Fragment-memory of future-Ⅱ

第七十四節 情報屋

　翌日。宿を出たエイリークたちは早速、情報屋がいるという祈祷の町べーテンへ向かう。今いる港町エーネアから祈祷の町べーテンまではそれほど離れていない。念のためにと早朝に港町エーネアから出発して、到着したのはお昼前という時間帯。

　幸いにもまだルヴェルたちの手が及んでいないのか、町は穏やかな空気が流れていた。そのことにひとまず胸を撫で下ろし、近くの売店で情報屋について尋ねてみることにした。

「あの、すみません」

「おういらっしゃい。この町自慢の焼き饅頭、一箱どうだい？」

「ありがとうございます。じゃあ、まずそれください」

「あいよ、ちっと待っててな。今詰めてやるから」

　店主は冷やかしではないと知ると、機嫌良く饅頭を箱詰めする。その間に、情報屋について尋ねてみた。

「あの、この町に情報屋がいるってことで来たんですけど……。どこにいるか、わかりますか？」

「ああ、アヤメのお嬢のことかい？腕のいい情報屋で、仕事を完璧以上にこなしてくれるってもんで、この町では自慢の情報屋だぞ」

　早速当たりを引いたようだ。居場所を尋ねると、情報屋は地下にあるとのこと。看板が目印になっていると、丁寧に説明を受ける。焼き饅頭の料金を払い店主に礼を告げて、エイリークたちは案内された看板まで向かう。

　看板はすぐに見つかり、そこには情報屋と記されていた。地下に続く階段を下り、扉に設置されてあった呼び鈴を鳴らす。

「はいはーい、少々お待ちくださーい」

　扉の奥から女性の声がする。外出中でなくてよかった。しばし扉の前で待っているとそこが開かれ、声の主が姿を現す。

「お客さんっすか？いらっしゃ──」

　女性はにこやかに応対しようとしたが、グリムを見た瞬間に後ろに飛びのいてソファーの陰に隠れて叫んだ。

「ひぇええ！あぁああウチを食べても腹の足しになりゃせんですよー！！」

　突然の奇行に呆気にとられるエイリークたち。試しにグリムに知り合いかと尋ねてみるも、彼女は知らんと一蹴。どうやら勘違いしているようなので、まずは落ち着いてもらうことにする。

　ケルスが中に入り、情報屋の女性を落ち着かせようと声をかけた。

「落ち着いてください。人違いですよ？」

「えぇ……？」

　女性は恐る恐る、といった様子でソファーから顔を出しグリムをじっと凝視する。しばしの沈黙の後、気の抜けた声が聞こえた。

「なぁんだ、他人の空似っすかぁ……ビックリしたぁ」

「その、誤解は解けた……？」

「ああはい、ごめんなさい。あまりにも似ていたので、つい間違えちゃいました。どうぞどうぞ、中に入ってくださいっす」

　それまで感じていた緊張感漂う空気が一気に壊され、戸惑いつつも情報屋の中に入るエイリークたち。ソファーに座るように促され、忘れないうちにとエイリークは手に持っていた焼き饅頭のお土産を彼女に渡す。

「これあの店の焼き饅頭じゃないですかー！え、いいの？本当にウチがいただいちゃっていいんすか！？」

「はい、どうぞ。その、食べ飽きてるかもしれないですけど」

「まさか！ウチ大好物なんですよやったー！あとで食べよーっと」

　上機嫌でデスクの上に渡された焼き饅頭を置いてから、情報屋の彼女はまず己の自己紹介をした。

「えーっと、まずは自己紹介をば。ウチはアヤメ・ヴァイズング。もう何年もここで情報屋をしてるっすよ」

　女性──アヤメの自己紹介に、エイリーク以外がハッと息を飲む。一気に戻ってきた緊張感のある空気に、アヤメもなにかと首を傾げる。エイリークもその雰囲気に、きょろきょろと仲間を見渡す。

「え、なに？なにかどうしたの？」

「少し黙れ低能バルドル」

「ひっどい！」

　ショックを受けたエイリークの代わりに、ケルスが尋ねた。

「アヤメさん。貴女にはその……ご兄弟が、いませんか？」

「え！なんでわかったんすか！？数年前に死んじゃいましたけど、確かにいましたよ。弟が一人」

「その方のお名前って、もしかして……ルーヴァ、では？」

　ケルスのその問いかけで、エイリークもようやく事態を把握する。そんな自分はいざ知らず、アヤメは驚嘆しながらも答えた。

「うわエスパーなんすかアウスガールズの国王様って！？ばっちりビンゴです！」

　彼女の答えで確信した。目の前の彼女は、今自分たちが敵対している組織にいるルーヴァの、実の姉だと。思わずエイリークたちは顔を見合わす。

　彼女に今の状況を伝えるべきか。数秒見合わせて、まずは依頼の話をしよう、と無言で意見がまとまる。

「……そうだったんですね。すみません、おかしなこと聞いて。じゃあこちらも自己紹介を──」

「ああ、大丈夫大丈夫。わかってるからいいっすよ。バルドル族のエイリーク・フランメにアウスガールズ現国王、ケルス・クォーツ・イザヴェル・フォン・アウスガールズとデックアールヴ族のグリム・セレネイド。自称考古学者のラント・ステル。でしょう？」

