第四十九節 落ち着いた夜に
その後、約一ヶ月間の時間を要して、ユグドラシル教団本部のあるヒミンの街並みは復興によって元通りとなった。
ユグドラシル教団に所属しているレイはもちろんのこと、エイリークたちもその復興に協力してくれたのだ。自分たちのできることをやったまでだと、彼らは言ってくれた。レイは重ね重ね、エイリークたちに感謝した。
ヴァナルによる世界各地のユグドラシル教会への襲撃は、その首謀者であるレーヌング枢機卿ことアディゲンが拘束されたという情報が出回ったことで、終息していくことになる。
アディゲン現在、教団本部の地下牢にてその身を拘束されている。彼に対する処罰はまだ決まっていない。腐っても枢機卿という立場だったアディゲン。彼の功績を考慮するべきだという意見と、教団に仇名す存在として即刻厳罰を与えるべきだという二つの意見で、枢機卿団が割れているのだ。
それが原因で、未だに教団騎士内では、混乱も残っている。そんな中でもレイはいつものように、一人で復興作業に没頭していた。夜になると時々教団から抜け出し、エイリークたちのところに足を運んでは、彼らとの会話を楽しんでいた。
島全体が完全に復興した日の夜からは、復興の祭りが開かれた。修道士たちも観光客たちもみな、笑顔で祭りに参加している。一ヶ月前までは破壊し尽くされていた建物も、見違えるように元通りになっていた。
夜になると街灯と祭りの灯りで街が彩られ、見るも鮮やかな光景で自分たちを楽しませてくれている。
レイは今宵も教団騎士本部から抜け出し、エイリークたちと共に祭りを楽しんでいた。エイリークたちと祭りを楽しんでいると、二年前のミズガルーズでの出来事を思い出す。あの時もこうして仲良く、そして何も考えずに楽しんでいた。
今はエイリークたちが泊まっている宿屋に来ていた。復興の手助けのために取っていた宿屋だが、教皇ウーフォの計らいで宿泊料金はすべて、ユグドラシル教団で支払うことになっていたのだ。その恩を返そうとしてくれたのか、エイリークたちは精一杯、復興に尽力してくれた。
そんな素敵な仲間を持つことができて、自分は本当に幸せ者だ。そう話しかければ、キッチンでお茶の準備をしていたケルスが楽しそうに笑う。
ちなみに今、部屋にいるのはレイとケルスだけである。グリムは隣の部屋で休んでいて、エイリークとラントの二人は祭りの屋台で、夕飯の調達だ。
「本当に助かったよ、ありがとな」
「ふふ、当り前じゃないですか。エイリークさんはもちろん、僕にとってもレイさんはかけがえのない仲間で、友達です。友達が困っていたら、助けないと」
「そう言ってもらえると、凄く嬉しいよ」
「いえいえ」
お茶の準備を続けるケルス。彼は祭りで見つけた、面白い茶葉を思わず買ってみたと話していた。確か、アップルパイティーだとかなんとか。何故それを茶葉にしてみようと思ったのだろうか。疑問が浮かばずにはいられなかった。
それでも好奇心がないかと尋ねられれば、嘘になる。飲んでみたいと提案すると、是非ご一緒しましょうと誘われたのだ。
そんなこんなで準備を進めていたケルスをなんとなしに眺めつつ、あることを尋ねてみた。
「ケルスってさ、エイリークのこと好きだったりするんだ?」
「っ!?」
ヒュ、と小さく息を呑む声が聞こえた直後のこと。ガシャン、とカップが落ちた音が耳に届く。驚いて振り向けば、耳の先まで真っ赤に染めて狼狽えるケルスの姿が、視界に入った。うまく言葉を繋げられないようで、しどろもどろになっている彼に苦笑してから、大丈夫かと近寄った。
「そ、その……。レイさんの尋ねた好きって、友達とか仲間でって意味、ですか?」
「うーん、いやなんていうか。一人の人物としての好きかどうか、かな」
「え、えぇっと、どうしてそんなことを?」
「ああいや、記憶が戻ったからって、それまでの記憶が消えるわけじゃなくてな。それでグラへイズムに行った時のこと、ふと思い出してさ」
聞きたくなったんだと告げる。
鎮魂の島グラへイズムにて、カランコエの花をケルスみたいだと例えたエイリークと、その後の彼らの反応。それがやたら印象的だった。とはいえ、今までケルスと接する機会もそうなかった。だから、彼のエイリークに対する印象を聞けていなかったのだ。
