第七十三節 再起する決意
泣き腫らし落ち着いたエイリークは目元を拭い、改めてケルスに礼を述べる。
「ごめんねケルス。ありがとう」
「いいんですよ、気にしないでください」
「……ありがとう」
一つ息を吐いたエイリークは、窓際で俯いていたラントに声をかける。エイリークの視線に気づいたラントも、バツが悪そうに一瞬俯いてからこちらに向き合う。
「……ラント」
「……すまねぇ、エイリーク。俺……」
「ううん、いいんだ。ラントだって、弟のことが大事だったから、スパイになってたんでしょ?」
「それは……」
ぐ、と唇を噛み顔を逸らすラント。そんな彼を責めることを、エイリークはしたくなかった。それでも自分の中で決めたことは伝えねばらないと、彼に告げる。
「でも、ごめん。俺はレイを取り戻したい。大切な仲間だし、レイにしっかりと謝りたいから。だからラントの弟とも戦うよ、俺は」
「……レイを取り戻したい、か……」
「ラントさん。ラントさんは、なにがしたいですか?」
ケルスがラントに、彼の本心を確かめるように探りを入れる。その問いかけにラントは一度頷き、左耳に手を添えてからぽつりと呟くように答えた。
「……弟のことは、まだどうすればいいかわからない。けど、俺は……俺もレイとまた、会いたい。アイツに、言わなきゃならないことが沢山ある……」
その言葉にエイリークとケルスはお互いを見合って小さく笑う。それが聞けただけでも十分だ。エイリークはそれなら、と彼に手を差し出す。
「それなら、また一緒に頑張ろうよ」
だがラントはその手を握ることはなく、小さく首を横に振る。どうしてと尋ねれば、今はその手を握る資格はないと彼は答えた。
「俺は、仲間のお前たちも裏切ってた。そんな俺だから、今はまだその手を握ることはできない。レイを取り戻して、俺の中で弟について決意したときに、その手を握り返させてほしい」
「ラント……」
「悪い……虫のいい話だってのは、十分理解してる。それでもこれは、今までの俺との決別のためなんだ」
先程とは違い、しっかりと光の宿った瞳で語るラントから、覚悟が伝わってくる。それだけ自分たちにしっかりと向き合ってくれるということなら、ラントの思うようにしてあげよう。手を戻し、わかったと頷く。
「じゃあ、待ってるよ。ラントが決意できるその日まで」
「……ありがとな」
ようやくラントが、小さくだが笑う。エイリークも笑顔を返し、ケルスに改めて感謝の言葉を伝える。そこでようやく、グリムが部屋にいないことに気付く。
「グリムさんは、情報収集に向かいました。ルヴェルたちについて、何かわかるかもしれないって」
「そっか……グリムにも謝らなきゃ。迷惑かけてごめんって」
「大丈夫、きっとわかってくれますよ」
「うん……そう、だよね」
そんな話をしていると、部屋のドアが開く。噂をすればなんとやら、話題の人物が帰ってきたのだ。グリムはエイリークが声をかける前に一言「戻ったか」とだけ声をかける。それに一つ頷いてから、迷惑をかけたことを詫びた。
「貴様の迷惑など、今に始まったことではあるまい」
「え、ちょ、そんなことないだろ~。だよねケルス?」
「ふふ、どうでしょうか」
「えぇ~!?」
談笑していたところに、ラントがグリムに声をかける。彼女は無視を決め込もうとしたが、それでも構わずにラントが話す。
「俺はまだ、謝れる立場じゃないと思う。そんな資格は、ない。けどレイのこと、このままでいいとは思ってない。だから、レイを取り戻すためにお前たちの力を貸してほしい。……頼む」
「それはまた、随分と虫のいい話だな」
「……わかっている。それでも今の俺ができることは、これだけなんだ」
頭を下げたラントをしばらく見下ろすグリム。二人の間に流れる緊張感に、エイリークとケルスは思わず固唾を飲んで二人を見守る。やがてグリムがふう、と息を吐くと警告するような口調で、ラントに告げた。
「せいぜい足手まといにならんよう、用心することだ」
つまり、レイ奪還のために協力することを許すと。グリムの言葉に、エイリークはほっと胸をなでおろす。なんだかんだ言っても、グリムは優しい面もあるのだ。厳しいことを言うけども、それは彼女なりの愛情の裏返しなのかもしれない。
ひとまず話がまとまったということで、エイリークがグリムに今までどこに行っていたのかを尋ねた。
「彼奴らに関して何か情報はないかと調べたが、これといったものはなかった。その代わり、ある情報屋の噂を耳にした」
「情報屋?」
