印を施した。自分の記憶と知識を、二羽のワタリガラスとして姿を変え、自分に懐くように調整をして。

 女神の巫女ヴォルヴァとしての覚醒から、今までのそれに関連する記憶。その中には、一年前エイリークたちと出会ったことも、世界巡礼のことも、彼と交わしてきた文通のことも含まれている。エイリークたちの存在を忘れてしまうことに、罪悪感はあった。

 それでも、自分は女神の巫女ヴォルヴァ。時には個人の感情より、世界のために動かなければならないことも事実。もしこの事実を知ったら、彼らはどう思うだろう。怒るだろうか、悲しむだろうか。


「……心配、してくれるかな」


 たとえ再会してもきっと自分は、エイリークたちに余所余所しい態度をとってしまうかもしれない。きっと彼らのことを悲しませる。こう思える感情も、封印してしまうと忘れてしまうけども。

 それでも自分は、エイリークたちの生きるこの世界を守りたい。そのために今しばらく、お別れさせてほしい。


 なんて自分勝手だけど、許してほしい。


 そう思った直後、レイの前には二羽のワタリガラスが顕現した。

 その後ミズガルーズ国立魔法学園を卒業し、レイはユグドラシル教団騎士に入団して、一年間を過ごしてきたのだった。そしてエイリークたちと再会を果たし、こうして記憶を取り戻したのだ。

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