　彼女がすらすらと自分たちの名前と簡易的な紹介を話すものだから、自己紹介をすでにしていたのかと錯覚する。しかしそうではなく、つまりはその手の情報なら簡単に仕込むことができますよという、アヤメの情報屋としての腕前だと知る。

　腕のいい情報屋だと聞いていたが、これならば自分たちの知りたいことについても何か、情報を得られるかもしれない。そう思ったエイリークたちは早速、知りたい情報を彼女に説明した。

　知りたいことは、大きく二つある。ルヴェルの最大の目的とは何か。また彼の潜伏先を割り出せるか。ルヴェルについては、掻い摘んで説明した。

　依頼を聞き終えたアヤメは、顎に手を当て考え込むように言葉を漏らす。

「ふぅむ……。これは中々に規模の大きい依頼っすねぇ」

「やっぱり難しい、でしょうか……？」

「んーまぁ難しいのは確かだけど、出来ないってわけじゃないっすよ。他にいる情報屋に協力してもらったりも出来るので、安心してくださいな。ここからだと近いのは……ウチの先輩が枝垂れの町サクラにいるっすから、そこに頼めるかも」

「じゃあ、お願いします！道中の護衛は、俺たちで引き受けます！」

　ソファーから身を乗り出す勢いで、エイリークがアヤメに提案する。それに対して申し訳ないと言いながら、彼女は笑う。

「そこまでしなくても大丈夫っすよ〜」

「でもその、その先輩という方に頼むのなら、僕たちも一緒の方が色々と説明できる部分もあるかもしれません」

「あー言われてみれば確かに。じゃあ、同行をお願いしてもいいっすかね？」

「はい、任せてください！」

　善は急げ、ということでアヤメが準備をするから待っていてほしいと告げられる。情報屋がしばしの閉店となるため、色々と用意をしなければらならないのだと。エイリークたちは了承して、準備ができるのを待つことにした。

「……言わなくていいのかな、弟さんが俺たちと敵対してるってこと」

「今すぐに言わなきゃならないってことはないだろ。身内が敵側ってのは、すぐ受け止められるもんでもないだろうし」

「ラントさん……」

「それでも、いつかは話さなきゃだよね。隠したままだなんて、それはできないよ」

　雑談をしていると、店の奥側からアヤメの声が響く。

「すみませーん！少しかかるんで外で待っててもらっていいっすか！？」

「わかりました。じゃあ店の看板のところで待ってます」

「ありがとうございまーっす！」

　彼女の返答を聞いたエイリークたちは看板のある地上へと出て、その場の異様な光景に戦慄することになる。

　地上では、町の住人と思わしき人物たちが全員倒れていた。音一つもしない静寂だけが、辺りを包み込んでいる。只事ではない事態に、臨戦態勢をとった。いったい誰がこんな事、なんて野暮な言葉が零れる前に、原因であろう人物がゆっくりとこちらに歩いてきていた。ルヴェルのエインの一人、エダが。

「あら……いらしていたのですね。ごきげんよう、皆様」

「エダ……！！」

「おや、あの時心を折り砕いたはずなのに。もう復活したのですか、バルドル族」

「おあいにく様。俺は何度折れても、立ち上がれる。俺を支えてくれる仲間たちがいる限り！！」

「ふふ、お熱い正義感ですこと。不愉快ここに極まれり、ですね」

　にっこりと笑うエダ。彼女がここにいるということは、次の間引きの対象がこの町だったのだと推測できた。何をしたのかと問いただせば、彼女はその顔に笑顔を張り付けたまま冷徹に答える。

「町の人たちは全員、私の術で魂ごと眠っていただきました。肉体的な死ではありませんが、魂のない容れ物はやがて朽ちていく。それこそ、老衰して衰弱死すると表現するのが正しいでしょうか」

「な……！」

「貴方たちも私たちにとって邪魔になりますし、眠っていただきましょうか」

　エダがマナを展開する。ふわりと浮かぶ光の玉が、淡く煌めいていく。

「……"芥子の花よ、眠りに誘え"（モーンメディカント）」

　光の玉が発光しながらエイリークたちに向かってくる、直前のこと。背後から何かが飛び出してきたかと思えば、先程まで聞いていた声が響く。

「"火遁 鳳仙花"（ホウセンカ）！」

　光の玉に対して、何処からか飛来した火の玉がバチバチと火花を散らしながら衝突していく。衝突した火花はごう、と燃え上がると周囲を炎で包んでいく。

　光の玉はエダの周りを浮遊するように漂っていた。それら全てに火の玉が衝突したのだから、炎はエダを取り囲むように燃え盛る。

　突然の光景に呆気にとられたが、振り返った人物──アヤメが声をかけてきた。

「まずはここから撤退を！！」

　その言葉に弾かれるように集中が戻ったエイリークたちは、武器をしまう。そのままアヤメが先導するかたちで、祈祷の町べーテンから撤退するのであった。