ちらり、と盗み見れば、真っ赤な顔をさらに赤くしているケルスの顔が見えた。それを見てしまうと、たとえ言葉にされなくても理解できた。ケルスはエイリークのことが、個人として好きなのだと。
エイリークのケルスに対しての印象は、二年前に時折話をしていた。そこで今と同じように尋ねてみたとき、エイリークはまさに今のケルスのように、顔を真っ赤にして慌てふためいていた。これは、相思相愛だな。
「はぁ〜なるほど。好きなんだな、エイリークのこと。お似合いだと思うぜ」
にんまりと笑ってから、茶化すように言葉を紡ぐ。対してケルスは落ち着きを取り戻したのか、静かに語り始めた。
「……報われない、恋なのです」
「え……?」
どういうことかとケルスを見る。ケルスは言いようのない悔悟の表情を貼り付け、小さく唇を噛み締めてから俯いた。
「僕は、アウスガールズ本国の国王です。いずれ、国の繁栄となるために同盟国の許婚となった方と、結婚しなければならない。だから僕がどんなにエイリークさんのことを好いていても、あの方と添い遂げることは、永遠にできないのです……」
「あ……」
レイは己の軽率さを恥じた。
そうだ。自分より幾分か若いが、目の前のケルスは今や、一国の国王だ。個人の感情よりも国民のために、その生を全うしなければならない。
そんなことにも気付けずに、自分はなんてことを。
「……普通の家庭に、生まれたかった。自由に恋をして、普通に好きな人といて、しがらみを感じないまま添い遂げたかった」
「ケルス……」
「僕も……僕もそういう風に、縛られない恋を楽しんでみたかったっ……!」
とうとうケルスの双眸から、彼の切望がポロポロとこぼれ落ちる。いたたまれなくて、レイはケルスの頭を撫でながら謝罪した。
しばらくの間そうしていて。落ち着いたケルスに改めて謝罪する。
「その、ごめんなケルス」
「大丈夫です。寧ろその、吐き出せて少しスッキリしました」
「本当か?無理とか、してないか?」
「はい、もう落ち着きましたから」
「……そっか」
沸かしていたお湯をポットに入れて、お茶の準備を整えたケルス。窓際に用意されていたテーブルにティーセットを用意して、ちょっとしたお茶会が開かれる。
カップに注がれた琥珀色の液体から湯気が立ち上り、ふわりと空間に香りが広がる。漂ってきたリンゴとシナモンの香りは、確かに紅茶であるのにアップルパイを感じさせられる。それが妙に面白くて、思わず二人で笑ってしまう。
温かいうちにと一口飲んでみる。舌の上でころりと転がるように喉元へ通っていく紅茶は想像よりも遥かに美味しく、案外いけるのだと思わせた。しかも、ほんのりとバターの風味も感じるので、アップルシナモンティーではなく、アップルパイティーなのだと再確認させられた。
「面白いなこれ」
「紅茶なのに、確かにアップルパイですね」
「こんな紅茶、探すとあるんだなぁ」
「まだまだ知らないことが多くて驚きです」
その後もいろいろな話をしていたが、いつの間にか、これから先について話題が変わる。
「ケルスはまた、エイリークたちと旅を続けるんだ?」
「はい。国王として学ぶべきことを、旅をして知っていこうかなと。それに……両親の
ケルスの両親の仇。以前、一度だけ聞いたことがある。彼はカーサによって国を滅ぼされかけ、その際に両親を殺されたのだと。
「レイさんは、どうするんですか?」
「俺?そうだな……俺が女神の
「じゃあ、また一緒に旅をするのは難しくなるのですね……」
「そう、なるかなぁ」
天を仰ぐ。こうして会いに来てくれたのに、また離れなければならないのか。
記憶もこうして元に戻り、話したいこともまだ多くある。それでも自分はユグドラシル教団騎士で、女神の
寂しさは感じるが、また文通をすればいいのだから大丈夫と、レイは自分に言い聞かせる。小さく笑ってから、ケルスに話す。
「また今度、手紙を出すから!大丈夫さ!」
「では、今度は僕も手紙を書きますね」
「いいな、待ってる」
笑い合って紅茶を嗜む。そのうち、夕飯を大量に購入してきたエイリークとラントが帰ってきて、部屋に呼ばれたグリムの五人で夕食を共にするのであった。
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