「この街の近くにある祈祷の町べーテンに、腕利きの情報屋がいるらしい。真偽はわからんが、私たちにはあまり時間もない。聞いてみるのも一つの策だと思うが?」
「祈祷の町べーテンって確か、女神信仰を推している町ですよね」
「あ……ということはもしかして……!?」
ケルスの言葉に、ぱっと閃いたように閃光が走る。虚を突かれたように顔を上げてグリムを見れば、彼女は頷き話を続けた。
「そうだ。その町が無事ならば、奴らの行う間引きとやらの手が、そこまで及んでいないということになる」
「逆にその町が襲われていたら、そこまで奴らの間引きが行われているってことになるね……。ある種の賭け、か」
ところで、とエイリークはラントに質問してみる。ルヴェルのスパイだったということは、何か知らないかと。エイリークの質問にラントは申し訳なさそうに首を振り、詳しいことはそこまで知らされていないと答えた。
「奴が根城にしている城があるってことは知ってるんだが、何処にあるかまでは知らないんだ。それに、俺が知っている場所から移動しているかもしれないし」
「移動?」
「奴の城は過去に浮遊していたものらしい。俺はいつも、手渡されていた転送用の輝石で城から移動していたから……。ただひとつわかるのは、城の周りには認識疎外の結界が張られている。それを攻略しない限り、侵入はもちろん見つけることすら難しいな」
「そこまで厳重に守っているのですね……」
「目的が女神の
とどのつまり、今の選択肢はその情報屋のいるという町に行くか行かないかの、二択しかないということだ。それならば、少しでも可能性のある方に賭けてみた方がいいだろう。全員がその意見に一致し、明日にでもその町に向かうことに。夜も更けてきたということで、その日は解散になる。
深夜になっても寝付けなかったエイリークは、ひっそりと部屋から出て宿屋の屋上に向かう。今晩は晴れだ。頭の中を整理するために一人夜空を見上げながら考えよう、そう考えた。
屋上への扉を開けると、そこには先客が一人。ラントだ。
「ラント?」
「ん……ああ、エイリークか。寝なくていいのか?」
「あはは、なんか寝付けなくて。ラントこそ、こんな時間にどうしてここに?」
「まぁ、俺もおんなじ理由さ。それに、考えたくてな。いろいろと」
「そっか。隣、いいかな?」
「ああ、いいぞ」
了解を得たので、ラントの隣に移動する。しばらく無言のまま星を眺めていた二人だったが、ラントがぽつりと話す。
「……本当は、二年前にレイと話してからずっと悩んでた。弟のためにコイツのことを騙して裏切って、それでいいのかって」
「……」
「俺が初めてお前と会ったあの日、レイが俺に言ったんだ。失恋したって。その時の顔がいやに痛々しくて、そんな顔したレイを見た日から、迷い始めたんだ。コイツに本当のことを言うべきか言わないべきか。ずっと考えて、結局言えないままこんなことになっちまって」
ラントは自嘲しながら「親友だなんて笑わせるよな」と呟く。
「……ラントはさ、レイのことどう思ってるの?」
「……好きだ、誰よりも。哀れみからとか同情からじゃなくて、アイツに二度とあんな顔させたくない。どんなことからも守りたい。誰にも渡したくない。こんな形でレイと離れて、より強く感じたんだ」
「……そっか」
「まぁ……最初にそう思えるようになったのは、再会してからだけどな」
レイが記憶喪失ということを知って、ラントは内心安心したそうだ。スパイであることを隠したままにしておけると。
だから記憶を取り戻してほしくなかった。たとえ自分のことを忘れてしまっていても、苦しいことを忘れたままでも生きていけるのなら。その方が自分にとっても、都合がいいからだと。
「……罵倒してくれてもいいんだぜ」
「そんなことしないよ。レイに記憶を取り戻してほしいって思わせるきっかけになったのは俺だし、俺はレイのこと追い詰めてただけだから。そんな俺がラントを罵倒する権利なんてないよ」
「……本当に優しくておかしなバルドル族だよな、お前って」
「それ貶してない?」
「褒めてんだよ」
小さく笑って、ラントは星空を見上げる。
「迎えに行こうね、絶対。レイに今言ったこと、伝えるためにも」
「ああ。……ありがとな」
「それを言うのは、今じゃないと思うよ」
「……だな。……頼むぜ、エイリーク」
「うん、任せて。力を合わせて、絶対にレイを取り戻そう」
「もちろんだ」
そんな二人の決意を、星空だけが静かに見守っていた。
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